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 デュスカーナ領の観光スポットである滝は、その美しさと迫力で知られている。今日はウェイン様の視察があるため、一般人の立ち入りは禁止されていた。


 滝の轟音が響く中、わたしたちは領地の管理を任されている代官と共に滝の近くに立っていた。


「ウェイン様、こちらのデッキからの眺めが最高です。ぜひご覧ください」


 代官が設置されたデッキを指し示す。ウェイン様はその言葉に従い、デッキに向かおうとしたが、わたしはすぐに彼を止めた。


「待ってください、ウェイン様」


 わたしはヨハン様に向き直り、冷静な声で言った。


「ヨハン様、そこに立ってみてください」


 ヨハン様は一瞬戸惑ったようだったけれど、眉を寄せてわたしに顔を向けた。


「お前は……」

「黙ってそこに立ちなさい!!」

「最後まで言ってないだろ!!」


 わたしはヨハン様に反論の余地を与える間もなく声を被せた。


 ヨハン様は「くそっ……」と小さくつぶやきながらも、わたしの指示に従った。すると……。


 彼がデッキに足を踏み入れた瞬間、彼の赤い紐が漆黒に変わった。



「待って! ヨハン様、戻ってください!」



 わたしの叫び声に、ヨハン様はすぐにデッキから飛び降りた。その直後、デッキの一部が崩れ落ち、滝壺へと落ちていった。


 その様子を見て、代官は腰を抜かした。



「デッキに細工がされていたのか……」



 ウェイン様は厳しい顔つきでデッキを見つめた。わたしは胸を撫で下ろしながら、再びウェイン様に向き直った。


「ウェイン様、警戒を怠らないでください。あなたの命は常に狙われているのですよ?」

「ああ、わかった……」




 ウェイン様は真剣な表情でわたしの言葉に頷いた。





 ***





 続いての視察先は湖だった。デュスカーナ領の湖は、その美しさと静けさで知られているが、水温が非常に低く、落ちたら命を落とす危険があると言われている。


 この湖もウェイン様の視察があるため、今日は一般人の立ち入りが禁止されている。


 気を取り直した代官が、湖でのボート遊びを勧めてきた。


「ウェイン様、こちらの湖でボートに乗ってみてはいかがでしょうか? 素晴らしい景色を楽しめますよ」


 代官がボートを指し示す。ウェイン様はその言葉に従い、ボートに乗ろうとしたが、わたしはすぐに彼を止めた。


「待ってください、ウェイン様」


 わたしはヨハン様に向き直り、冷静な声で言った。


「ヨハン様、ボートに乗ってください」


 ヨハン様は一瞬の間をおいて、硬い表情でわたしを見つめた。


「おま……」

「黙ってボートに乗りなさい!!」

「だから、最後まで言ってないだろ!!」


 ヨハン様は小さくぼやきながらボートに乗り込んだ。すると……。


 その瞬間、彼の赤い紐が漆黒に変わった。



「ヨハン様、戻ってください!」



 わたしの声に、ヨハン様はすぐにボートから飛び降りた。


「ウェイン様、ボートを調べてください」

「わかった」




 ウェイン様の指示に従い、木製のボートはすぐに調べられた。そして、ボートの底部の木材の隙間に、巧妙に隠された小さな金属製の装置が取り付けられていたことがわかった。


 その装置は、細い針金と歯車で構成されており、時間が経つと針金が徐々に緩み、最終的にボートの底に穴を開ける仕掛けになっていた。



 またか……。次から次へと、よくもまあ考えつくものだ。



「ボートに乗って湖の中央まで行っていたら、今頃湖の中かもしれないな」


 ウェイン様がそう言うと、代官はその場で気を失って倒れた。





 ***





 今日の視察を終えて領主館に戻ったわたしたちに知らされたのは、王都からここまでの道中にある崖で起こった落石事故の報せだった。


「事故が起こった時間を考えると、もし騎馬に変更せず馬車で移動していたら、巻き込まれていた可能性が高いな」


 ウェイン様は軽く息を吐き、落ち着いた様子でそう言った。



 ——落石事故。



 自然のものなのだろうか。もし人為的なものだとしたら、敵は相当焦っていて、なりふり構っていられないのかもしれない。


「イリーゼのお陰で助かった。礼を言う」


 ウェイン様は微笑みを浮かべて、わたしに感謝の言葉を述べた。けれど、その様子はとても疲れているように見える。


「イリーゼ、そんな顔をするな」

「え!?」


 彼の言葉に驚き、わたしは思わず顔を上げた。ヴェールで隠れていて、わたしの表情どころか顔は見えないはずだ。


「なんとなくわかるんだ。俺に同情してくれているんだろう?」

「もう! 何を言ってるんですか!」


 わたしはそう言ったけれど、それは当たっていた。命を狙われ続ける彼の立場を考えると、同情せずにはいられなかった。




「温泉に入って疲れを癒そう。君も行ってきたらどうだ?」


 ウェイン様はそう言って、疲れた体をほぐすために浴室へ向かうことを提案した。


 デュスカーナ領には火山があり、その恩恵で温泉が湧き出ている。領主館はその温泉を引いていて、贅沢にも男女別の浴室がある。使用人用の浴室も完備されているのだ。


 わたしはウェイン様の提案に従い、浴室へ向かった。長い一日の疲れを癒すために、温かい湯に浸かるのは最高の贅沢だ。

 浴室に到着すると、温かい湯気が立ち込めており、心地よい香りが漂っていた。




 わたしは今までの出来事を振り返った。


 落石事故、毒殺、転落事故、転覆事故、他に考えられることは……。


 そして、ヴェールを外そうとして、はっとした。



 水没……溺死……?



 わたしは急に不安に駆られた。ウェイン様の身に何か起こっているのではないかという考えが頭をよぎり、急いで男性用の浴室へ向かった。



「ウェイン様!!」



 バンッと浴室のドアを開け、彼の無事を確かめる。


「きゃぁぁぁーーーっ!!」


 彼は裸で湯船に浸かっていた。当たり前だ、浴室なんだから……!


「積極的だな。一緒に入りたいなら構わないぞ」


 彼は一瞬驚いた表情を浮かべたが、ニヤリと笑って言った。


「し、失礼しましたわ……! ぶ、ぶ、無事なら良いんです……!!」


 わたしは慌てて女性用の浴室へ戻り、湯船に身を沈めた。温かい湯が体を包み込み、疲れが一気にほぐれていくのを感じた。


 けれど……!


 バシャッと、両手で掬ったお湯を顔にかけた。


 びっくりした!! いや、わたしの台詞じゃないのかもしれないけれど!!


 ウェイン様は、なんというか……凄く、凄く色っぽかった……!!


「恐ろしいほどの魅力ね……」




 わたしは湯船に潜って、ドキドキしている心を落ち着かせようとした。







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