21.次男の追憶
「わたし達はゆっくり大人になっていく。自分で決めなくちゃ。」
ルエナは守られるだけの子供じゃない。
ウェントスは逞しくなっていくルエナを傍で見て来た。遅れを取らぬよう、必死に追いかけて来たつもりだ。
騎士の道を目指したのも、ルエナの傍に居続ける為だ。例え、ルエナが王家のような格上の家に嫁ごうと、護衛として付いて行ける可能性が高い。
ルエナをここまで強く成長させたのは、間違いなくアヴィスだろう。
父の影響は根強いが、それだけではルエナの精神は育たなかった。特に、かつてのアヴィスのような甘い兄が近くにいたのでは、成長は見込めなかった。
世界から隔絶させ、兄からも厳しく接する事で、ルエナは自立せざるを得なかった。
アヴィスが厳しくなったのはいつからだったろうか。
ウェントスの知る限り、決定的な変換点はグランドツアーだろう。
五年前、二年にも渡るグランドツアーから帰って来たアヴィスは、別人のように変わっていた。
以前は、父に逆らう事など考えた事も無いだろうと思える程気が弱く、兄弟を甘やかす優しい兄だった。
それが口数の少ない厳格な男になって帰って来た。
直後、ルエナを城に閉じ込める話がヒエム家に挙がった。嫁に出す準備の一環として。他でもないアヴィスが提案し、父フィグが受け入れた。
その後も、度々ヒエム家に変革が起こった。使用人達は変わらず、フィグが主導していると思っていた。
実質家を仕切っているのはアヴィスだと、ウェントスはすぐに気がついた。
彼は提案という名の誘導で、父を思うままに動かした。父はその事に気付いていないようだった。ただ息子の優秀さに満足しているようだった。
弟妹にも厳しくなった。
家族の前ですら礼儀作法を徹底するように言った。損なえばきつく叱った。
生活の監視も始まった。特に政略結婚を優位に進める為とか何とかで、外出を禁止されたルエナは、城内ですら行動範囲を制限されるようになった。
息の詰まるような日々だった。
いつしか、使用人達からの呼び名が「アヴィス坊ちゃん」から「若旦那様」に変わっていた。
幸いだったのは、ウェントスはパブリックスクールに通っているとされる期間で、城を出ていても問題無かった事だ。
それから二年程経ったある日、フィグが事故で亡くなった。
アヴィスが先代を殺したと噂する者がいたが、そんな必要も無い程、既にアヴィスは覇権を握っていた。
それらが全てルエナを守る為だと気がついたのは、葬式でルエナの誘拐事件の話を耳にした時だ。
葬式で唯一、父の死を悲しんだのはルエナだった。他は悼む言葉すら出ないと思うくらい、フィグの死に対して関心が無かった。
だが、ルエナが嘆き悲しむのを見て、周囲の人間も少しばかり感情が動いた。
使用人達がフィグの思い出話を始めた。ウェントスは暇つぶしに盗み聞きをした。
最中、グランドツアーに同行した一人が事件の話をしたのだ。
「あの時の旦那様は冷たかった。」と、とても感傷に浸っているとは思えぬ評価だった。ウェントスも父親の悪評を改めようとは到底思えない話だった。
そして、思った。アヴィスは妹を守りたかっただけなのだ、と。
一度抱いた憎しみは、簡単には消せない。どんな理由があれ、兄は理不尽で、辛辣だった。
ただ、能力があったなら、自分も同じ事をしただろうと思っただけの事だ。
物事は連鎖的に起こる。
ウェントスは、アヴィスがルエナ宛てに届いた見合いの手紙や絵画を捨てているのを見た。ルエナを嫁に出す気がないと分かった。
アヴィスは敵ではなく、味方に近しい人間だ。
でも、行動原理を言葉にしないから、誤解ばかり生まれる。
今だってそうだ。アヴィスは何としても、ソリスとの婚約を阻止したい様子だが、ルエナ本人に、王太子の婚約者目指すなと言えばそれで済む話だ。
回りくどく、謹慎を命令するのではなく、本人の理解と協力を得るのが合理的だ。
(絶対教えてやんないけど。)
ウェントスにはルエナの応援をする役目がある。
ルエナ・ヒエム(19歳)
メイフォンス侯アヴィス・ヒエムの妹。
初登場 :1.籠城の花嫁
前回登場話:20.無二の後ろ盾
アヴィス・ヒエム(25歳)
メイフォンス侯爵。ルエナの兄。
初登場 :1.籠城の花嫁
前回登場話:20.無二の後ろ盾
ウェントス・ヒエム(19歳)
メイフォンス侯アヴィス・ヒエムの弟。ルエナの双子の兄。
初登場 :1.籠城の花嫁
前回登場話:20.無二の後ろ盾
フィグ・ヒエム(享年51歳)
前メイフォンス侯爵。ルエナの亡き父。
初登場 :10.机上の情報戦
前回登場話:10.机上の情報戦




