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第7話 

レヤ王国の都市部の中央。


ここでは大きな広場に魔物によって命を落とした国王、つまりミワレの父親の銅像を設置しようと作業が行われている途中であるが、そこには勇者・パオゴローと魔法使い・ユイズが立っていた。


「・・・何でこんな夜中にすんのよ」


「だってこの国の人達は魔法使いのことを恨んでいるんでしょう?昼間にやったら面倒です」


今は深夜。国中はしんと静まり返っており、日中はレヤ王国復興の中心にもなっているこの広場には2人以外には誰もいない。


そしてユイズの方は初めてパオゴローと出会った時と同じように青色のローブを身にまとい、さらに彼から手渡された紙を見ながらこう話す。


「で、この呪文を唱えれば良いわけ?」


「はいそうです。そこに書いてあるのを唱えれば、国中に打ち込んだ杭の中にある魔力が反応して結界が張れるはずです。これで結界が展開されなかったら隣国のバン王国に戻って国王さんをぶん殴ります」


「アンタって口調に似合わず結構暴力的よね?」


パオゴローの言葉を聞いたユイズが半ば呆れながら、彼に指摘する。


「じゃあそろそろお願いします。ズイファ国王さんの言う通りだったらこれでこの国に結界が張れます」


そしてユイズは「分かったわよ。死刑とかにならなかった分、出来る限りのことはするから」と話してパオゴローから手渡された紙に目を通した。





勇者であるパオゴローの隣にいるユイズという少女は、初代勇者の仲間である魔法使いがここに張った結界を解除し、国に魔物を侵入させた魔法使い一族の生き残り。彼女自身は当時まだ幼かったためにその事件そのものには関与していないのではあるが、この先の処遇について色々と検討される立場ではある。


それにずっと息を潜めて生きてきた彼女も厳しい状況だと理解していた。亡くなった両親から自分達の一族のせいで魔物が再支配にやって来たと言われ続けてきたユイズは、崩壊したレヤ王国王家の一員であるミワレと対峙した時、「自分を極刑に処してくれ」と口にしたほど。


しかし現在、この国王代理を務めているミワレはユイズに対して情けをかけた。


そもそも魔法使い達が結界を解除して魔物を国に入れようとしたのは、一般国民による魔法使いへの偏見や迫害があったから。そのせいで魔法使いの一族は人間ではなく魔物と関係を築けないかと危険な賭けに出た結果、失敗したのだ。


この過去を分かっていたミワレは半ば自暴自棄になっていたユイズに向かってある提案をした。


それは魔法使いを探していたパオゴローに協力して国に新たな結界を張ること。


ミワレも王家として、国家が魔法使いへの迫害を止められなかったとこについて責任を感じていたのだ。そしてユイズは丸二日間にわたって自身の静養を兼ねて熟考し、この提案を飲むことに決めた。


これが双方にとって現状行える最大限の罪滅ぼしになると、ユイズも気づいたからである。





ユイズはふとここに至るまでのことを思い出していたのだが、我に返ってパオゴローから手渡された紙を見直す。


そこにあるのはパオゴローでは読めない文字列。こういうこともあって彼ではこの結界を展開できないのであるが・・・。


「それ読めますか?僕には何て書いてあるかさっぱりです」


パオゴローから声をかけられたユイズは顔を上げて、少し黙った後にこう口を開いた。


「め、めちゃくちゃ簡単な呪文じゃないのこれ」


実のところユイズは本当に自分が結界を張れるのかどうか自信が無かった。これだけの魔力が込められた杭を作り、それを大量生産したバン王国の国王ズイファが記した結界発動魔法など、どれだけ難しいものなのかとびくびくしていたのだ。


そもそも魔物をはじくことができる結界の魔法構造を考えること自体が指南の技。事実、これまで少ないとは言えそれなりにいた魔法使い達の中でもそれができたのはただひとり。初代勇者の仲間である魔法使いのみだ。


だからユイズは、ミワレから結界の展開を了承したとは言え、ズイファが記したという魔法の呪文がどれだけ難解なものなのか不安であった。


しかし・・・。


「あれ?それってそんなに簡単ですか?僕は全然読めないですけど」


「まあ魔法の基礎を知ってなきゃそりゃ読めないでしょうけど、裏を返せばそれさえ知っていれば楽に唱えられるものよ」


(本当に凄い魔法使いっていうのはこんな風に、よりシンプルで簡単な呪文に強力な魔法を落とし込むのね。勉強にはなるわ)


ユイズが関心してその呪文を表す文字列を眺めているとしびれをきたしたパオゴローが「そろそろお願いします。さっさと結界を展開してください」と急かしてきた。


「あ、ごめんごめん。じゃあ唱えるわよ」


そしてユイズは静かな風によってその金色の髪がなびく中、紙を手に持ったまま小声で何かを呟き始めた。


パオゴローにはそれがどのような言語であり、どのような内容なのかすら分からない。しかし彼の目の前では真っ暗な夜空に、虹色のベールのようなものが広がっている。


「これが・・・結界ですか・・・」


結界を展開させる杭を作ったズイファは、パオゴローに対して「これは微弱なものだから」とは話していた。それでも無いよりはもちろんマシだ。


そうこうしているうちに虹色のベールは国の全土を包み込み、そしてじきに鮮やかな色は引いていき、結界を張る前と変わらないような景色となった。


「・・・これで終わったわ。結界は張れた。でも効力はどれくらいかは知らないわよ、強い魔物が来たらすぐに壊されるかもしれないし」


呪文を唱え終わり月に照らされながら立っているユイズはこう話す。


「全然大丈夫です。無いよりは良いので」


「・・・。じゃあギムのところに行くわよ。まだ魔法使いのことを恨んでいる一般人に見つかったら面倒なんでしょ?」


彼女は、なおも夜空を見上げているパオゴローの方を振り返る。


「そうですね。ミワレさんも海の方にいるのでさっさと行きましょうか」





そろそろ朝日が顔を覗かせようとしている頃。パオゴローとユイズはこのレヤ王国にある小さな港に来ていた。


すると彼らの前にいるのは国王代理を務めているミワレ。さらに彼女の周りには諸々の事情を知っている侍従も少々。そしてミワレは潮風によって黒い髪が少し乱れたところを手で直すと、自分の隣にある巨大な包みを触りながらこう話す。


「お待ちしておりました、パオゴロー様、ユイズ様。道中にて必要な食料や飲み物、それと着替えなどは全てこのように準備しています」


「ありがとうございます。これで次の国へと行けます」


「・・・本当に船を使わなくても良いのですか?我が国の職人達であれば質の良いものを用意できたのですが」


不安気に言葉を紡ぐミワレだが、その姿を見たパオゴローはあっさりとした表情で返答する。


「はい大丈夫です。それに完成するまでまだあともう少しかかるんでしょう?待つ時間がもったいないです。せっかく空を飛べるドラゴンを手に入れたのに使わないのはダメです」


「アンタねえ・・・。ギムのことを何だと思ってんのよ。これから一緒に旅をするってんだから」


そう。魔法使いのユイズとドラゴンのギムはパオゴローの仲間となったのだ。


これはパオゴローに協力して結界を張る手助けをすることを了承したユイズの方から提案したこと。


ユイズ本人もそうであるが、両親に先立たれて荒野を放浪していた子供の頃の彼女を保護し、ここまで共に生きてきた赤いドラゴンのギムも魔物である以上はレヤ王国に居続けるのは危険。


人間に危害を加える気は無いとしても、この国における最後の魔物ともなれば国民達は躍起になって殺しにかかってくる。いかに耐久力の高いギムであっても大勢の大人から襲われたらひとたまりもないはずだ。


魔物の中でも落ちこぼれだったギムはたったの一度でも人間を殺したことが無い。そもそもギムがレヤ王国の僻地である荒野に飛ばされたのも、監禁した人間の殺害を命令されたものの、それを頑なに拒んだからだという。


ユイズにとってギムは恩人と言える存在。先の話を聞いていた彼女はギムを見捨てることはできなかった。


長年劣悪な環境にいたことの蓄積もあり、体調を崩して気を失っていたギムが目を覚ましてから、パオゴローは色々と過去のことも含めて会話を重ねる。そしてギム本人(本竜?)も、魔王サイドからは離れてユイズと共にパオゴローの仲間になりたいと望んでいることを確認したパオゴローは、ユイズからの提案を飲むことにした。


元々、ズイファから『どこかで仲間を見つけなさい』と言われていた彼は、これがちょうど良い機会だと思ったからだ。


ユイズが結界を張る数時間前、ギムはミワレと共に移動していた。魔物が範囲内にいる状態で結界を展開させると何が起きるか分からないので、それに先立って打ち込んだ杭の位置から計算をして、影響を受けない海の上へと避難していたのだ。


「あちらにギム様はいらっしゃいます。パオゴロー様とユイズ様の言う通り、襲われたりはしませんでした。大人しく展開されていく結界を見つめていましたから」


彼女が指さす方向には浅瀬にプカプカと浮かびながらこちらのことをじっと見つめるギムがいた。


「ギムさん、海できちんと浮かべて良かったですね。これで沈んでたらどうしようかと思いました」


「本当よ。洒落にならないどころの騒ぎじゃないわよ」


このように話しながら国を出る準備を進める2人。ユイズは少し離れたところから呪文を唱えると、ギムの体はみるみる大きくなり、荷物を置いてパオゴローとユイズがその背中に乗っても余裕があるほどにまでなった。


そしてそんな彼らに対してミワレは優しく微笑み、そしてその瞳には大粒の涙を溜めて、パオゴロー達にこう言葉をかけた。


「パオゴロー様。この国を支配していた魔物を倒し、解放していただき本当にありがとうございました。ユイズ様。魔法使いの方々への迫害を止めることができなかったのは王家の責任でもあります。お許しください。ギム様。長い時間空を飛ぶのは大変でしょうが頑張ってください」


「・・・アタシの方こそ、こちらの一族のせいでこんなことになってごめんなさい。何の罪滅ぼしにもならないでしょうけど、亡くなった国王や国王妃のお墓には手を合わせた。・・・あっちはアタシのことを恨んでいるだろうけど」


ユイズはミワレの顔を見ることができない。彼女がパオゴローに協力するかどうか悩んでいた期間、体調が回復するまでミワレが献身的に世話をしてくれていたのだ。


互いに最低限の会話以外の言葉を交わすことは無かったものの、状況が状況とは言え一国の王家の人間が自身のために動いていることの意味の大きさをユイズはきちんと理解していた。


「さあ行きましょう。こんなところを国民達に見られたら大変です」


一方でパオゴローはこう言いながら海に入り、ミワレの隣にあった大きな包みをギムの背中に縛り付ける。結界にギムが触れてしまうとどうなるのかは分からないので細心の注意を払いながら。


そして濡れながらも荷物を背負わせ、自身もそこに乗ったパオゴローに続き、ユイズも腰辺りまで海に浸かりながら進んでギムの上によじ登った。


「お2人とも、本当にありがとうございました。そしてこの先のご武運をお祈り申し上げます」


ミワレのこの言葉を合図にギムはその大きな翼を広げると宙に浮き、そして段々とオレンジ色に染まっていく空へと飛び出って行った。





「ギムさん、次に行く国の方向は分かりますか?昨日言ってたこの方角です。そこまで大きくない島国です」


「ガウッ」


「さて、頬杖をついて海の向こうを見つめているユイズさん。君に頼まれてた伝言、ミワレさんに伝えておいたです」


「・・・ありがとう。手間かけたわね」


「まったくです。他人を介さないと『魔王を倒して帰ってきたら、身分は違えどもう一度会いたい』っていう大事なことも言えないですか。つくづく人間は面倒ですね」


「うるさいわね」


こう話す2人を乗せたギムは大きな翼をはためかせ、空を飛んでいく。



魔物に支配されていない王国:2ヵ国(バン王国・レヤ王国)

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