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17.緊迫の小広間

 オペラ鑑賞後、ソリスはルエナと個人的に会う約束をした。そろそろ大事な話をすべき時だ。


「私達には話をする時間が必要です。」


 これだけで、頭の良い彼女は何の話をするか理解しただろう。


 かつては、カルチェの暗殺を企てた者を捕らえてからでないと、次の婚約について考えられないだろうと思っていた。


 打って変わって今は、ルエナとの婚約を急いている。そうしないと、彼女が誰かに取られてしまうのではないかという不安に駆られるのだ。


 ルエナの事を女性として愛しているのかはまだ正直分からない。


 だが、客観的に見ても、彼女以外有り得ないだろう。ヘルバが推すのも理解出来る。


 家柄は十分、ルエナ自身に素養もある。改めて妃教育が不要ではないかと思われる程に。


 だから、早い所、婚約について互いの考えを擦り合わせる機会を用意すべきだ。


 約束の日、王城の小広間で待っていたルエナは、酷く緊張している様子だった。


 王太子との婚約の話が進むと分かれば、緊張もするだろう。少々度が過ぎている気もしたが。


 ソリスは、それすらも可愛いなどと考えていた。


「何の為に来ていただいたか、説明するまでもないでしょう。ドアの外には人を待たせています。必要になればすぐに呼ぶ事が出来ます。」


 ルエナが同意してくれれば、すぐにでも婚約するつもりだ。無論、ルエナの家族への挨拶や、婚約式の準備も必要になるので、これは仮契約となる。


 その仮婚約に関わる契約書と立会人を小広間の傍に控えさせていている。


「かしこまりました。」


 ルエナが重々しく返事をした。


「さて、本題ですが……、貴女は王太子妃になる事に異存無いですよね?」


 ソリスはルエナの反応を窺いながら尋ねた。まさか断られるとは思っていないが、まだ彼女から確信を得られる言葉は貰っていない。


「はい。」


 ルエナが望む答えをくれた。


 ソリスは嬉しくなって、「証人も用意出来ています。即座に場を設けられます。」と、早口で言ってしまった。


 ルエナが困ったように、口を閉じてしまった。


(焦り過ぎては良くないな。)


 念の為、家族の様子についても聞いておいた方が良いだろう。


「ご家族の同意は頂ける状況でしょうか?」

「兄は……兄は関係がありません!」


 家族について質問した途端、ルエナが動揺し始めた。立ち上がり、兄は無関係だと主張した。


(おかしいな。家族関係は良好と聞いていたのだが。)


 ヘルバによれば、ヒエム家は良質な家庭と判断出来る、と。ルエナ本人から聞いた話にも、彼女の兄達が時々登場していた。舞踏会でも、兄妹三人が近くにいたのを確認している。


 ルエナは、ソリスと婚約寸前にあると家族に伝えていなかったのだろうか。


「そういう訳にもいかないでしょう。」


 ヒエム家当主、アヴィス・ヒエムの了承を得ずに婚姻を結ぶ事は不可能だ。仮婚約をするにしても、この状況は少々厄介だ。


 どう説得しようものか。ソリスが頭を悩ませていると、ルエナが徐に後ずさりした。


「ルエナ・ヒエム嬢?」


 呼びかけても、ルエナの返事は無い。俯いて、前髪が陰になっているせいで表情が読めない。


(人を呼ぼうか。)


 ソリスが動こうとした瞬間、ルエナがバッと顔を上げた。その顔は生者のものとは思えぬ程、不健康な色をしていた。


「わたしが独断で彼女を手に掛けました! 兄達は一切の事実を知りません!」


 突然意味が分からぬ事を口走り、ルエナはバルコニーへ駆け出した。


「ルエナ・ヒエム嬢! 何を⁉」


 ソリスはそう言いながら、ルエナが何をするつもりか薄々理解していた。


 だから、すぐに立ち上がり、彼女の背中を追った。その際、テーブルの脚に足を取られ、こけてしまった。


 ソリスがもたついている間に、ルエナはバルコニーの手すりに上っていた。


「ごきげんよう。」


 ルエナは涙を流しながら、身を投げ出した。


 自分でも信じられぬ程、自然と動いた。ソリスは自分の身の危険を顧みず、迷いなくルエナの後を追った。

ルエナ・ヒエム(19歳)

 メイフォンス侯アヴィス・ヒエムの妹。

 初登場  :1.籠城の花嫁

 前回登場話:16.純真の笑顔


アヴィス・ヒエム(25歳)

 メイフォンス侯爵。ルエナの兄。

 初登場  :1.籠城の花嫁

 前回登場話:12.懐旧の味


ソリス・ヴィリディステラ(19歳)

 ヴィリディステラ王国第一王子。

 初登場  :6.壁の美しき花

 前回登場話:16.純真の笑顔

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