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池泉回遊式旅行

作者: 第六感

天王寺は、15世紀頃、地元大名9代目夫人の所願により、城下に創建され、大名家居城の移動に従って転々し、1602年、十七代の治世に現在の姿となった。その境内の庭園には四季折々の花が咲き乱れ、五重塔とのコントラストは地方随一の絶景を誇るという。


「池泉回遊式だね」

庭園に降り立つや否や、Aはそう説明した。晴れ渡った台風一過の日のことだった。

「ち、ち、旋回、ゆう?」

僕は漢字変換ができず、聞き返した。

「池や泉の、周りを、巡り回って楽しむ形式の、お庭のことだよ。日本庭園として多い形式だけどね」

彼女は区切り区切り教えてくれた。本日のブラタモリの丁寧な先生役である。僕たちもいい生徒にならなくてはならない。わざとらしいくらいの返事をした。「池泉回遊式って言うんですか、いいお庭ですね〜」

「でもさ、なんかちょっと雑多じゃない?」Bはいち早く生徒役をおりた。「伸び放題っていうか」

「うーん、そうだね。ちょっと放置されてるかも」

その感想は妥当だったのか、Aも同調した。庭園入り口からは、有名な五重塔、咲きかけの蓮、池、コンクリートの橋、蔓が飛び出した藤棚、尖った印象の松葉、道にはみ出した下草が一望できた。確かに雑多だ。

「見て、この木なんて古いよ」Bが看板を指差した。樹齢を示しているようだ。「約100年だって! だから、せんきゅうひゃくにじゅう……」

「や、もう少し古いよ。この看板自体、平成2年に建ってるもの。1890年頃から生きてるってことになるんじゃない?」

すごい年上だ。「その頃何してた?」僕は、ふざけて聞いたつもりだったが(「生まれてないよ!」などの返答を期待して)、Aは

「日清戦争前くらいでしょ、おばあちゃんが日本に来たくらいの頃かなあ」と真面目そうに答えた。


彼女は、しばらく二条城はニの丸庭園を守る庭師であった。Bと僕と大学のゼミで知り合い、その後5年ほどの付き合いになる。我々は、日本庭園を庭師の解説付きで回遊する機会に恵まれたのである。


「池の水位が低いなあ」だからAがぼそっと言ったことも聞き逃さなかった。ガイドには解説を要求したい。「御池の水位を下げがちなんだよねえ、最近は」


「なんで水位が下がってるってわかるの?」と、Bが問うのを見て、僕は回答してみた。「分かった、岩に水苔の線がついているからだろ、コイツが水位の変化を示してるんだ!」

「いや」違うらしい。「石が浮いているからだよ」

「浮いてる?水に?」見てみるが、水面と岩は十分に離れている。

「いや、岩壁にセメントでくっついてるんだけどね、水面ギリギリに位置させることで、自然の池みたいに見せているんだ。それが水面から浮いている。水面の上に石があって水面との間に空間があるでしょ」

確かに。

「だから、水位が下がっていることがわかるわけ。このご時世はどこもそうだね。水を減らさないのは私が見た中では、今のところ二条城だけだよ」

「はいはい、勤め先が好きなのは分かったから」

「おや、こっちの白浜の方は、水位を下げてから作ってるね」見てみると水面にちょうどいい高さで白い石が並んでいる。打ち寄せる池の水が海のようだった。


少し歩くと、小さな出入り口の背の低い建物にでくわした。茶室だ。

「和菓子を持参すべきだった」

「お! ということはここから滝が見えるはずだね」

「そうなの?そういうルールなの?」

僕は茶室の窓の部分を背にして庭を見回してみた。

「ルールってわけじゃないんだけど、この窓から見える庭が、一番きれいになるようにしてあるんだよ」

さながら茶室の窓から身を乗り出すようにして探してみたが、しかし滝が見つからない。「うーん、滝のそばにはモミジがあるものなんだけど、モミジすら見つからないね」

ない。代わりに進行方向右側に白砂利のお白州を見つけた。

「あっち、枯山水じゃない?」


本日のメインの一つ、枯山水の庭を見つけた。さすが禅寺、枯山水に松とモミジを手前に置いて、白浜に打ち寄せる波、遠くに有名な五重塔。そんな風景が一望できる縁側で、禅が組めるようだった。

「禅の体験ができる日に来ればよかったかなー」

誰もいない縁側に腰掛けてBが言った。

「禅の日だったら、こんなに優雅に過ごせてない」

「確かに」腕を後ろについて脱力して会話した。「じゃあ今日でよかったか」

「まあちょっと小さいけどいい枯山水だねー」Aも満足のようだった。「特にこのモミジがいいね」

Aはずいぶん影の薄い木を気に入った様子である。色もついていないし、葉っぱが細くて印象が薄い。木自体も整えられてはいるのだろうが、普通に生えててもおかしくないくらいの生え方に見えた。

「それがすごいことなんだよ!」思った通りに伝えると怒られた。「自然に見えるように整えるってすごいことなんだよ。いずれ自然に見えるように計算して切って5年10年手を加えないって必要があるわけ」

「まあ、根元見るとわかるけど、盛り上がってるでしょ? あれはどこかのお庭から持ってきたってことなんだよね。根付いてたら、あんなに小さくまとまるわけないんだから」


藤棚の下を潜って、「藤棚みたいな植物で屋根を作るのは、江戸時代中期以降のセンスなんだよね。1600年一桁台に造られたお庭とは思えないね」橋を一つ渡り「隙間広いから気をつけてよ」橋を二つ渡りながら「あ、これ入り口から見えた橋だね」解説を堪能した。


大きめの橋が高い足に支えられて所在している。

言われてみれば入り口から見た。そして思い立って確認したところ、橋脚に水苔の線が存在しない。僕は得意げに言った。「これはきっと水位が今の高さになってから作ったね」

「そうだね~かわいそうだね。こんなのつくっちゃってね」

どうして?

「そりゃ、これ、コンクリートだもん」

ああ、そりゃそうだ。

「あとね、橋の設置面が庭の入り口から見えないように大きい石で目隠しししてあるね。ちなみにこうやって橋の入り口を岩で隠すのは昭和後期の流行りだよ」

「あー、コンクリ製ってところが見えると、テンション下がるもんね」Bは興味深そうに感想を述べた。

「それを言ったら橋脚が明らかにコンクリじゃないか」


話しながらコンクリ橋を渡り切ると、僕は池に落ちている葉の種類が変わっていることに気がついた。橋の手前で流れが止まっており、葉っぱが堆積しているのが見える。「この木、モミジだ。しかも根付いてる」返事がない。


僕の気づきも虚しく、2人は、異様なものに目をうばわれていた。小高い岩の上に仏像がポンと置かれているところだった。普通こういうのって、祀られてるもんじゃないのか?



「変だね」最初に疑問を口にしたのはやはりAだった。しかしその内容は僕とは違っていた。「このルートはおかしい。これじゃ池泉回遊にならない。」

「え?そこ?」

「池の周りを回るなら、あの岩の上を通るはずなんだよ」そういってAは岩を指差そうとして、仏様を避けて岩の中腹に人差し指を向けた。「それが、ここで橋を渡って戻らされたら中途半端」


「分岐だったってだけじゃないの? そういう庭もあるでしょ」

「確かにそういうお庭もあるよ。でもあの岩の横の道に繋がるような道はどこにもなかった」

「待って、岩の横に道はあるのか?」

「あるよ、ほら」Aは岩に近づき、岩の後ろまで坂道を登ってしまった。なるほど、今歩いている道から岩の後ろには人が通れる道がある。「この仏様があるから通れないけど、向こうにも道は続いてるよ」

それより先の道は見えないが、橋を渡る前に分岐した道はなかったのに。




あるはずの道、池泉回遊式の庭、コンクリの橋、流れが止まった水、茶室の窓、モミジ。

ここで僕が岩の前に立って振り返ると、庭の出入り口は、コンクリの橋で全く見えなかった。




「ええ、これってつまり、ひょっとして、昔はこの岩が滝だったんじゃないか?」


「え! そうかも!」

「だって、モミジのそばに滝がセオリーだもんね」

「そうだよ、あの橋のせいで滝が見えなくなったんだ」

「それは逆じゃない? 滝を枯らすことにして、だから目隠しとして橋が作られた、昭和後期に!」

「そっか、きっとそうだ。水位を下げたのもその時期じゃない? 池の水を一部堰き止めて流れを止めて、水の量自体も減らしたんだよ。橋の橋脚の汚れとも一致!」

「しかも、そうすると白浜とモミジの意味が変わってくる」

白浜は水位が下がった水面に合わせて作られていた。白浜は枯山水と五重塔を結ぶ直線上にある。


つまり、こういうことだ。天王寺庭園は、お茶室から見える北東の滝をメインにした風景を、禅寺から見える北西の五重塔がメインとなる風景に変更した。こうして今では遠くに五重塔、その手前にお白州と枯山水、近く他所から持ってきたモミジを、禅のお供に見る事ができる。


お寺のHPを調べてみると、五重塔は、1981年(昭和56年)に完成したそうだ。

僕らの旅の始まったばかりの話だ。

FIN


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