俺には恋人がいた
俺には恋人がいた。
社内恋愛だった。
会社は社内恋愛禁止ではなかったけど、気遣われたりからかわれたりするのが嫌で秘密にしようと約束して付き合い始めた。
彼女とは上手くいっていたが、ある日俺が残業していると彼女も会社に残っていて…俺はその日のことをずっと後悔することになった。
「あれ?お前も残業?」
「いや…一緒に帰りたいなって思って…」
「はぁ?そういうのやめてって約束したよね?」
「う、うん。ごめん、でも…相談があって」
「それなら明日休みだから、明日聞くから」
そうやって俺は彼女を突き放した。
彼女は暗い顔でごめんと言って、その場を後にした。
そして残業が終わって、帰りにふとスマートフォンを見ると知らない番号から大量の不在着信があった。
掛け直すと、この辺で一番大きな病院だった。
彼女が…男に階段から突き落とされて頭を打って担ぎ込まれたと聞かされて、急いで病院に向かった。
「…すみません、彼女は!?」
「治療は終わっています。ですが頭を打っていますからこれからどうなるかまだわかりません」
「…っ」
彼女は家族が遠くに住んでいて、今駆けつけられるのは俺だけで。
そこで医者に聞かされた。
「どうも、会社で同僚に付きまとわれていたそうで。帰り道もしつこくされて、拒絶したらちょうどあった階段から突き落とされたそうです。朦朧とした意識の中で救急車を自分で呼んだようで」
「そんな…」
付きまとわれていたなんて聞いていなかった。
どうして相談してくれなかったんだと勝手に憤って、そして気づいた。
俺は相談しようとした彼女を突き放して、よりにもよって一人で帰らせたのだと。
それで彼女は付きまとい犯に…!
「警察には通報してあります。今は彼女のそばにいて差し上げてください」
「はい…」
彼女は病室で寝ていて、俺は一晩中彼女に付き添った。
「…ううん」
「!気付いたか!?」
「…あ、あれ?私…」
「とりあえず先生を呼ぶから!」
ナースに彼女が目を覚ましたと報告して、医者が彼女を改めて診断してくれた。
彼女はとりあえず、今のところ怪我そのもの以外には症状はないらしい。
診断が終わってからまた彼女のそばに行ったが、彼女は俺を見て申し訳なさそうにする。
「あの…せっかくの休みにごめんなさい」
「そんなのいいよ。今日の午後にはご家族もこっちに着くらしいから」
「あの、昨日色々あったようで…仕事に支障はないですか?」
「そんなのいいよ。ていうかなんで敬語なの」
「あの…私、会社を辞めようと思ってます」
…どういうことだろうか?と首を傾げる俺に彼女は言った。
「事件のことで気遣われたりからかわれたりしたくないので。それで家族のいる田舎に引っ込もうと思います。これからは家業を手伝わせてもらって生きていこうかなって」
「え、え、え」
「まあその辺は家族との話し合いも必要なのですが。それで、遠距離になるし大変でしょうから別れましょう」
「え、待ってよ…なんでそうなるの…?」
「本当に大変な時に、助けてくれない恋人は必要ないので」
ぴしゃりと言い切られてようやく理解した。
彼女は、犯人はもちろん俺のことも敵と認識している。
「…あ、いや、でも」
「付き添いをさせてしまってごめんなさい、もう帰ってくださって結構です」
「あの、俺…」
「これでもう、会社で私とのことを気遣われたりからかわれたりする心配もないでしょう。よかったですね」
「ご、ごめん、でも」
言い訳すら言い澱む俺に彼女は微笑んだ。
「ステキな思い出をありがとうございました。でもこれからは、貴方の顔を見るたび事件を思い出しそうなので…私のことは捨ててください」
「…っ」
「さようなら。愛しています」
そんな言葉を最後に、彼女は俺を見てくれることもなく…ちょうどご家族も到着して、事情を知ったご家族にも追い出されて彼女とはさようならになった。
それからは散々だった。
彼女が居ないストレスで食べても吐くようになってしまった。
体調はどんどん悪化して、病院でしばらく治療を受けることになり。
それでも有給は使い切ったがなんとか回復して、また会社に戻れるようになると今度は仕事漬けの生活を送るようになり。
気付けばおっさんになっていた。
「…ふぅ」
おっさんになっても、恋人は彼女以来いなくて、結婚もしてなくて。
お金と有給だけが貯まっている状況で、何のために生きているのかもわからなくて。
有給をいい加減消化しないと怒られるので、貯まった金で久しぶりに温泉旅館に行った。
こんなの、あの頃の彼女とのデート以来だ。
でも、もう隣に彼女はいない。
「…風呂、あがるか」
露天風呂でもこんなつまらないことしか考えられなくて、風呂をあがる。
風呂をあがると部屋に戻ろうとした。
そこで、家族連れの彼女を見つけた。
歳を重ねてなお美しくなっていた彼女は、ご両親と、多分旦那と旦那のご両親と…そして可愛い子供たちを引き連れて幸せそうにしていた。
こちらに気づく様子もない。
「…ぁっ」
急いで部屋に戻った。
泣いた。
安堵で。
彼女は俺と違って幸せになっていた。
よかった、よかった、俺があの幸せを壊す選択肢を選ばなくてよかった、話しかけなくて良かった、彼女が幸せそうで本当に良かった。
「…よかった」
ごめん、本当にごめん、傷つけてごめん。
幸せそうで本当に良かった。
「…」
俺は、多分。
人を幸せに出来る人間ではない。
幸せそうな彼女を見て、改めて実感した。
それでもせめて貯まった金で久しぶりに親孝行でもして、姪っ子たちと甥っ子たちにでも貢ごうかなと久々に前向きになって、温泉旅館は終わった。
そして思いついた通り親孝行をして姪っ子たちと甥っ子たちを可愛がり、やっと久々に幸せを感じることが出来た。
俺はもう、生涯誰かと一緒になることはないだろう。
その分有り余った金で家族は大切にしようと誓った。
ここまでお付き合い頂きありがとうございました!
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