005. 中学校卒業と春休み
俺は結局、姉ちゃんと相談していたように高校は家から近い私立九玄坂高校を選び受験して合格した。
一緒になりたくはなかったけれど、石橋葵と杉本陸哉も合格したようだ。
中学校卒業式までの間は、三年生の授業は終了しているので卒業式の練習や卒業制作を作る期間になっていた。
卒業すればやっと同じ中学校の卒業生たちのいない高校に行ければいいと思っていたけれど気持ちはすっきりしなかった。
卒業式の練習をしている時は先生たちに見られていて席に座っているから絡んでくることがないので話す必要もなく楽だった。
卒業制作の時間になると仲の良い友だち同士で集まって作業していた。
皆、おしゃべりをしながら作品を作っているから手が動くよりも口の方が動いている。
俺の横には葵と陸哉が来た。
この二人も他の皆と同じようにおしゃべりがメインだった。
話している内容に意識を傾けてはいたけれど、俺は話の会話には参加しなかった。
その態度に俺が葵と陸哉にとって余計に腹の立つものに見えたのかもしれない。
「ねぇー!叶羽、卒業式が終わったら春休みじゃない?だ・か・らデートしようよ、、デート!ねぇ、いいでしょ?」
「……。無理…かな」
「どうして?どうして叶羽って私と遊んでくれないの?高校受験も終わったんだから、勉強しなければならないなんて理由にならないからね!」
「そうだぞ、叶羽!葵だってずっと我慢していたんだから春休みにデートくらいしてやれよ」
何故か陸哉が葵のことを掩護射撃をしていた。
「二人が何を言っても俺は俺で春休みの予定が入っているから無理だから」
俺は表情を変えずに陸哉と葵に応えた。
葵は泣きそうな顔で俺の方を見た。
「葵はお前の彼女だろ?デートくらいしてやれよ」
「そうは言ってもさっき言っただろう。春休みは忙しくなるんだよ」
溜息交じりに俺は卒業制作の作業に集中して陸哉と葵のことを見ずに答えた。
「それでも春休みの一日ぐらいはどうにかできるだろうが」
陸哉の方がだいぶイライラして俺を睨みつけながら見ていた。
そんな状態で話を聞いていると俺の方が不機嫌な顔になりそうな気持ちを抑え、黙っていた。
「なぁ叶羽、何か言えよ!」
作業を楽しくおしゃべりしながらしていたクラスメイトたちにも聞こえる程の大きな声で陸哉が怒鳴った。
皆の視線が俺たち三人に向けられた。
「全くさぁ、叶羽は何が不満なんだよ?二年の頃から付き合っているのに、お前は遊んでやったりしていないじゃないか。恋人になったって言ったって葵ばかりを困らせているんじゃ、恋人なんて言わないだろ!」
葵と俺の関係に共通の友だちだというだけなのに葵と俺の間に干渉してくることに俺は腹が立った。
俺に絡むように話しかける陸哉の言葉に俺は更に黙ってしまった。
周りを見渡すとクラスメイトたちが聞き耳を立てているようだった。
中学までは義務教育だから(?)授業日数だから(?)学校に行かなければならないのは苦痛だった。
だから俺は卒業制作の作業授業は嫌いだ。
肝心の葵は黙ったままだった。
こんな状態で俺は溜息だけしか出なかった。
(高校だったら二月以降、授業がなければ休みになるところもあるだろうに…)
「陸哉、お前いい加減にしろよ。周りをよく見てみろよ。皆も陸哉の声の大きさでビックリしている。こっちを見ているし、少しは卒業制作を進めろよ」
いつもと違った低い声で俺は陸哉に言い放った。
俺の言葉でハッとした陸哉は教室内を見渡し、気が付いたようだ。
「あっ…」
やっと気づいた陸哉は恥ずかしくなったのか俺から席を離し、卒業制作に目を向けた。
俺は葵の方も顔を見た。
葵は居た堪らない気持ちになったみたいで陸哉の後を追うように俺から席を離した。
授業の時間も半分以上過ぎていた所為で仲良くしていたはずの友だちにも近づいていったら嫌な顔をされていた。その顔を見た葵は結局、陸哉が離れて行った方へと行った。
その様子を見ていた俺は溜息を吐いて卒業制作の作業に戻った。
「はぁ…、ほんとにめんどくさ…」
俺は独り言のように呟いた。
この出来事の所為なのかその後の卒業制作の授業では陸哉も葵も絡んでくることはなくなった。
卒業式の日まで静かな日々を過ごすことができて、俺は葵と春休みの間にデートをしようという話はそのまま有耶無耶にしたまま過ぎた。
俺の気持ちは何となく嬉しかったような感じがした。