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53.無自覚

クレイ視点

血の着いた衣服を着替えて、談話室に入るとキリがフルーツタルトを食べていた。

美味しいのか頬が緩んでいている姿を見て幾分か緊張が解れた。

人払いをするとキリと二人になった。


「せんせー……ごめんなさい」


しゅんとするキリに手を伸ばしかけ拳を作る。

嫌がられたじゃないか、先程は倒れた自分に遠慮してくれただけだ。

そう思うと手を伸ばすことは出来なかった。


「いや、大丈夫だよ」


大丈夫、なはずは無かった。

先日の明け方、キリが邸を出たのはすぐに分かった。

使用人達には残した手紙も自分には無かった。

こっそりと寮まで送ると気配が動きをやめたのを感じて部屋に入って、寝ているキリに出るはずのない許しを乞うた。


「……おれ、何から話せばいいのか分かんねぇけど、せんせーと話さなきゃって。あのさ、イオリやザッカと話して、おれはせんせーを知らなすぎてるって思ったんだ」

「オレを?」

「うん。人伝てに聞いたり、たぶんこうだって思ったり、それはせんせーの気持ちかはわかんねぇのに、決めつけたんだと思う……それで、勝手に拗ねたんだと思う」


視線は下を向いていて手は強く握られていた。

キリの真意は分からないがそれがキリを苦しめるのならば……


「オレは、お前にされて許せない事はないよ。悲しくなる事はあるかもしれないけどな。だけど、それはお前のせいじゃない」


握りしめていた手をゆっくりと開かせる。跡になるほどの力で握られていたらしく痛々しいと思った。


「ううん、おれのせいだよ。だからさ、ちゃんと聞こうと思ったんだ。いっぱい疑問に思って、いっぱい聞きたいことあったけど、たぶん1番気になったのは、せんせーにとっておれってなんだろってこと」


ゆるゆると顔を上げて視線が合う。キリの緑色の瞳が揺れていた。


「……答える前にオレからも聞いていいか?」

「うん」

「お前の『恐怖』はなんだ?」


キリの瞳が不安げに揺れ、唇が震えた。


「たぶん……おれは、『捨てられる』のが怖いんだと思う。あの日、にーちゃんが消えた日からずっと思ってたんだ……おれがわがままだから捨てられるんだって。要らなくなったんだって。じっちゃんもおれがわがまま言ったから……居なくなっちゃった。だからさ、せんせーもおれがわがまま言ったら……せんせーは、お、おれを、す、捨てる、って、お、おも、ったら」


涙が溢れるキリに驚きが隠せなかった。


「ありえない。10年前から……キリが救ってくれたあの日からオレはキリを」


愛してると言うのは戸惑った。この思いはキリの重荷になりかねない。


「……捨てるはずはないよ。要らないなんて絶対にありえない。そもそも10年前だって、本当ならお前の側から離れたくなかった。お家騒動ってやつで命を狙われていたから、オレだけならともかく、当時4歳だったお前が狙われたらと思っただけだ」


流れる涙を人差し指で拭う。


「でも……せんせー、は、」

「お前の問いに答えるなら『大事な人』だよ」


その言葉が予想外だったのかぱちぱちと瞬きをしたキリがまっすぐのクレイを見上げていた。


「生徒じゃなくて……?」

「大事な生徒でもあるけど、それ以上にお前を大事に思ってるよ。確実に」


どう受け止めればいいのかと思案しているらしいキリに今度はクレイが控えめに問うた。


「……撫でられるのも嫌になった?」


勢いよく首を横に振る。ぶんぶんと音がするようだった。


「いいの?」

「いやじゃないよ、ただ……」


言いにくそうにキリは目線を逸らした。


「キリ?」

「せんせーが、その……あれは、そもそもせんせーが嘘つくから」


嘘という言葉に首を傾げる。


「嘘……??ごめん、心当たりがまったくないんだけど」

「夏休み前に、せんせーってデートしたことないって言ってただろ?でもおれ見たんだから」

「デート……???何を見たって??」

「せんせーが女の人と腕組んで歩いてたとこ!あれってデートだろ……」


記憶を手繰る……そんな記憶は、と思って任務を思い出す。

あの女狐の事か?と思うと殺意が芽生える。あの女はどこまでも面倒事を、と。


「あれは、どこまで言うか悩むな……あの女は……ある筋からの頼まれ事で、つまりただの仕事、なんだけど」

「……でも、香水の匂いも」

「匂い…?まって、それがお前の懸念事項だったのか?」


ゆるりと頷くキリに力が抜ける。


「あんな女はもう二度と会わないし会いたいとも思わない。」

「え、そうなの?」

「キリの方が優先だし、仕事は終わった、はずだし」


そう終わったはずだ。ただし上からの命令が無いとは言いきれない


「あのさ、おれ、すっげぇ嫌なやつだった。なんかめちゃくちゃ嫌だったし、せんせーはおれに良くしてくれたのに、その……せんせーの手はその人を抱きしめたんだろうなって思ったら、よくわかんないけど、ここがギューってなって、いやだって思ったんだよ。もやもやするし、かなしかったんだ。おれにはそんなこと言う権利もねぇのに、せんせーにそばにいてっていいたかったんだ……」


ここがという時に胸に手を置いた。

無自覚な想いを聞いて耳が赤くなっているかもしれない。

いや、自惚れるな。自分に言い聞かせても告白にしか聞こえない言葉に指一本も動かせない。

動いたら間違いなく抱きしめる。


「そ、そうか。それは……いや、ちょっと、すまん。それはどういう」


いつもと違い歯切れの悪いクレイにキリは見つめた。


いや、可愛い。

分かってたけど、世の摂理だけど。

可愛いし、やばいほど愛おしい。

けれど悲しいかなキリに自覚は無い。


「あー……いや、その気持ちは、嬉しいだけだな」

「え?でも……おれさ、気持ちがよく分かんねぇのにわがままだろ?せんせーのこと独り占めしたいって事で」

「ちょーーーっと待って」


行き場のない愛おしい気持ちが爆発しそうだった。

え、これ、そういう事でいいのか?

頬に熱が籠る。

いや、キリ自身分かってないんだ、自分が決めつける訳にはいかない。

ただ、これは可愛すぎる。

恋焦がれている自覚はあったがその想いが急激に進行した。

何を置いても愛する自信はある。

あの子が求めるならなんだってするつもりだったし、好きな男が出来たら協力も厭わない予定だった。

かなり傷つきはするが、自分の想いなど蓋をすればいいとじくりと膿んだような痛みのする胸に目を背けるつもりだった。


(だけどこれは無理だろ)


無自覚に嫉妬して、拗ねて、それでも会いに来て、こうして思いを必死に告げる。


(え、これは無理……可愛すぎる)


見ないようにしていた気持ちが溢れる。


(独り占めしたいってなに。可愛いも大概にしてくれ……いや、やっぱりそのままがいいな)


「せんせー?」


上目遣いのキリが可愛い。自覚してから必死に背けていた自身の恋心と愛しい思いが溢れ出る。


「ごめん」


そう呟いて抱きしめる。日の匂いがする。

小さいキリと今のキリが重なる。

愛おしい。

離したくない……


「え、わ……せ、せんせー??」

「ほんっとに、これは無理だろ。いや、ちゃんと自覚してくれるまで待つけど、この位は許してほしい」

「えっと??」

「お前が可愛すぎるのが悪い」


キリがぴぎゃっと言う。可愛くねぇもんと言う声すら可愛すぎる。


それから色んな話をした。そのひとつが休日の魔術の訓練や出かける約束だった。




翌日には休暇予定のクレイは学園にいた。

いつものようにキリの世話を焼きながら。


読んでくださりありがとうございました

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