第9話
余談ですがこれを最初に投稿する前に小説全体のタイトルを変えました。
「ね、ねえパオゴロー?本当にこの中を進んでいくの?」
海岸の目の前に見える、静まり返った森の入口。そこは眩しくもどこか温かい太陽の光に照らされている。
しかしそんな美しい光景には目もくれず、魔法使いの少女であるユイズは潮風に金色の髪を揺らし、そして恐怖によって体を震わせながらその森が広がる方向を指さす。
「そうですよ。良いじゃないですが、この大自然。暗くなると面倒ですのでさっさと行きましょう」
彼女からの言葉に答えるのは、前世がゾウの勇者であるパオゴロー。彼は海辺に立ちながら腕を組みあっさりとした口調で話す。
「恐らくですがここからじゃないとドヌ王国へは入国できないです。監視している魔物をいませんからこれはチャンスです、早く行きます」
こう言ってパオゴローは勇ましく森の入口へと進もうとするものの、ユイズは赤いドラゴンのギムに抱きついたままそこを動こうとしない。
「グ、グルゥゥ」
「ほ、ほら。ギムでさえ『ちょっと怖い』って言ってるみたいだし・・・」
「グルァァァァァ!!」
「その後に『やっぱりスリルがあるところはオレ様は好きだぜ!』って言ってるですよ」
「ちょっと待って。何でそんなテンション上がってんのよ」
ユイズの味方だと思われていたギム。しかし彼女に巨大化の魔法を解いてもらい、通常のサイズに戻ったことで体が身軽になったことが影響しているのか、疲れも見せずにテンションが高まっている状態であった。
そんな彼らの姿を目にしたユイズは肩を落としてため息をつき、ようやく観念した。
「分かったわよ、仕方ないから行くわよ。・・・何か不気味で嫌なのよねえここ。そもそも人が住んでた王国なのに全土が森ってどういう国なのよこのドヌ王国は・・・」
「それにしてもこんな森に入るのは初めてなので楽しみです。葉っぱがいっぱいです」
◇
「ねえパオゴロー、この不気味な雰囲気を紛らわせるためにもちょっと質問しても良い?」
「何ですか?」
「よく話してくれるんだけど、その・・・。『前世はゾウ』ってどういう意味?初代勇者もどこかから転生してきたってのは聞いたことあるんだけどアンタもそうなの?」
時刻は夜ではないにも関わらず、たくさんの木々が生い茂っているからかなおも薄暗い森。そんな中を進んでいるユイズは「名前しか聞いたこと無いんだけど。そのゾウって動物」と続けながら、自身とギムのことを先導しているパオゴローに尋ねる。
「そうですよ。前世はゾウです。病気で死んで、気づいたら人間になってました」
「・・・え?マジで人間ですらなかったの?」
パオゴローの前世というのは日本のある動物園で飼育・展示されていたアジアゾウ。しかし彼は病気で死んでしまった後、生前とは異なる世界へと転生した。
ただしパオゴローとしては、この辺の説明で面倒臭さを感じ始めていたのも確か。
そもそも今パオゴローがいるこの世界にはゾウという動物はいない。どうも昔はクゥア王国というところには生息していたようなのだが、ある時、忽然とその姿を消したらしい。
おまけにこの世界には動物園やそれに準ずる施設も無いらしい。となるとゾウという動物を実際に見たことが無い人物にはどのような生き物なのか、そして動物園がどのような場所なのかという説明が必要。
パオゴローを育てたズイファ国王によると、魔王に敗れた初代勇者も転生者だったこともあり、“転生”という概念を理解もしくは把握している者自体は決して少なくないという。しかしそれは前世も同じ人間だから受け入れられるというものであり、『この世界では絶滅した動物から人間になりました』となれば話は別だ。
なんせ彼が転生する直前に、『夢の中に女神が出てくる』という経験をしたズイファ国王でさえ、パオゴローが話すゾウや動物園の説明を聞いて目が点になっていた。
『どうして夢の中に出てきたあのポンコツ女神さんの言うことは信じるのに、僕の前世がゾウだっていう話は理解できないですか?』
『え・・・。いやだってそもそもゾウってもう絶滅してるし・・・』
パオゴローはズイファ国王と交わした会話やそのリアクションを鮮明に覚えているのだ。
「うーん・・・。まあとにかく人間じゃなかったということは知れたから良いわ。どうも浮世離れしてるわけよね」
ユイズはパオゴローの表情を見て深く尋ねることは諦めた。それに彼がどこか面倒そうな雰囲気も醸し出していることを察してこれ以上深追いすることを止めたのだ。
しかし会話を止めることで再び彼女の心には恐怖心が湧いてきてしまう。
「で、僕と話したことで少しは気は紛れましたか?」
「・・・全然。やっぱりこの森、どうも気味が悪いのよ・・・。何でアンタ達は何ともないのよ・・・」
しかめっ面をしながら重い足取りで進むユイズ。その一方で爽やかな顔をして前へ前へと行くパオゴローとギム。草を踏みしめるその足も軽やかだ。
「どうしたんでしょうね?本当に僕とギムは何ともないどころか元気ですよ」
「ガウガウガ・・・?」
さすがに心配になったのかパオゴローとギムは振り返り、後ろにいたユイズの様子を伺う。すると彼女の顔色は真っ青で見るからに体調が悪そうになってしまっていた。
「さすがに一旦休みますか。もし魔物が出てきても僕が何とかします。初めて会った荒野の時みたいに熱があるですか?」
不思議とここまで魔物が全く出現しないこの森。パオゴローはそれならばということで一度近くの切り株に腰を下ろすと、ギムに背負わせていた大きな袋の中から水筒を取り出してユイズへと渡そうとする。
しかし彼女は金髪の前髪からチラリと見える額に大粒の汗を流し、首を振って受け取りを拒否してしまった。
「水も飲みたくない・・・。体調が悪いってわけじゃないんだけど何これ・・・」
「うーん。これは困りましたね。せっかく自然が多いんだから深呼吸したらどうですか?気持ちが良くなるかもしれませんよ」
様子を見かねたのかパオゴローはこうアドバイスを送るものの、彼女はそばに寄ってきたギムの体を撫でながらこう返答する。
「逆に聞くけど、どうしてそんなに動じないのよそっちは・・・」
「グルッ。グルゥゥク」
「ギムさんは『ここは空気が綺麗で美味しい。オレ様にお似合いの場所だ・・・』ってご満悦ですよ」
「もっと危機感を持ちなさいよ、アンタらは・・・」
ぐったりとしながらも呆れた声を出すユイズだが、それがどこか気休めにはなったのか少し表情は柔らかくなった。
しかし。そんな時に背後から大きな声が聞こえる。
『い、いました!ドヌ王国への侵入者です!』
パオゴローが振り返ると、そこにいたのは一つ目の巨大な魔物。そして隣にはやせ細った白髪交じりのの、初老の男性の姿も見える。
「こんな時になって来ましたか。ここまで魔物には出会わなかったのに」
「お前ラ、誰ダ?何をしにここに来タ?」
一つ目の魔物がパオゴロー達の方を睨みながらこう言うと、初老の男性はギョッとしたような表情をして大きな声で騒ぎだした。
「こ、この女の子は魔法使いだ!」
「何ィ?そしたら早く捕まえロ!ガオノスケ国王陛下が喜ぶゾ!」
「なるほど。ここを支配している魔物はそんな名前をしているんですね」
しかしもうパオゴローは動き始めていた。彼は地面を蹴り上げて高くジャンプすると腰に差してある剣を抜き、一つ目の魔物に向かって斬りかかった。
「この国とユイズさんの体調についてはここにいるおじさんに聞くです。お前はここで死ぬです」
「ッ!・・・がハ・・・」
勇者の手によって剣が一閃されると、その魔物は大きな音を立てて地面に横たわる。
レヤ王国の際と同様に魔物の体に目立った外傷は無い。しかしもう呼吸はしておらず生きていないことは確かだ。パオゴローはこの魔物の中にあった魂だけを斬り、その命を奪ったのである。
「こういう見た目の魔物はサイクロプスって種類だとズイファ国王さんが言ってた気がするですね。でも個人名は知らないです。聞く必要が無いですから」
彼は相変わらずの様子で、魂が抜けて空っぽになったサイクロプスの肉体を見下ろしながら呟く。そしてすぐにユイズ達の方へと顔を向けると、パオゴローの動きを見て腰を抜かした男性のことを、ぐったりとしている彼女のことを守ろうとギムが翼を広げて威嚇していた。
「こ、こっちまで殺すのはやめてください!」
腰を抜かした状態で叫ぶ初老の男性にパオゴローはゆっくりと近づき、こう声をかける。
「分かってますよ。僕は君達に聞きたいことが山ほどあります。安全そうな場所を教えてください、僕は勇者のパオゴローです。しかも前世は天才ゾウです」