22.謎の手紙
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窓から見える悲しい顔。
君の悲しみは僕の苦しみだ。
僕ならそんな顔はさせないよ。
必ず迎えに行くから待っていて欲しい。
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「気色悪い手紙ですね。」
アクイラが嫌悪感を顔に出す。
謹慎処分を受けて以来、ルエナの元に不気味な手紙が届くようになった。そのどれにも必ず『迎えに行く』と書かれている。
手紙は刺繍に必要な針や糸と共に運ばれてきた。ルエナの趣味に関わる荷物は直接ルエナに届けられると知っている者の犯行だ。
そうは言っても、犯人が絞られた訳では無い。
ヒエム家は仕える人間の多い大きな家だ。加えて、城内の物流については必ずしも守られる秘密では無いだろう。
「お嬢様にも心当たりは無いのですよね?」
「ええ。何せ会った事のある人そのものが少ないですから。」
「猶更気味が悪いですね。」
ルエナとアクイラは二人して首を傾げた。
「ご歓談中、失礼いたします。」
とても歓談と言える状況ではないが、ウバイなりの礼節なのだろう。話へ割り込む事への謝罪の意を明らかにすべきという。
「入室の許可を与えていませんが。」
ルエナは敵対心を上手く隠せなかった。ウバイに対し、厳しい口調になってしまった。
「申し訳ございません。無礼を重ねます事恐縮の極みでございます。しかし、お聞かせください。そちらの手紙は何でしょうか?」
ウバイはルエナ達のやり取りを聞いていた。差出人の分からぬ奇妙な手紙について、ウバイも把握すべきと判断したのだ。
ここまで知られていて、誤魔化す事は出来ない。
ルエナは観念して、知り得る事を全て話した。手紙が送られたルート、手紙の内容、全てを聞き、ウバイは部屋を去った。
「何だったのでしょう?」
ウバイを見送り、アクイラがこそっとルエナに尋ねる。
「お兄様に報告するのでしょう。」
その後間もなく、ぞろぞろと使用人達が入って来た。そして、瞬く間に窓に板が打ち付けられた。
外からの光が入らなくなり、部屋が暗闇に包まれる。アクイラがすかさず蠟燭に火をつけた。
誰からの説明も無かったが、ルエナはこの工事の意図をある程度理解していた。
不審な手紙では、窓について触れられていた。城外からルエナの部屋を覗く者がいると予想がつく。ならば、窓から中の様子を見られないようにするのが得策だ。
確かにこれまで、ルエナはよく窓辺に座っていた。ルエナから村が見えるという事は、村側からルエナの部屋が見えるという事。望遠鏡を使えば、ルエナの行動を見張る事も出来ただろう。
(けれど、これでは村が見えないわ。)
ルエナは肩を落とした。数少ない楽しみが奪われてしまった。これからは日の光の当たらない部屋で過ごす事になる。
「お嬢様、どうか気を落とされぬよう。これは当主様のご指示でございます。」
ウバイが恭しく頭を下げた。
言われなくても分かっている。ルエナはただ受け入れるしかない事を。
そんなルエナにとっての救いは、王城からの招待状だ。
ソリスに手紙を通して、正式な誘いでないと会えないと伝えた。逆に言えば、国王やそれに準ずる者による招集であれば会う事が出来る。
招待状は王妃のお茶会の物で、ルエナの登城を求めた。
アヴィスはルエナの外出を許可した。馬車に乗せ、ルエナを送り出した。
「良かったですね。」
アクイラが白い歯を見せる。
彼女はルエナが直接雇用しているのだから、好きに動かす事が出来る。こうして馬車に同乗させる事も可能だ。
「そうですね。」
ルエナは時折窓から入り込む日の光に目を細めて、頷いた。外の空気はなんて気持ちが良いのだろう。
突如、ぐんっと背中が引っ張られたような、強い力を感じた。
「な、なに⁉」
向かい側に座るアクイラは、前方に倒れそうになっていた。
馬車が速度を上げたようだ。
「何事ですか?」
アクイラは体勢を立て直し、連絡窓に飛びついた。
「襲撃です!」
「襲撃⁉」
御者の焦りがルエナまで伝わってくる。
ガタンッ。
「きゃっ!」
車が横から衝撃を受けた。ルエナは座席に倒れ込む。
ガラガラガラ。ザッザッザザッ。
馬車のタイヤの音と馬が砂を駆ける音が、ルエナの体に響く。窓からは木々の枝葉が高速で過ぎて行くのが見える。
舗装されていない道、森の中を走っている。隠れる場所が多く、馬車にとって逃げ場が少ない。ここで待ち伏せていた盗賊の仕業だろうか。
金目の物を狙って襲う盗賊の存在は、ルエナも耳にした事がある。
再び、馬の巨体が車にぶつかる衝撃があった。
冷静に分析している場合ではない。対処法を考えなくては──
大きな音の後、ゆっくり馬車が横に倒れた。ゆっくりに感じたのはルエナだけで、実際には物凄いスピードだったに違いない。
気づいた時には、地面に体が打ち付けられていた。幸い大きな怪我は無いが、体のあちこちが痛む。
「うう……。」
ルエナの足元からアクイラの呻き声が聞こえて来た。
「大丈夫ですか?」
起き上がり、アクイラを抱きかかえる。気を失っているようだ。目視で確認できる限り、血は出ていない。
(御者は無事かしら。)
天井になった扉が工具でこじ開けられる。光を背に現れたのは、正体不明の男達。
盗賊はルエナを連れ去って消えた。
ルエナ・ヒエム(19歳)
メイフォンス侯アヴィス・ヒエムの妹。
初登場 :1.籠城の花嫁
前回登場話:21.次男の追憶
アヴィス・ヒエム(25歳)
メイフォンス侯爵。ルエナの兄。
初登場 :1.籠城の花嫁
前回登場話:21.次男の追憶
ソリス・ヴィリディステラ(19歳)
ヴィリディステラ王国第一王子。
初登場 :6.壁の美しき花
前回登場話:19.城下の比翼
ヘルバ・ヴィリディステラ(38歳)
ヴィリディステラ王国の王妃。
初登場 :3.王妃の試練
前回登場話:16.純真の笑顔
ウバイ(54歳)
ヒエム家の執事。
初登場 :1.籠城の花嫁
前回登場話:20.無二の後ろ盾
アクイラ(22歳)
ヒエム家の侍女。子爵家の出で、行儀見習い中。
初登場 :4.舞踏の授業
前回登場話:20.無二の後ろ盾




