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1.籠城の花嫁

 ルエナが暮らす、フォンティス城は石造りの古い城である。


 ここ、フォンス地域がヴィリディステラ王国の支配を受ける前、実際に運用されていた要塞だ。現在はメイフォンス侯爵家が活用している。


 華美な装飾は無く、機能性重視の城。それはメイフォンス侯爵の、権力志向が高い性質を表しているようである。


 ルエナはいつも、冷たい城から領内の家々を眺めている。


「お嬢様、当主様がお呼びです。」


 執事がルエナを呼びに来た。ルエナは一切無駄の無い動きで、自室から執務室に移る。


「アヴィスお兄様、ルエナです。」


 ルエナが声をかけると、メイフォンス侯アヴィス・ヒエムが机から顔を上げた。アヴィスの硬い表情に、ルエナは身構える。


「……客が来る。しばらく部屋から出ないようにしなさい。」


 ルエナは表情には出さなかったが、内心啞然としていた。


(なんだ、そんなこと。執事(ウバイ)を使って知らせれば良かったのに。)


 アヴィスが神妙な面持ちだったから、ルエナはもっと重要な事を伝えられると構えたのだ。


 自室から出るなという指示は、時折受ける。客人とルエナの鉢合わせを防ぐ為の備えだ。これはよくある事で、わざわざ執務室に呼び出してまで通知する内容ではない。


 父にとって、子供達は利用価値のある道具でしかなかった。ルエナは政略結婚のみを期待され、教育を受けてきた。


 家督を継いだ兄も、父と同じ考えを持っていた。教育方針は変わらず、ルエナは嫁入り準備を求められ続けた。


 さらに、アヴィスからは外出禁止を命じられている。男達の目に触れさせず、噂だけを広めることで、社交場におけるルエナの価値上昇を狙っている。


「しばらくと言うのは、いつ頃まででしょう?」


 普段なら、もう少し詳細に伝えられる。具体的な時刻が分からずとも、今日の来客予定なら今日だけ、と。


「私が良いと言うまでだ。」

「承知しました。」


 アヴィスの話はいつになく要領を得なかったが、ルエナはそれで納得するしかなかった。ルエナに知らされない事が多いのは今に始まった事では無い。


 アヴィスの肘の傍には、封の開いた手紙がある。封蠟を見るに、王城からと思われる。政治的な内容が書かれているに違いない。ルエナの婚姻に関わるかもしれない──


(なんて事は無かったのね。わたしも、もう十九歳なのよ?)


 ルエナは正直、落胆している。


 話が終わったようなので、ルエナは「戻ります」と言おうとした。そのタイミングで、ルエナの双子の兄、ウェントスが現れた。


「何の話?」


 ウェントスは、真面目な話をしていると察しが付くだろうに、迷わず執務室に入って来た。そして、ルエナの肩に腕を載せる。


(やめて~。)


 ウェントスが少しずつ体重をかけてくる。厳しい兄の前で姿勢を崩したくないのに邪魔をしてくる。ルエナは必死に笑顔を保つ。


「お前は呼んでいない。」


 アヴィスが冷ややかに言う。対するウェントスは何処吹く風と、質問を繰り返した。


「何の話してたの?」

「客が来る。ルエナに部屋から出ないよう言っただけだ。」

「へー、いつ?」

「その口の利き方は直すように再三言ったはずだ。」

「ちっ……、ご来客はいつの予定でしょうか?」


 ウェントスは、アヴィスの指導が始まると、質問に答えてもらえないと分かっている。渋々口調を直した。


「分からない。」

「分からない……はあ!?」


 アヴィスは、ウェントスに対しても明確な予定を伝えなかった。


「ルエナ、よく守るように。」


 アヴィスはウェントスのしつこい質問攻めが始まる前に、強引に話を切り上げた。


「はい、アヴィスお兄様。」


 ルエナは丁寧にお辞儀をして、執務室を後にした。ウェントスも着いて来る。


「ちょっと、ウェンス! 肩に手載せないでよ。すっごく重かったんだから。」


 執務室から十分に離れた後、ルエナはウェントスに文句を言った。


 このような話し方は淑女らしく無いとして、アヴィスや家庭教師には叱られてしまうが、双子の兄にだけは素で接してしまう。


「そんな事で怒る奴には、これやんないぞ。」


 ウェントスが意地の悪い笑顔で、手に持った新聞をルエナに見せる。


「えー、駄目駄目。頂戴!」


 ウェントスは新聞を頭の上に掲げて、ルエナが取れないのをニヤニヤと笑って見ている。


 ルエナとウェントスの身長は殆ど差が無いが、ウェントスが背を逸らして新聞をルエナから遠ざけている為、ルエナは跳んでも新聞に届かない。


「もうっ! 意地悪はやめて!」

「はいはい、わかったよ。」


 数分間妹を揶揄い、満足すると、ルエナの要求に応えてくれた。


 ルエナは新聞を受け取ると、玩具を待ち切れなかった子供のように夢中で読み始めた。


「部屋で読まなくて良いの? アヴィスに見つかるぞ。」

「ついに……」

「ん?」

「ついにこの時が来たのよ!」


 ルエナは拳を天に掲げて喜びの声を上げた。はしたないなんて事は、今のルエナに関係の無い事だった。


 彼女の手にある新聞には、王太子が新たな婚約者を探す、と書かれていた。

ルエナ・ヒエム(19歳)

 メイフォンス侯アヴィス・ヒエムの妹。

 初登場  :1.籠城の花嫁

 前回登場話:ー


アヴィス・ヒエム(24歳)

 メイフォンス侯爵。ルエナの兄。

 初登場  :1.籠城の花嫁

 前回登場話:ー


ウェントス・ヒエム(19歳)

 メイフォンス侯アヴィス・ヒエムの弟。ルエナの双子の兄。

 初登場  :1.籠城の花嫁

 前回登場話:ー


ウバイ(54歳)

 ヒエム家の執事。

 初登場  :1.籠城の花嫁

 前回登場話:ー

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