19.謁見※クレイ目線
女に戻りたい理由、気にならないと言えば嘘になる、もちろん気になる。
だが、好きな人が出来たからなんて言われたら崩れ落ちる自信がある。
応援はする、するが、ショックを受けないと言う訳ではない。
昨日の女は見目のいいクレイが声をかければ、すぐに着いてきた。
お近づきの印と宝石を渡せば彼女気取りになった。
こんな女よりキリに好かれたい。
そう思っても口には出せない。
腕に絡ませてくる手がうざい、叩き落としたい。
「明日も会うとか罰ゲームだな」
王宮に向かう馬車でクレイは独りごちた。
毎日でも会いに来てという女は妖艶だったが、クレイの興味は引けなかった。だって、彼女はキリでは無いから。
「面倒な依頼押し付けたくせに今日会いに来いとか王も何考えてるんだよ」
謁見の時間が近くなって、キリの部屋を出る時は、かなり後ろ髪を引かれる思いだった。
まぁでもキリの部屋にいるという事実は、クレイにとって精神をガリガリけずった。
可愛く可憐なキリが普段過ごしている部屋だ。じっくり観察したい。
しかしそれは許されないだろうと、視線をキリに固定すると凶悪なまでの可愛さでクレイは息も絶え絶えだった。
「女に戻りたい、か」
願いは叶えたい。
おそらく魔術の行使をやめて訓練すれば適正が5ある剣術もとんでもない速さで伸びるだろう。
そうなればきっとスラム出身と馬鹿にする奴らも黙らざる得ない。
だから早く叶えてやりたいが、2人だけの秘密が無くなるのが少し残念だった。
王宮に着くと謁見室での謁見が始まった。
クレイは礼をとる姿勢で王との会話を続けた。
「ミリートン伯爵から何かあるか?」
ミリートンとはクレイに与えられた領地の名で、公爵令息から伯爵になった時に名も変えた。
今のクレイはミリートン伯爵だ。
いつもならば、ございません。と言って終わる謁見だが今日は違った。
「お人払いを願います」
その言葉に王は目をぱちくりと瞬かせる。
「ここには信のおけるものしかおらぬが」
「⋯⋯これはもしの話でございますが、これから話す内容である人間に害をなすものがいれば私は英雄システムを破壊しましょう」
クレイの言った英雄システムの破壊とは王への警告と脅しだった。
クレイの力は王家に匹敵する。だから英雄システムで縛っている。
それは簡単には抜け出せない、命をかけるほどの魔力で行使を破れば破壊はできるかもしれないが、それも可能性の話である。
「ふむ、ならば近衛隊長のみ残りあとは退席せよ」
「温情痛み入ります」
王は賢明だった。
愚王ならばクレイもやりやすかったのに、と思わないでは無いが、これならこれで別にいい。
近衛隊長は一歩下がって見守っていた。
そこを外すように遮音結界で取り囲む。
「ここまでするのか、その遮音石は貴重でチャージも大変と聞いたが」
「あの子の為ならば何でもしますよ、私は」
小型化した遮音結界の装置は従来のものと違いチャージが必要だった、しかもチャージは大量の魔力が必須で魔力枯渇を起こすことは必然だった。
そのため滅多に使われない。
「ふむ、してその人物とは?」
「学園の生徒で、日々訓練に勤しんでます」
「学園、そういえばミリートン伯爵は教師をしておったな」
「はい、そもそも教師になったのもあの子のためですし」
王は困惑していた。クレイは従順で扱いやすいはずだった。
それが要領を得ない発言に王と敵対する意思も見せてきた。
そのくせ本題になかなか入らない。
「その子がどうかしたのか?」
王から切り出すとクレイは渋々といったように口を開く。
「性別を偽っての入学をしており、それを正したいのです」
「虚偽の申告を見逃せ、と?」
「⋯⋯⋯性別を偽って入学というのに疑問はございませんか?」
王は考える。
たしかにおかしい、身体検査はするはずだ。
どうやって虚偽の申告をし、それを通したというのか。
「からくりがあると?」
「はい、あの子は、魔術の天才でしょうね」
「魔術、か?魔道学園に男装の子がいるとは聞いたが、それとは別件か?」
「そちらは関係ございません、あの子は騎士学園におりますゆえ」
王はさらに混乱する。
意味が分からない。
魔術の天才がなぜ騎士学園?
騎士学園はここ数年たしかに男児ばかりだったはずだ。
「いまいち要領を得ない、どういうことだ?」
「性別を変える魔術は存在しません、見せかけだけなら腕に覚えがある魔術師ならかろうじて出来るかもしれませんが、彼女は触れても分からないほどの魔術を行使し、さらに剣術を学んでおります」
「つまり?」
「魔術の行使だけで1歩も動けないであろう高等魔術を行使しつつ普段の生活はおろか、剣術です、この意味をご理解いただけませんか?」
そこまで言われて雷に撃たれたような衝撃が王を襲う。
王は気品と運気に才が大きく振り分けられ、弓術と剣術も適正はあるが訓練などはしていない。
魔術に至っては理解が乏しい。
そんな王でもわかるほどの異質。
「⋯⋯なるほど、それでその子は何を望む?」
王として選んだのは、敵対は絶対にしない、ということだった。
「今のところ性別の虚偽を見逃すこと、でございます」
「ふむ、理由がいるな」
「はい、そこも相談したかったのです」
「少々時間はかかるが、次期英雄候補の魔術の訓練、と言うのはどうだ?」
「そうですね⋯⋯、そのへんが妥当かと」
「噂を流すが、その子と会えるか?」
露骨にクレイはいやそうな顔をした。
「そう仰ると思いましたが、あの子は貴族ではありませんから礼儀作法を知りません、無理に覚えさせたくもありません」
「英雄候補とするならば謁見の作法は知るべきであろう?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯はぁ、そうですね」
「では、3ヶ月後でどうだ?」
「そのへんも妥当かと、噂の進行と共に私があの子に礼儀も教えましょう。気は進みませんが」
「噂に元になるよう時折姿も表すようにした方が良いであろうな」
「⋯⋯⋯⋯それは、そうなのですが、あの子の正体を知るものは私だけにございます、連れ歩くとしても、しがない教師とでは少々インパクトにかけるかと」
「???」
何言ってんだお前。と言わなかった王は自分で自分を褒めた。
見目麗しいと言われる男を見る。
公爵令息であり伯爵になっている上に王位継承権は健在で、高位貴族には英雄であることも知られている。
しがない教師ってなんだっけ?
「あの子に女の子の格好させてあげたいのは山々ですが、ああ、うちに呼んで仕立てるか⋯⋯いやでも、あの子の好みを選ばせたいな。デザイン画を大量に発注するか⋯⋯?そうなると有名どころを呼びたいが、男のデザイナーは却下だ。あの子が萎縮しそうなマダムもダメだな、若いがエル夫人に頼むか」
こいつ誰だ。とも王は口に出さなかった。
初めは王に向かって話していたはずが独り言になっている。
「そのあたりはミリートン伯爵に任せよう。3ヶ月後を楽しみにまっておるぞ?」
「あまり期待はなさらないで頂けると幸いです、あの子の笑顔が消えるほどの教育がする気がございませんので」
「よいよい、先代の英雄も礼儀作法は苦手だった、ある程度の形があれば文句は言わせんよ」
「それが聞けて良かったです。この話の詳細はごく一部に願います。あの子の身辺を探るのもご遠慮頂きたい」
「身辺についてはミリートン伯爵に一任しよう、こちらでは新たな英雄候補が見つかったという噂に留めておく、それが女性という噂は時間をおいてになる」
「御意にございます」
「時にクレイ、お前がその魔術を使えばどうなる?」
「おそらく5分も耐えれないでしょうね、そして公式の場では名で呼ばないでください」
「冷たいな、それにしてもそこまでか。それは末恐ろしい子供だ、我が国最強の魔術師の上を行くか」
「言ったでしょう?天才、と」
こうして謁見は終わった。
謁見室から追い出された宰相や大臣には睨まれたがクレイが気にすることはなかった。
翌日、クレイは昨日と同じようにキリの部屋の前に立っていた。
緊張するものはする、仕方ない。
控えめに今日もノックする。
「オレだよ、昨日の件でいいかな?」
ガチャっと鍵が開く音がして、ひょこっと顔が覗く。
今日も女の格好だった。
「お邪魔するよ」
誰かに見られる前にキリを部屋に戻し、自分も入り込む。
「早速本題と行きたいとこだけど」
テーブルの上にはパンと目玉焼きが置いてあった。
「せんせー来る前に食べちまおうと思ってたんだけど、今日寝坊しちまって、急いで食べようと思ったらせんせー来ちまって」
学園には食堂もあるが、部屋に小さいキッチンもある。
休みの日は食堂もやっていないので、キリもこうして作っていたのだろう。
「それは悪かったな、んー、それにしてもちょっと質素じゃないか?育ち盛りなんだから、もっと食べないと」
「そう?おれは食べれるだけ有難いけど」
こてりと首を傾げるキリが可愛くて仕方ない。
が、それはそれ、これはこれである。
「その気持ちは大事だけど、お前は魔術を使い続けてエネルギーを消費し続けてる。なのに粗食とか、通りで小さいままのはずだ」
「ち、ちいさいって、酷い!」
「今日はマドレーヌ持ってきたから、その朝食食べたらこっちも食べるんだぞ。それから、来週の休みは予定あるか?」
「無いけど⋯⋯?」
「なら、悪いけど空けといてほしい」
「うん?いいけど、とりあえず食っちまうな」
そう言ってキリは食事を始めた。パンをちぎって小さな口に運びもぐもぐと咀嚼する。
控えめに言って凄く可愛かった。
ちなみにキリは145センチ弱ほどしかない上に痩せている。
もう少し栄養取らせなければ、年相応には見えない。
「さて、昨日決まった事を話す」
食事を終え、お茶を飲んでいるキリに声をかけると背筋をピンと伸ばして返事をした。
「う、うん。どこで、何が、どう決まったのか分かんねーけど」
「⋯⋯あー、それは、まぁ、ちょっと国の中枢で、国のお偉いさんに、直談判して、お前が虚偽の申告で入学したことを許してもらうようにって感じだな」
頬をかきながら言うと、キリはきょとんとしていた。
「ただし、女性としての振る舞いを覚えてもらう必要があって、それで来週は女性用の衣服を用立てる。多少の礼儀作法も必要だが、大丈夫か?」
よく分からないと言いたそうな顔で、こちらを見上げてきた。
「⋯⋯学園に性別を偽って申告すれば、虚偽の申告になって、ちょっとした罪なんだ。それを消すためだから、我慢してくれ」
「え!?うそ!おれ犯罪者?」
「犯罪、うん、まぁ、ちょっと、かなりヤバいやつだな」
学園は国内でも大きな意味を持つ場所なだけあって、入学審査は徹底的にやる。
その審査を掻い潜ったとなれば大きな問題である。
「そんなぁ⋯⋯、おれ捕まるの?」
「いや、だからな?それはお前が頑張れば無しになるというか」
英雄候補という厄介な役割はあるけれど、とは口に出さなかった。
「とにかく、学園ではいつも通り魔術を使って、うちで女の姿になって、時々出かけるのと、礼儀作法をする。それでとりあえずは凌げる」
「せんせー、迷惑かけてごめんなさい⋯⋯。」
泣きそうなキリの頭をゆっくり撫でる。
「ばかだな、迷惑だと思えばオレは逃げるタイプだ。心配するな」
そういうとキリは少し安心したように微笑んだ
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