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11.辛かった過去※クレイ目線

あんな笑顔久しく見てないと思ったら胸の奥が痛かった。

キリはオレのだ、そんな理不尽な欲まで溢れ出そうになった。


(オレは、辛くてもいい。キリが望むならどんな相手だろうが手に入れてやる、お前が笑顔になるためなら、オレは)


思考が迷子になりかける。いつも飄々としたクレイなど存在しない。



クレイはとある貴族の次男として生まれた。正妻の子ではあるが上には側室の産んだ長男がいた。男児が続いて父親は喜んだらしい


それが火種とは思わず⋯⋯


母親は2年後弟を出産中に命を落とした。そのせいか弟は体が弱い。


長男と四男を産んだ側室は母の産んだクレイと三男を嫌った。

幸いと言っていいのか分からないが体の弱い弟は後継者から外され継母の標的にはならなかった。


仕事人間の父は家には必要な時以外寄り付かず、クレイは傷つけられていた。そんな時に学園への入学が決まった。

長男が入れなかった学園への入学で継母達はいきり立った。

幾度となく命を狙われていたクレイは助かったと思ったが、時々実家に顔を出さなければ弟が酷い目に合うと脅しを受け従う他なかった。


父に幾度となく後継は長男に、その補佐には四男をとお願いしたが首を縦に降ってはくれなかった。


クレイは疲れ切っていた。心がねじ切れそうだと思った。


そんな中で起きた事件がある。

学園に戻る前に成長期だから屋敷の衣装を一新しようと針子達が集められた。

そこにはクレイの知る顔もあった。

幼い頃から世話になっていた母に少し似た針子。


チクと腕に針が刺さる。目が合うと針子は酷く脅えた顔をした。


「も、申し訳、ご、ございません」


すぐに下がった針子に「気にしなくていい」と伝えたかったがそれは叶わなかった。

それがどういうことかまだ気がつくことも無く、ただあの母に似た針子を心配した。


馬車に揺られとてつもない吐き気に襲われた。気分が悪いから停めてくれと言うと少しして馬車は止まった。馬車から降りて1歩、その瞬間に馬車が走り出した。

不審に思うまもなく意識が朦朧とし始めた。


ふと違和感を覚えて腕を見ると真っ青に変色していた。


ああ、毒か。


不思議と恨む気持ちは無かった。

あの針子は命令されたのだろうな、とか

弟はどうなるのだろう、とか

継母達はこれで満足なのだろうか、とか

学園に逃げた罰かな、とか

色んな気持ちがぐちゃぐちゃに混ざった気分だった。


倒れそうになった場所はスラムと呼ばれる場所だった。

あの馬車も継母の手の者だろうと思うと最早笑いすら込み上げてきた。


「はは、オレの努力も、無駄だった、そういう事か」


弟を守ることも、自分が逃げることも選べずに、それでも一生懸命に生きたはずだった。父に懇願もした。

全てが無駄になるのだと思ったら絶望したけれどこれで終わるのかと少し安堵した。


「もう、むり」


身体が動かない。井戸の側まで来たが傷口を綺麗にしたところでもう手遅れだろう。


(本当にオレの人生意味なかったんだな)


もう目を閉じよう、その時に見えたのは、ぼろを纏った天使だった。


「にーたん、どうちたの?」


舌足らずな言葉に小さな身体。動くことも返事を返すことも出来ず目だけで子供を追う。


「いたいの?だいじょーぶだよ、いたいのとんでけー」


魔術ならではの淡い光が見えた。しかしそれは並の魔術ではなく、こんな小さな子がと心配にすらなった。

それもそのはず、天のお告げを受けていない子供の魔術操作は基本許されていない。

けれど扱える子はごく稀にいるのも事実だった。

ただし魔力暴走を起こしがちで、下手すれば術者の命に関わる。

だから止めたいのに子供はにこっと笑った。無邪気に眩しいほどの笑顔を向けてきた。


「だいじょうぶだから、こわくないから」


クレイはその言葉を聞くと同時に意識を手放した。





起きた時、井戸の傍にぼろの毛布が掛けられ、傍らに子供が寝ていた。


「たすか、った?」


もう無理だと思った、それが一種の救いにも思えたのに、助かったことに喜びを覚えてしまった。


「オレは、どうしようもないな」


弟を守ることも、逃げることも、許されない。

唇を噛み締めた。


「にーたん、いたいいたい?」


顔を顰めた瞬間いつの間にか起きた子供がクレイを見つめていた。


「痛い?⋯⋯ああ、痛いさ、苦しい。もう嫌だ、辛いんだ」


幼い子に何を言っているんだと思う自分が確かいるがもう限界だと心が悲鳴をあげていた。


「もう、生きていたくない」


ぽつりと涙が零れた。1回涙が出るとそれは止まらなかった。


「どーちて?」


綺麗なエメラルドグリーンの瞳に映る自分はやけに情けなかった。


「オレはいらない子なんだよ」


不思議そうに子供は首を傾げた。


「にーたんはぽいされたの?」


ぽいされたとは捨てられたという意味かと思い、そんなもんだと思い小さく頷いた。


「だったらキリがもらうの、にーたんはキリのにーたんになって」

「⋯⋯どういうこと」

「にーたん、キリもぽいされたって、でもキリはじーちゃいるから」


幼子の言葉はこうだった。自分も捨てられたけれど拾われて幸せだから、今度は自分がクレイを幸せにする。


「なにいって⋯⋯」


座ってるクレイを必死に抱きしめてくる幼子にクレイはまた涙が出た。



数時間後、ベリードという御仁がキリを迎えに来た。

キリは絶対に連れて帰るんだとクレイを家に引っ張って歩いた。

初めは反対していたベリードもクレイの死にそうな顔を見てため息ひとつ吐いて許容した。






それから5週間という短い期間ではあるがクレイはキリと一緒に暮らした。




いつまでも死にたいと言う自分にキリは大丈夫だと、自分がいると、無邪気な笑顔を向けてくれた。

小さな家で寝る時はぎゅうぎゅうで寝て、起きてもキリはクレイから離れなかった。

初めの1週間はクレイはただ生きているだけだった。食べて、寝て、起きてる時は空を見上げていた。

1週間ほとんど変化は無かった。

翌週から起きてる時にキリを目で追うようになった。

何故かは分からない。

命の恩人だからか、自分を拾ってくれたからかは分からない。

ただ無邪気に『にーたん』と呼ぶキリが気になった。


食べるのが嬉しいと言うように食事をし、空の下で生きるのが喜びのように走り回り、夜には一緒に寝るのが幸せというような顔で眠りについた。


そんなキリを見てるだけだったのにその翌週位からキリとともに行動するようになった。

ただ、嬉しいと言うキリの行動を同じようにとってみれば自分もその気持ちが分かるかと思った。

初めは分からなかったがキリが嬉しそうなのは少し嬉しいと思った。







笑顔が増えたなとベリードに言われて自分の頬に手を添えた

自覚はないが笑っていたらしい。



「にーたん、おそらだー!」


空だと言いつつ見上げてるのは空中ではなくクレイの顔だった。


「???」

「おめめがおそらみたい」


そういうとまた笑顔になった。目が空みたいと言われたのかと思うと苦笑した。



クレイは生まれて直ぐに眼帯をつけられた。見えてる片目はスカイブルーの色をしている。小さな頃は自分だけ眼帯を付けるのが恥ずかしくて仕方なかった。

だから外した、が、クレイの目を見て大人たちが悲鳴をあげ、子供を庇った。

それが何故か分からずにクレイは戸惑った。


どうして、ぼくはわるいことしたの?


その疑問に答えられるものはいなかった。

クレイの目は魔眼と呼ばれるもので魔が混ざる色と言われる黒に近い色がそうとされてきた。

平均的な見た目とされるのは色素の薄い茶系だ。

それに反しクレイはスカイブルーと黒に近い紺色の瞳のオッドアイだった。


片目だけでも魔眼を持って生まれたこともクレイは辛かった。

魔眼は魔物や魔族と言われる人類の敵に多くその力が現れる。

王家(有力貴族の子息であるクレイもその血族である)が何世代か前に魔族の王族と婚姻し戦争締結させた記録があるのだが、クレイは先祖返りをしたらしく魔眼を持って生まれたのだった。


クレイは人のつもりだが魔族もどきと継母には呼ばれていた。

魔族との戦争回避を必死になりすぎて国内の不満が噴出し内乱が起きたのは記憶に新しい。


14のクレイにとって4年前の内乱はあまり知らされてない事だったが、それが魔族のせいだと言われていたのは知っていた。元より魔族の評判は悪いがこれが決定打となり魔族との交易は無くなっていった。

そして魔眼をもつクレイの環境も悪いものになっていった。


産んでくれた母はクレイの瞳を綺麗だと言っていたらしい。

クレイが2歳の頃に亡くなったので覚えていないから乳母の話だが、それはクレイにとって嬉しい話だった。

8歳の頃乳母は病に倒れ田舎に行くことになった。

母の話を聞ける機会は失われていった。






眼帯に手を置くとキリは不思議そうに首を傾げた。


「いたい?」

「⋯⋯痛く、ない」


久しぶりに声を出したからかスムーズには言えなかった。


「おめめ、どーちたの?」


そう言われ戸惑った。なんと言えばいいのか分からなかったからだ。


「にーたんのおめめみたい」


見たいと言われビクリと肩が震えた。怖かった。


キリに嫌われることが、とても怖かった。




目を見て魔眼をみて、この子はどう思うのだろうか、そもそも魔封じの印のある眼帯を取れば魔眼が発動するかもしれない。

無意識に使ってしまったら。


ぐるぐると考え込んでいたら何も言えなくなってしまった


「にーたん、こわくないよ」


キリが笑顔で言う。


「キリはにーたんがだーーーいしゅきだよ」


ぎゅっと抱きつかれて泣きそうになった。

涙を拭おうと乱暴に目を擦った反動で眼帯が外れたが、クレイはそのままにした。


どくどくと心臓の音がする。怖くて足が震える。


「よるのおそらだ、にーたんのおめめキレーね!」


キリの笑顔と嘘のない言葉にクレイは立っていられなくなった、怖かった、辛かった、でも、救われた。

そんな思いだった。





それからの1週間クレイとキリは穏やかに過ごしていた。

ベリードがクレイの正体を知るまでは⋯⋯



クレイ・ウィリアムズ、ウィリアムズ公爵の次男であり王位継承権を持つ高位貴族で、身分の低い側室とその息子から命を狙われている。

現在行方不明となっているが側室は遺体を探しているらしい。


そこまで言うとベリードは難しい顔をした。


「クレイ…殿、が、悪いとは思わぬが、わしはキリを無事育てたい。あの子はその権利を奪われこの地にいるが、いずれあの子のいるべき場所に戻したいと思っておる」


言い難いようでベリードは目を逸らした。


「⋯⋯オレのせいでキリが笑えなくなったら嫌です。だから、出ていきます。だけど、キリに時々会いに来て良いですか⋯⋯?」


クレイの真っ直ぐな瞳にベリードは一瞬考える仕草をしたが首を横に振った。


「すまない、お家騒動が落ち着くまであの子の前に姿を現さないでほしい」


ぐっと唇を噛んだ。だけど、ベリードとてクレイが嫌いだと言ってる訳では無い、その証拠に彼は痛いくらいに拳を握っていた。ただ、キリを守りたいのだ。


それに気がつけなければクレイも聞き分けよくならずに済んだのにと、泣きそうに頷いた。




そこからどうやって帰ったかは記憶にない。

気がつけば屋敷の前にいて門番がクレイと気が付き家に入った。

部屋で食事を取ったあと父親に呼ばれたが体調が優れないといい断った。

人に裏切られ、助けられ、希望を見た気がした瞬間に、1人になった。



「ちくしょう」


枕に顔を埋めて泣いた、泣き声が聞こえないように誰にもバレぬよう、クレイは泣き続けた。







お家騒動を手っ取り早く取っ払うには自分が爵位を得て独立することだと気がついたのは、下位貴族出身の同級生が『英雄』について話しているのを聞いたからだった。

それまで学園に通っているのは、家から逃げていただけだったがクレイにも目標ができた。


英雄になれば爵位も金も思うままらしいぜ。


そんな言葉はクレイにとって甘い毒だった。

幸いクレイの適性は『魔力適正5』だ。

その他に剣術も適性はあるが1番の適正で入学していて良かったと思った。

これならば『英雄』を目指せる。


その思いだけでクレイは生きていた。

これさえ上手く行けばキリに会える、その気持ちだけでクレイは頑張れた。




(あれから10年、やっとキリに会えた、もう忘れてるだろうけど、俺には今でもキリが1番大事だよ)


やっと会えると思ったキリは入学に心躍らせていた。

学園の先生は決まっていたらしいが『英雄』の特権を使って滑り込んだ。

剣術の適性があって良かったと心底思った。


キリの適性は知らないが入学資料には【剣術5】のみの記述だった。しかし、クレイはキリに魔術適性があるのを知っている。

資料に使われる紙は特殊な加工がしてある。

それに記入できるのは己のもつ適性と適性のレベルのみである。

しかし、書かないことは出来る。

つまりキリは隠しているということだった。


だから気になって魔術を見るために魔眼を使った。

見破りの魔眼と呼ばれるそれをつかって気がついたのはキリが自分の姿を誤魔化しているという事だった。

訓練の際、体に触れることも多々ある。

しかし本来の姿ではなく魔術を使って見せている姿に沿った感触になっていて、クレイは少し混乱した。


(こんな魔術は存在しない)


そう現存の魔術では不可能とされる魔術を使っていたのだ。

心配になり時折魔眼を通して見たが魔力が乱れる事は無かったので一先ずは安心した。


一緒にお風呂に入ったことのあるキリが女の子だったはずなのに男の子になっていたという疑問もそう魔術で見せていたと謎は解けた。


学園では見守ることしか出来なかったが、それは特別扱いがだめだという先生らしい思考からではない。

ただどう声をかけたらいいか分からなかったのだ。

それでも少しでも一緒にいたくて班わけの担当を強引に自分のものにした。

クレイの学生時代の成績をしる先生方だらけだったし、そもそも公爵家次男であり現在は伯爵位を持っているクレイが望めば大抵の事は無理が通ってしまう。

だから少しでもそばに居たというのに無邪気な笑顔を引き出したのが自分ではないことに強い嫉妬心が芽生える。


(そもそも何年も会ってなくて、辛い時に傍にいてもやれなかったのに、どうやって逢いに行くかとかグズグズしてたからこうなったのか)


はぁぁ

ため息を零す。こんなにも自分は情けなかっただろうかと自分に喝を入れたい。

公爵家のしがらみから抜け出すためにおちゃらけた人物になり、各所にコネを作るために王宮魔術師としてしばらく働き、英雄として陰で王家を支え、やっとキリに会えるようになった。

欲を言えばあの頃のようにキリと2人で過ごしたい。

無邪気な笑顔を向けて欲しい。



「俺って情けないね」


小さく呟いた声は空に溶けて消えた。

読んで下さりありがとうございました

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