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14.悲劇の前奏曲

「ララ〜ララ、ラッラ〜〜ラ♪」


 ストロベリーブロンドの髪を揺らしながら、メロディを口遊む。


 フォンティス城の美しき姫はいつになく上機嫌であった。


 ルエナは王太子との度重なるお茶会(見合い)を経て、オペラに誘われた。


 国立劇場の記念公演にソリスが招待されており、ルエナに同行を許したのだ。


 演目は、ルエナの一番好きな作品だ。何度も戯曲を読んだ事があるが、実際に観た事は無い。


 アクイラに挿入歌を歌ってくれと強請ったくらい好きだ。それを漸くその目で観る事が出来る。


 思わず歌ってしまっても仕方が無い。


「遂に城から連れ出してくれるお方に出会えたのですね。しかも王子様! 乙女の憧れの展開ですわ。」


 アクイラがルエナの髪を梳かしながら言った。


「連れ出す……?」


 アクイラはルエナの有頂天な理由を何やら勘違いしているようだ。


 ルエナは奇想天外な言葉が飛び出てきて、困惑してしまった。


「お嬢様はこうして自由にお外に出られる日をずっと待っていらしたではありませんか。わたくしは、お嬢様がその夢を叶え、幸せになる事が本当に嬉しいのです。」


 アクイラが涙ぐむ。


 ルエナにはよく分からなかった。


 身支度を終えると、ルエナは王城に向かった。


 劇場にはソリスと一緒に入る事になっている。一度王城で待ち合わせるのだ。


 気が急いてしまったのか、予定より早く到着した。


 ソリスはまだ別件対応中とのこと。約束の時間まで間がある。


 「こちらでお待ちください。」と、城の家臣に通されたのは、ソリスの執務室だった。


 ルエナは、こんな所に王太子に無断で入ってしまって良いのかと躊躇う気持ちもあったが、家臣の案内に従う事にした。


(きっと殿下は怒らないわ。)


 ソリスとは順調に仲を深めている。このまま進めば婚約するに違い無いだろうという自負もある。


 最近得た知見は、ソリスが見目に関する話を口にしないという事だ。


 彼自身も優れた外見を持っており、見た目に惑わされる者達に対応する煩わしさを知っているのだろう。ルエナとしても、対話を楽しんでくれているようで嬉しかった。


 これもソリスを知る絶好の機会だ。勝手に部屋の中を見て回るのは良く無いだろうが、多少の事ならば許してもらえるだろう。


 ルエナは応接用のソファでは無く、部屋奥にあるデスクに近付いた。


 機密情報も多いであろう公務書類は一つも置かれていなかった。


 だが、何かの調査中なのか、幾つかの本とメモ用と思しき洋紙の束が残されている。




==================


服毒推定時刻 十月六日の日中


スキエンティ公爵邸で朝食→城:妃教育→王妃と昼食→図書室→スキエンティ公爵邸で夕食


==================




 十月六日と言えば、カルチェ・フーパが亡くなった頃だ。


 『毒』という見慣れない言葉と共に、当日のカルチェや周囲の人間の行動が記録されている。


(カルチェ・フーパ嬢は誰かに殺されたと言うの?)


 確かに病弱な印象は無かったし、病が流行っていた訳でも無い。ルエナも疑った事が無いとは言えない。


 カルチェは本当に病死だったのか、と。


 『毒』が何かは分からなかったが、人を害する事の出来る物である事は理解出来た。


 では、誰が手をかけたのか。


 走り書きの中に浮かぶ『容疑者』の文字。


 ルエナは逸る鼓動の音を耳の奥に聞きながら、先を読んだ。




==================


ルエナ・ヒエム


==================




「ひゅっ」


 喉の奥が鳴った。


(どうしてわたしの名前があるの? わたしが殺したと? 何故? 殿下はわたしを怪しんでいる?)


 ぐるぐると考えが回る。


(どうしよう……どうしよう、どうしよう、どうしようどうしようどうしよう……! わたしは何をしたら良い⁉)


 コンコンコン。


「はっ! ……はぁはぁ。」


 ノックの音で突然現実に戻された。


 心臓がバクバクと鳴って煩い。


 呼吸を忘れていたらしい。脳に酸素が足らなかったせいで、目の前が真っ暗になり、頭がぼんやりしている。


 ルエナはその場に座り込んだ。


「ルエナ・ヒエム様、お茶をお持ちしました。入ってもよろしいでしょうか?」


 扉の向こうから声がする。


 まずは平静を装わなければ。ソリスに容疑者扱いされていると気付いたという事実を知られては、良くない気がする。


 数回深呼吸をし、何とかソファに座った。まだ視界の端が黒くぼやけているが、あまり使用人を待たせる事も出来ない。


「どうぞお入りください。」


 ルエナの許可が下りるなり、すぐにドアが開いた。


「失礼致します。」


 女官がティーカップをルエナの目の前に置いた。近づいた時にルエナの顔が見えたのか、「お加減が優れませんか?」と心配してくれた。


 ルエナはぎこちなく笑い、頷いた。女官は深く追求せず、速やかに下がった。


 間もなく、ソリスが執務室に戻って来た。


「お待たせしてしまい申し訳ございません。」


 ソリスは不在の間に何があったか知る由も無い。ルエナに温かな声をかける。


「いえ、謝罪をすべきはお約束より早く参ったわたくしの方でございます。」

「それだけ楽しみにしてくださったという事でしょう?」


 ソリスがふふっと笑う。


 ルエナはその笑顔が怖いと思った。笑顔の裏ではルエナを全く信用していないだろう。それどころか、敵と思っているはずだ。


(嗚呼、これまでわたしに優しくしてくださったのは、カルチェ・フーパ嬢を害した犯人を見つける為に過ぎなかったのね。)


 点と点が繋がった気がした。


 ソリスは婚約者という言葉を一度も発していない。ルエナを婚約者に推しているのはヘルバだけで、ソリスはそれを容認していなかったのだ。


 あくまでルエナに近づく手段として、この状況を利用しただけの事。


(特別なのだと、選ばれたのだと期待したわたしが愚かだったわ。)


 これではルエナは道化ではないか。ソリスの言動に一喜一憂したが、そこにソリスの心は無かったのだから。


 予定通り二人は観劇に出かけたが、ルエナは全く楽しむ事が出来なかった。歌詞の一つもルエナの頭に届かなかった。

ルエナ・ヒエム(19歳)

 メイフォンス侯アヴィス・ヒエムの妹。

 初登場  :1.籠城の花嫁

 前回登場話:13.繧繝の見合い


アヴィス・ヒエム(25歳)

 メイフォンス侯爵。ルエナの兄。

 初登場  :1.籠城の花嫁

 前回登場話:12.懐旧の味


ソリス・ヴィリディステラ(19歳)

 ヴィリディステラ王国第一王子。

 初登場  :6.壁の美しき花

 前回登場話:13.繧繝の見合い


ヘルバ・ヴィリディステラ(38歳)

 ヴィリディステラ王国の王妃。

 初登場  :3.王妃の試練

 前回登場話:13.繧繝の見合い


カルチェ・フーパ(享年17歳)

 スキエンティ公爵の長女。王太子の元婚約者。

 初登場  :2.王家の使者

 前回登場話:13.繧繝の見合い


アクイラ(22歳)

 ヒエム家の侍女。子爵家の出で、行儀見習い中。

 初登場  :4.舞踏の授業

 前回登場話:13.繧繝の見合い

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