表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/10

 

 王都中心地にあるデュスカーナ公爵邸。ウェイン様の執務室は、まるで彼の性格を物語っているようだ。


 家具は重厚な木製のクラシックなデザインで統一されており、大きな書棚には数え切れないほどの書物が整然と並べられている。机の上には整理された書類と精巧なインク壺やペンが置かれており、彼の几帳面さが窺える。


 壁にはウェイン様が幼い頃に亡くなった彼の実母であるフローレンス様の肖像画が掛けられており、彼女の優しい微笑みが、静かに彼を見守っている。



 ウェイン様の命を守るため、わたしは彼の護衛兼秘書官として、彼と行動を共にすることになった。



「ウェイン様、この者は本当に信頼できるのでしょうか? 顔を隠しているなど、裏で何らかの策を巡らせているのではないかと疑ってしまいます」


 執務机についているウェイン様の前で、彼の侍従であるヨハン様がわたしを見て眉をひそめた。


 正体を明かすわけにはいかないので、わたしはヴェールを外すことなくウェイン様の横に立っている。


「心配するな。彼女は俺が選んだ優秀な護衛兼秘書官だ。顔を隠しているのは…………事情があるんだろう。察してやってくれ。彼女が敵でないことは俺が保証するよ」

 

 ウェイン様がそう答えると、ヨハン様はわたしに向けていた懐疑的な視線を同情的なものに変えた。



 くそう……! こんな美少女に向けるべき視線じゃないからな!! その運命の赤い紐、切ってやろうかしら。



 ヨハン様の左手の小指にも、運命の赤い紐が結ばれている。


「信用していた侍従が実は敵のスパイだった、なんてことも無きにしも非ずよね」

「何だと!?」

「フンッ!」


 わたしとヨハン様が言い合っていると、執務室の扉が軽くノックされた。ウェイン様が「入れ」と言うと扉が静かに開き、大きな犬を連れた小さな男の子が顔を覗かせた。


「お兄様、遊んでくれる?」



 か、可愛いーーーーーーっ!!



 そこに現れたのは、ウェイン様と同じミルクティーベージュの髪と碧い瞳を持った少年だった。


 ウェイン様によく似たその小さな顔にはまだあどけなさが残っており、丁寧に手入れされたシャツと短いズボン姿が、幼い頃のウェイン様を思い起こさせる。



 彼はウェイン様の異母弟であるエリオット様だ。



 ウェイン様は席を立ち、エリオット様の前でしゃがんで視線の高さを合わせた。幼い弟に向けた柔らかな笑顔を浮かべ、彼に言い聞かせるように、けれど優しい声で言った。


「エリオット、ごめんな。今は少し忙しいんだ。後で一緒に遊ぼう」


 ウェイン様にそう言われたエリオット様は少し残念そうな顔をしたけれど、すぐに明るい表情に戻った。


「約束だよ! それまでマクスと遊んでるね。行こうマクス!」

「わんわん」


 彼らは元気よく部屋を駆け出していった。


「エリオット、扉は閉め……」


 ウェイン様がそう言いかけたが、エリオット様はそれに気づかず、扉を開けたまま行ってしまった。


 そして、開いたままの扉の影から、部屋の中を覗く人物に気づいた。


 ウェイン様が立ち上がり、彼女に声をかけた。



「母上……」



 それは、現デュスカーナ公爵夫人であるイゾルデ様だった。フローレンス様が亡くなった後、ウェイン様の父であるデュスカーナ公爵は、イゾルデ様を後妻に迎えたのだ。


 ウェイン様とエリオット様は異母兄弟だが、二人の面差しはよく似ている。美貌で知られたデュスカーナ公爵に似たためだろう。


 長い金髪を美しくまとめ、深い緑色のドレスを身にまとったイゾルデ様は、その目に優しさと知性を湛え、春の日差しのような穏やかな表情をしていた。


「ふふっ。エリオットはウェインが大好きなのよ。忙しいのに申し訳ないけれど、エリオットと遊ぶ時間を作ってあげてね」


 イゾルデ様はそう言って微笑んだ。彼女の穏やかな言葉と笑顔からは、義母でありながらも、ウェイン様に対する愛情が感じられた。


「わかりました、母上。後でエリオットと遊びます」


 ウェイン様がそう答えると、彼女は軽く頷いて部屋を出て行った。



 イゾルデ様の左手の小指に結ばれた運命の紐は赤黒く、彼女とデュスカーナ公爵様が運命の相手同士ではないことを示していた。けれど、その優雅な所作や洗練された身のこなしには、公爵夫人としての風格と強い意志が感じられた。



 ウェイン様が再び執務に戻り、わたしは彼の側で護衛兼秘書官としての役割を果たすために待機していた。


「イリーゼ、急で悪いが明日から領地視察に行くことになった。準備しておいてくれ」


 ウェイン様は書類に目を通しながら、わたしに指示を出した。わたしは正体を隠しているため、「イリーゼ」という偽名を使っている。


「かしこまりました、ウェイン様。視察の詳細なスケジュールを教えていただけますか?」


 領地視察とは、領民の生活や農作物の生育状況、税の徴収などを確認し、必要な支援や対策を行うための重要な任務だ。


「まずはデュスカーナ領の主な産業である観光について確認する。領地を任せている代官との昼食会を兼ねた打ち合わせの後、幾つかの観光スポットを視察し、商業活動の状況を確認する。次に農村を訪れ、収穫の状況を確認する予定だ」


 わたしはメモを取りながら、ウェイン様の指示をしっかりと頭に入れた。


「視察中は何が起こるかわからない。君も警戒を怠らないでくれ」




 ウェイン様の言葉には、彼の命を狙う者たちへの警戒が込められていた。わたしは気を引き締め、ウェイン様を不慮の死から守る決意を新たにした。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ