8.過去と今
宿から出る前に残りの約束をキリに伝える。
3つ目は今後の実習時についてだった、寝泊まりする時はクレイと一緒か女の子と共に過ごすこと。
4つ目は女に戻る時はクレイに知らせてからにすること。
5つ目を口に出すときクレイは戸惑っていた。
不思議に思いキリが首を傾げると悲しげにクレイは口を開いた。
「いつかお前にもオレのことが知らされるだろう。その時になったら避けないでくれ」
意味は分からなかったが女であると秘密を知っても優しいクレイにキリは好感度をあげていた。
スラムにいたこともおそらく知っているのだろうにハズレとは呼ばない。
だからキリは当たり前だというように頷いた。
翌日の移動は馬車にキリも乗り込んだ。居心地悪く縮こまっているとマリアが声をかけてきた。
「もう大丈夫ですの?」
「うん、せんせーが治療してくれたから、でも、守れなくてごめん!!」
勢いよく頭を下げるとマリアは興味無いというように手を振った。
「それはよろしくてよ、あんなの予想外でしょうし」
その言葉に嘘はないだろうがキリにとっては許されたという気持ちにはなれなかった。
「ぜってぇに強くなる。そしてこれからはぜってぇに危険にさらさないから、だからまた守らせてください」
頭をさげたままのキリにマリアは息を吐く。なんといえばいいのかも分からない。
「わ、私は、キリくんに、守られて、た、助かったと思ってます。だから、これからもお願い、したい、です!」
大人しいミヤが身を乗り出して声を上げた。
マリアは少し驚いたが苦笑して、そうですわね、と同意した。
ゆっくりと頭を上げたキリは嬉しそうにお礼を言った。
道中、昨日のような大きな事件など起きることはなく無事に移動を終えた。
あんなことは異常でただただ運が悪かったのだと安心したように青空を見上げた。
宿にて部屋割りをする時にクレイがキリはまだ万全じゃないからと自分と同じ部屋にした時、ザッカも同じでいいと言ったが頑なにクレイが拒否するという一幕があったがそれは事件とは言えないだろう。
「せんせー、おれはザッカが一緒でもいいのにどーしてダメだったの?」
疑問を口にするとキリの頭を撫でながらクレイは口を開いた。
「お前の魔術は信用してるけど気絶で解けたってことは睡眠でも解ける可能性あるだろ?それに、お前の傷は完治してない。だからこの部屋にいる時は魔術を解いて安静にしてなさい」
いつもふざけているクレイとは違って優しく諭され頷くしか出来なかった。
夜会の日、護衛に出たザッカとクレイを見送るとキリは泣きたい気持ちになった。
いつかきっと強くなってじっちゃんみたいに立派な人になって誰かを助けたい。それがキリの夢だった。
ベリードは貴族だったと聞いた。
しかし気品の適性に恵まれず、遠縁の子に譲ったらしい。
ベリード自体に子供はおらず婚姻も形だけで妻は愛人と暮らしていた。
貴族の義務として婚姻はした、愛せるようにと努力もした。
しかし気品の適性のないベリードは貴族としては粗忽物とされた。
そのため妻は離れ愛人を作り出ていった。
妾でも第2夫人でもと言われたが結果は同じだろうと断った。そんなベリードがキリを拾ったのは貴族位を譲った後だった。さらにキリが拾われた時期が悪かった。
内乱が酷く安全に暮らせる場所はどこにもなかった。
ならばいっその事と、スラムに身を隠した。
それから情勢が落ち着いたのは8年もすぎた頃だった、キリは8歳になっていた。
そうなればスラムからでるタイミングも難しくなる。
そろそろいいだろうと思った2年後、ベリードは急死した、キリは10歳で天涯孤独になった。
ご近所ということで孤児院の院長とも知り合いだったベリードが亡くなりキリは孤児院に引き取られた。
そのためキリは孤児のスラム育ちとなってしまったのだ。
けれどキリはベリードを尊敬していたし家族として愛していた。
厳しい時もあった。
それがベリードの愛だと知っていたから頑張ってこれた。
孤児を育てるなんて馬鹿だと罵られてもキリは自分の大事な子供だと言ってくれた。
そんなベリードのようになりたいと思うのは自然な事だったかもしれない。
なのにと口を噛む。何も出来ず、守れず、守られた。
ただのハズレならまだマシだ。足を引っ張るなんてどうしようもない、悔しさが涙になる。
キリが学園に行くきっかけもベリードだった。
貴族の元当主の保護した子だったから洗礼を受けることができた。
適性があると知ってからベリードは魔術適性だけは隠すようにと言った。
その理由は、普通の適性じゃなかったからだ。
適性は与えられたら1から5の数値が現れる。
それは自身にしか分からないが専用の紙にのみ写すことができる。
書きたくないものや適性なしの場合は空欄が普通である。
キリは適性を知ってから混乱していた。
ベリードに聞いたら空欄にしなさいと言われた。
それは知られてはいけないと強く言われた。
それもそのはず、キリの適性は、5までしかないとされた数値を超えていたからだった。魔術適性6、よく分からないが絶対に知られては行けないというのだけは分かった。
だから魔術の勉強は誰にも知られないように行ったし、その他の適性で学園に入った。
だけどベリードが生きていたら学園には女と通いなさいと言っていただろう。
スラムと違って護られた学生なら安全だからである。
本来の姿でと願っただろう。
だが病魔に犯され、あっという間にこの世を去ってしまったベリードには何も伝えられなかった。
読んで下さりありがとうございました