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16.純真の笑顔

「スキエンティ公爵令嬢フィール・フーパをダンスに誘いなさい。その後はリストの令嬢達と。順番は問いません。」


 ヴィリディステラ王国第一王子ソリスは、母である王妃ヘルバに薔薇宮へ呼び出された。近々行われる舞踏会での取るべき行動を指図する為だ。


 王は言った。舞踏会で自らの伴侶に相応しい者を見つけろ、と。


 だが、裏ではヘルバが大きく口出しをしていた。


(ま、自分で選んだって叱られる未来しか見えないし。)


 ソリスは、国に属する家同士の政治的地位や力関係に関する知識が乏しい自覚がある。学ぼうという意思があっても、どうも頭に入ってこないのだ。


 ヘルバより受け取ったリストを見る。名前の順番は爵位に依存していないようだ。それでいて、根拠のない書き順ではなさそうだ。


(ルエナ・ヒエム、ね。王妃陛下は引き籠り令嬢がお気に入りか。)


 順番は問わないと言うわりに、母親が誰を推しているのか容易に理解できるリストだった。


 ルエナの名が一番上に書かれているという事は、彼女が最もお薦めする人物である事を意味する。


 これは好都合だ。


 ソリスは、カルチェを毒殺した容疑者の一人にルエナを挙げている。動向を見る為にルエナに近づいても、世間や母から怪しまれないだろう。


 舞踏会では、よりルエナと接点を得られるよう、ラストダンスに誘った。それは、ソリス自身もルエナに興味があると、ヘルバに示す事に繋がった。


 そして、最も重要視していた晩餐会で、ルエナを隣に座らせる事が出来た。


 ここで試したのは毒の知識の有無だ。


 王妃の招待状を通して、参加者の好物を調査した。各人が好むデザートを提供するという体で、個々に別々の料理を出した。その展開を前にして、ルエナがどのようなリアクションをするのかを見ていた。


(まさか外国のお菓子を所望されるとは思いもしなかったけれど。)


 反応を見たいルエナの好物を出さない訳にはいかない。スフォリアテッラという見た事も聞いた事も無いお菓子も、用意せざるを得なかった。


 スフォリアテッラを見て、ルエナは純粋に嬉しそうに微笑んだ。


(そんな顔もするんだな。)


 ソリスが知るルエナは、いつも人形のように崩れない完璧な笑顔を保っている。他者の表情を見極める力を養ってきた王族には、その笑顔が作り物だとすぐに分かってしまう。


 それが遂に崩れた。ソリス以外にも、ルエナの表情が柔らかくなった事に気付いた者がいるようで、感嘆の声が漏れ聞こえて来た。


 ルエナは美味しそうに、心から食事を楽しむように、デザートを口に運んでいる。


 少なくとも、毒の存在を知る者の態度では無かった。


 毒への対抗策で最も簡単で効果的なのが、毒味役の設置である。だが、ルエナは自身にだけ用意された食物を、躊躇わず口にした。


「特にルエナ・ヒエム嬢の好物には苦労しましたよ。」


 思わずルエナに話しかけてしまった。彼女の気を引こうとする自分に驚く。


「恥ずかしながら私はこのスイーツを存じ上げず、レシピの調査から始まりました。さらに驚いた事にラードを使用しているとかで。その調達にも苦戦しました。」


 苦労したのは事実だが、ルエナに献身したとわざわざ伝える意味は無かった。何故かそうしたくなってしまった。


 ルエナが犯人でない事は今回の件で分かった。であれば、ルエナに関心があると周囲に示す必要は無くなったも同然。


 可哀想な元婚約者を殺した人間を見つけるまで、新たなに婚約するつもりはない。相手がフィールであろうと、ルエナであろうと。


 そう、誰かを贔屓にしていると思われたくなかったはずなのに。


(あの完璧な淑女を壊してやりたい。)


 生まれて初めて抱く欲望に逆らう事が出来なかった。


 それだから、狩猟の話をする時も意地悪をしてしまった。


 ヘルバが設けたお茶会に、ソリスも参加した。その場で、ヘルバは世間話として狩猟大会を話題に上げた。


 多くの女性が嫌がる話題。拒否しても良いと促したが、ルエナはそうしなかった。


「わたくしは抵抗ございません。殿下の活躍された話を是非お聞きしたいです。」


 ソリスは、ルエナが無理して合わせているのが分かった。


(断れば良かったものを。)


 ソリスは必要以上にリアルに話をした。急所の事も、血の描写も、全く誤魔化さずに説明した。


 すると、見る見るうちにルエナの顔色が悪くなっていった。


(やり過ぎた!)


 ヘルバに注意され、慌てて謝った。


 これだけでは許して貰えないだろう。彼女に嫌われたくない。


「ところで、スフォリアテッラは皆に好評でしたね。他に好きな物はございますか?」


 ルエナは意地悪返しと言わんばかりに、また知らないお菓子を求めた。


(受けて立ってやろうじゃないか。)


 ソリスはルエナに会うのが楽しみになった。お茶会だけでなく、趣向を変えてオペラにも誘った。


(ああ、認めよう。私は彼女に惹かれている。)

ルエナ・ヒエム(19歳)

 メイフォンス侯アヴィス・ヒエムの妹。

 初登場  :1.籠城の花嫁

 前回登場話:15.庭花の種類


ソリス・ヴィリディステラ(19歳)

 ヴィリディステラ王国第一王子。

 初登場  :6.壁の美しき花

 前回登場話:15.庭花の種類


ヘルバ・ヴィリディステラ(38歳)

 ヴィリディステラ王国の王妃。

 初登場  :3.王妃の試練

 前回登場話:14.悲劇の前奏曲


カルチェ・フーパ(享年17歳)

 スキエンティ公爵の長女。王太子の元婚約者。

 初登場  :2.王家の使者

 前回登場話:15.庭花の種類


フィール・フーパ(16歳)

 スキエンティ公爵令嬢。カルチェの妹。

 初登場  :6.壁の美しき花

 前回登場話:13.繧繝の見合い

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