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 王都の喧騒から少し離れた場所に、ひっそりと建つ小さな店がある。看板には「運命の相手、探します!」と書かれており、通りがかる人々の目を引く。


 店の中は温かみのある木の壁と落ち着いた色合いの壁紙で飾られ、棚には占星術の書物やタロットカードが並べられている。柔らかなランプの光が、訪れる客たちを穏やかに迎え入れる。



 ここはわたしが営む店。わたしは占いの館を開いたのだ。



 乙女たちは、恋の悩みを抱えて次々とわたしの店を訪れる。


「婚約者は運命の相手ですか?」

「彼はわたしのことを愛していますか?」

「〇〇様と結ばれたい!」

「わたしの運命の相手は誰ですか?」


 そう! これよ! 恋のときめき!!


 わたしが感慨に耽っていると、ニーナが鑑定室の布の扉をそっと開けた。


「お嬢様、お客様をお入れしてもよろしいですか」

「ええ、お通ししてちょうだい」




 本日一人目のお客様を迎える準備をしようと、わたしは鏡に映る自分を見つめた。


 サテンシルバーの髪は織物のように滑らかで、ローズゴールドの瞳は大きく優雅な輝きを放っている。透明感溢れる白い肌はきめ細かく、唇はぷっくりとしていて健康的だ。


 地味なアラサー会社員はとんでもない美少女になった! これも幽霊の謝罪のしるしなのだろうか。


 しかし、わたしは真紅のベルベットのローブに身を包み、薄紗のヴェールを被って顔を隠す。首元には銀色の星のペンダントを掛け、神秘的なオーラを放つ。


 円卓の中央に水晶の球とタロットカードを置き、準備完了だ。わたしの鑑定に水晶もタロットカードも必要ないけれど、こういうのは雰囲気が大切なのだ。


 顔を隠す理由は他にもある。わたしのローズゴールドの瞳は珍しく、正体がバレてしまうからだ。正体が知られれば、貴族社会の複雑な人間関係に巻き込まれてしまう可能性があり、何かと面倒だからだ。




「先生、お願いします」


 ニーナがそう言って、最初のお客様を連れてきた。


 お客様の前では『お嬢様』ではなく『先生』と呼ぶようにしてもらっている。これも正体がバレないための対策だ。


 お客様は十代半ばのご令嬢だ。占いの館を訪れる人々は、皆、期待と不安が入り混じった表情をしているが、彼女はとても深刻な表情をしている。


「あの……、婚約者のことで相談したいのです」


 わたしは彼女の左手の小指に結ばれた紐を見る。


「心配しないで。ここではあなたの心の声が何よりも大切です。どうぞお掛けになって。両手をテーブルの上に置いてね。さあ、話してみてください」


 彼女は深呼吸をしてから、状況を明かした。


「婚約者が浮気ばかりしているのです。わたしたちの婚約は家同士の提携のためです。両親はわたしが望まなければ婚約を解消してもいいと言ってくれました。でも、彼はわたしを愛していると、わたしが彼の運命の相手だと言うのです。彼の家にはこの婚約から多大な利益があるので、彼はただそのためだけにわたしを繋ぎとめているだけではないかと疑っています。彼は本当にわたしの運命の相手なのでしょうか」



 わたしは水晶の上でマジシャンのように巧みに手を動かし、話し始める。



「違うわね。彼は貴方の運命の相手じゃないわ」


 わたしがそう言うと、彼女は安心したような、それでいて寂しいような表情をして言った。


「わたしに運命の相手なんていないのでしょうか……」

「少し待ってね」



 わたしは目を閉じて念じる……ふりをする。 そして、彼女に顔を向けて言った。



「あなた、オットー・レーゲンという人物に心当たりがあるかしら」

「は、はいっ……! 学園の、隣の席の方です……」

「あなたの運命の相手は彼よ」

「本当ですか!? オットー様がわたしの……? うれしいっ……! 実はわたし、ずっと前から彼をお慕いしているんです」


 彼女は目をキラキラさせて、素敵な笑顔を浮かべた。



 くぅぅーーー!! いいっ!! 何度見てもいいわっ!! 恋する乙女の笑顔……たまらん!!






「お嬢様、大丈夫ですか? 根拠のない事を言って……」


 お客様を見送り、ニーナが鑑定室に戻ってきて言った。


「大丈夫よ、わたしの鑑定は百発百中なんだから!」


 だって紐が教えてくれるんだもの。





 わたしは多くの紐を見て行くうちに、幾つかのことに気づいた。


 赤い紐は、やはり運命の相手と結ばれた運命の紐だった。けれど、中には赤ではなく赤黒い色の紐を持つ人もいた。赤黒い紐の人は運命の相手ではない人と婚約、または結婚している。紐がない人もいるのだが、彼らは、独身主義者だったり、恋愛に興味がなかったりと様々だ。


 赤黒い紐をはさみで切ってみると、それは跡形もなく消え去り、その人の左手の小指には本来の赤い色をした紐が現れた。

 そして、紐を掴んで『運命の相手は誰?』と念じると、紐はまるで意思を持ったように、文字となって運命の相手を示したのだ。


 さらに驚くことに、わたしがこの世界へ持ってきたはさみは、運命の紐同様、わたし以外には見えないのだった。






 カランカランという鉄製のノッカーの音が、次のお客様の来店を告げた。


「さあ、お客様をお通ししてちょうだい」


 ニーナは頷き、布の扉を開けて新たなお客様を迎え入れた。




 次のお客様は、四人のご令嬢たちだった。彼女たちのうち三人の紐は赤いが、一人の紐は赤黒い。


 彼女たちは両手をテーブルの上に置き話し始めた。


「わたしたち、同じ方をお慕いしているんです」

「わたしたちの中にその方の運命の相手はいますか?」

「わたしはその方と結ばれたいのです」

「わたしは付き添いです…………」



 ん? これは、もしかして……また?



「その方のお名前を教えていただけるかしら?」


 わたしが尋ねると、彼女たちは声を揃えて答えた。


「「「ウェイン・デュスカーナ様です」」」



 やっぱり……。



「では、始めるわね」


 わたしは一人ずつ運命の紐を握って念じた。


「あなたたちの中にその方の運命の相手はいないわね」


 わたしがそう言うと、彼女たちは落胆の表情を浮かべた。


 わたしは一人ずつに顔を向けて告げた。


「まず、あなた、ジョン・ハーバー。あなたは、サム・ウェスト。そして、あなたは、ビル・ベネット」


 彼女たちは驚きに目を見開きつつ、瞬時に顔を赤くした。


「皆さんそれぞれの人物に心当たりがあるかしら? あなたたちの運命の相手よ?」


 わたしの言葉に三人の令嬢たちは恥ずかしそうにしながらも、どこか嬉しそうに答えた。


「ジョンは幼馴染で、領地が隣同士なんです……!」

「サム・ウェストは、わたしの従兄弟なんです。いつもそばで支えてくれて……」

「ビル兄様には妹としか見られていないと思っていたのに……」


 彼女たちは自分の運命の相手を知ると、『ウェイン・デュスカーナ』への想いは消え去ったようだった。



 なんか、ごめん。ウェイン・デュスカーナ様。



「ねぇ、あなた」


 わたしは付き添いで来ていたもう一人の令嬢に声を掛けた。


「あなた、婚約者がいるでしょう? 残念だけど、彼はあなたの運命の相手じゃないわ」


 わたしは彼女に近づき、赤黒い紐を切って新たに現れた赤い紐を握って念じた。


「あなたの運命の相手は、ルドレフ・シーカーよ」


 お節介なのはわかっている。けれど、付き添いだと言った彼女は、友人たちの喜ぶ顔とは反対に、だんだんと表情を曇らせていった。


 わたしは今にも泣き出しそうな彼女を放っておけなかった。


「シーカー様!? 第二騎士団の!?」

「やっぱり!!」

「シーカー様、いつもあなたのこと見つめているもの!!」


 付き添いの彼女は目に涙をためて言った。


「以前、街でシーカー様に助けていただいたことがあって……。わたし、そのときからシーカー様をお慕いしているんです。けれど、わたしには婚約者がいるから……」


 わたしは彼女の両手を握って言った。


「ご両親はあなたの気持ちを知っているの? 相談してみて? ご両親だってあなたが本当に幸せになることを望んでいるはずだわ」


 彼女は泣きながら何度も頷いた。


「皆さん、運命の相手がわかったからと言って驕っては駄目よ? お互いを尊重し、慈しみ合って、愛し愛される関係になってね?」

「「「「はいっ」」」」


 彼女たちは皆幸せそうな表情を浮かべて、占いの館を後にした。






「それにしても、『ウェイン・デュスカーナ』ねぇ……」


 占いの館を訪れる恋愛成就の相談の中で、多く聞くのがその名前だった。



 ——ウェイン・デュスカーナ。



 彼はデュスカーナ公爵家嫡男でありながら、若干二十歳にして、王国第一騎士団副団長の任に就いている。


 その端正な顔立ちと優れた剣技、公爵家の嫡男という地位は多くの令嬢たちを魅了して止まない。しかし、彼の心を射止めることができた者はまだいない。



「あら、お嬢様、デュスカーナ公爵子息様にご興味があるんですか?」


 ニーナが意地悪く笑いながら尋ねた。


「特別な興味なんてないわ」

「そうですか。それでしたら他人の運命の相手より、ご自分の運命の相手を探してくださいな」


 グサッとニーナの言葉の刃が胸に刺さる……。


 それが出来たらとっくにやっている……。わたしは独身主義者でも、恋愛に興味がないわけでもない。けれど、わたしの左手の小指には、運命の紐は結ばれていないのだ。


 たぶん、自分の運命の紐は見えないのだろう……。



「大人気ですね、デュスカーナ公爵子息様。わたしはもっと落ち着いた渋みのある大人の男性がいいですけどねぇ……」


 でしょうね……という言葉が喉元まで出かかった。


 ニーナが誰を思ってその言葉を言ったのか、今朝、知ってしまった……。


 我が家の家令であるエドガー(四五歳、独身)がニーナの前に立ったとき、彼らの運命の赤い紐は、お互いがシュルシュルっと結び合い、一本の紐になったのだ。


 ニーナがオジ専だったとは……。




 カランカランと、ノッカーが再び店内に鳴り渡った。


「ニーナ、お客様がいらっしゃったわ。お通しして」

「はい、かしこまりました」




 占いの館は本日も繁盛している!







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