第8話
真っ青な空が広がっている草原。
「勇者パオゴロー。わたくしです。女神ですわ」
「何ですか。せっかく気持ちよく寝てるところに。・・・あ。ポンコツ女神さんじゃないですか。何か用ですか?」
「そ、そんな言い方しなくても・・・」
「勝手に寝てる間の深層心理下に出てくるなって前に怒ったはずです。邪魔です」
この場所は前世がゾウの勇者であるパオゴローの深層心理下の世界。そしてそこでは彼と、パオゴローを転生させた張本人である女神とが話をしている。
「で、何の用ですか?」
「ごほんっ。まずは其方に感謝と賛辞を。レヤ王国の魔物を倒していただき誠にありがとうございました。よくやりましたわね」
「はいこちらこそありがとうです。さっさと帰ってください」
「ひ、酷いです!その、今回は少し大事な話をしに来たのですから」
見るからに面倒そうな顔をしているパオゴローからぞんざいな扱いを受けている女神だが、彼女はめげずにこう続けた。
「今回其方の前に現れたのは他でもありません。魔王と魔物についてお話に来たのですから」
「魔王と魔物について・・・ですか?」
「はい、そうです。其方はこれまで魔物と戦ってきましたが、その際には転生して間もなくの其方が抱きかかえていた剣で倒していきましよね?」
「そうですけど・・・」
パオゴローがこう答えると女神は「それもそのはず、あれはわたくしが作ったものですから」と自慢げに胸を張る。
「魔王が生み出した魔物ですが、あれらを通常の武器で倒すのには非常に骨が折れます。そこでわたくしが作り出して渡したのがあの剣!初代勇者も同じタイプの剣を所持していましたが、あれを使えば強靭な肉体を持つ魔物の魂を斬ることができ、簡単に命を奪うことができるのですわ!どうですか!凄いでしょう!」
「あ、ごめんなさい。よく聞いてなかったです」
「ひ、酷い!」
気づけばパオゴローは草原の上に仰向けなっており、目を瞑って心地の良い風を感じていた。もちろんそんな状態の彼は女神の言っている内容を話半分で聞いている。
「で、何ですか?今回の本題は。もったいぶらずにさっさと話すです」
「たまにはわたくしのことを褒めても良いじゃないですか・・・、ぐすん」
パオゴローから冷たい反応をされ半べそ状態になっている女神だが、「・・・分かりましたよ。話しますよ、それで早くここからいなくなれば満足なんでしょう?」と呟いてようやく本題に突入した。
「魔王は元々、わたくしと同じように天界にて転生を司っていた男神でしたわ。しかしある時のこと。彼は突如として天界を裏切り、天界だけでなく地獄にも彷徨っていた多くの魂を引き連れて其方が今いる世界を侵攻しました」
「そうですか。それは大変でしたね」
「・・・まあ良いでしょう。そして魔物というのは、あの強靭で耐久力の高い肉体に、天界から持ってきたというその魂が入れられているのです」
女神がこう言うと、パオゴローは仰向けの状態のまま、静かな口調で尋ねる。
「じゃあ魔物達の中に入っているのは死んだ人達の魂ってことですか。生まれ変わりってやつですね」
「そんな生易しいものではありません。魔物は其方のように『自分の前世が何者なのか』という記憶は持っていない個体が大多数を占めていますわ。かと言って自由な思考能力を持ち合わせているわけでもない」
そして女神は評する。
「魔物の行動の原理原則は『全てが魔王のため』というもの。つまり魔物の正体というのは、魔王の言うことを聞くだけの人形と言えます。死者の魂というのはあくまでも人形を動かすためだけのエネルギー源。死後の魂を道具として扱っているわけですわ」
彼女がこう言い終わると、そこまで晴天だった草原の空には徐々に雲が広がっていく。
「どうして魔王はそんなことをするですか?僕には理解できないです」
「そこがわたくしも分からないのです。魔王に堕ちたその男神ですが本来は心優しき神でした。しかし彼は天界を裏切る直前、様々な世界線の人間に強い憎しみを抱いてたそうです。あくまでも他の神から聞いた話に過ぎませんが」
雲はすでに太陽を隠しており、少し肌寒さを感じるようになった草原には強い突風が吹いた。そしてパオゴローは仰向けから、ゆっくりとその場にあぐらをかく体勢へと変えた。
彼は地面を見つめて考え事をする。そしてしばしの時間が経過した後、俯きながら口を開いた。
「人間のことは僕も好きではありません。でもこの世界にいる何も悪くない人を殺したり支配したりするのはダメなことです」
パオゴローは神妙な面持ちで「前世が天才ゾウなので僕はそれくらい分かります」と続ける。
「あくまでもわたくしの意見ですが、魔王は自身が抱く正義が暴走している状態かと思います。・・・わたくしは前世がゾウの其方がどうして勇者として転生したのかまだ理解できませんが、どうか彼のことを止めて欲しいとも願っています」
その言葉を聞いてパオゴローは顔を上げて女神の方を向く。しかしその表情はかなりの不満が溜まっているようなものであった。
「いやいや。そもそも僕を勇者に転生させたのはそっちなのにどうして他人事ですか?」
「そ、それは其方の魂がずっとわたくしのそばにいたから!う、運命だとばかり・・・。それに其方の魂がゾウだったというのは本当に・・・」
そして女神は「天界にいある魂の属性が分かるのは魔王に堕ちた男神の専売特許でしたので。そもそもわたくしはどのような魂なのか分からないのです」と肩を落とす。
するとパオゴローはため息をついて女神の方をじっと見る。
「全く本当に仕方ないですね。あ、ひとつだけ聞きたいことがあるです。ドラゴンのギムって子が仲間になったんですが、その子は魔物になっても人間を殺せなかったそうです。どうしてですか?」
「・・・あの魔物のことですね。原因は分かりませんが、稀に魔物の生成を失敗することがあるのかなと。そうすると先ほど話した行動の原理原則に逆らう、もしくは妄信的ではない魔物が誕生するかと思います」
しかし、「あのドラゴンは例外。似たような魔物と出会えることはもう期待しない方が良いかと。かなり珍しいケースなので」とも女神は釘をさす。
「分かりました。で、他に何か要件はありますか?」
「利用されている魔物の魂は、倒せば天界へと一旦送られます。其方が救っているのはこの世界の人間だけでなく、その魂達も同様だということを覚えておいてください」
この言葉が終わると、女神はパオゴローの前から姿を消した。
◇
「うーん・・・」
「あ、パオゴロー起きた?アンタって結構爆睡するのね。ギムの上ってこれだけ揺れてるのに座った体勢でよく眠れるわ」
彼が目を覚ますとそこは空の上。赤いドラゴンのギムの背中に乗り、座ったまま寝ていたのだ。
「ちゃんと頭は起きてる?そろそろ見えてきたけどあれが次の王国でしょ?」
そしてこう声をかけてくるのは魔法使いの少女であるユイズ。彼女は後ろからパオゴローの両肩を掴んでゆすっている。
「まだ頭がぼーっとしますが・・・。ん?あ、確かにあれですね。ズイファ国王さんからもらった地図にも森だらけの国って書いてあります」
こうして彼は魔物に支配された人々を守るため、次の目的地となるドヌ王国の大地へと近づいていった。