第3話
「おイ、お前は何者ダ」
「通りすがりの前世が天才ゾウの者です。こちらの王国に用があって来ました。通してください」
「そうかそれなラ・・・、って通すカ!何だお前ハ!そもそも前世がゾウってどういう意味ダ!班長!班長!」
「どうした騒がしイ。ん?何だその人間の男ハ」
前世がゾウの勇者であるパオゴローは、自身が育ったバン王国と隣国との国境へと赴いていた。
隣国の名前はレヤ王国。ここは初代勇者の仲間である魔法使いが展開した結界のお陰で魔物の手からは逃れられているバン王国とは異なり、魔王の手下がその土地の国王として名乗り支配しているという。
旅の出発前にパオゴローが聞かされてたことだが、バン王国からレヤ王国などの他国へと入国しようとする者など当然のごとくいないものの、その逆は存在する。つまり魔物から逃れるためにバン王国への脱出しようと試みる者は少なからず現れるのだ。
そのような人間達がいるのと結界があることによってバン王国側の国境警備は手薄。一応存在している警備兵というのは結界の範囲外に出た瞬間に魔物から襲われる可能性があるので、バン王国を目指してきた逃亡者を保護することが主目的のようになっている。
しかしレヤ王国側の事情は異なる。隣国に逃げようとしている人間を見つけたら即身柄拘束できるように魔物による国境警備隊を設置して強固な監視体制を敷いているのだ。
そして現在のパオゴローに戻る。
彼はバン王国の国王であるズイファが特別に用意してくれた身分証の紙を、たどたどしい言葉を話す国境警備隊の魔物達―その姿は小ぶりな二足歩行であるものの、肉体は緑色に染まっている―の中心にて見せる。
「僕はバン王国の田舎に住んでいた農家です。もうバン王国には住みたくないです、あそこは酷い国です。こちらに移住して魔王さんに捧げる美味しい作物を作りたいです。そちらが決めたルールにもちゃんと従います」
パオゴローは育ての親でもあるズイファから旅に出る前にこう助言をされていた。
『バン王国以外の国でも魔物による圧政の下で人間達は生活をしておる。そして人々が育てて収穫した農作物を、王国を支配している魔物どもはさらに魔王へと上納するのじゃが、どうもその数や質を国家間で競い合っているらしい』
『魔王や魔物は野菜が好きですか?』
『基本的にはそのような話じゃ。だからまず隣国に入国する際には、バン王国から逃げてきた農家を装う。魔王の好物を作れる人間には簡単に手出しできない。何故だか魔物どもは生産活動というものが苦手らしいからのう』
事実ズイファから渡されたボロボロの身分証にも職業は“農家”と書かれており、これによって入国を試みようというのだ。
「バン王国かラ?そっちには結界が張ってあってオレ達魔物の支配も受けないだろウ。なのにわざわざ逃げてきたのカ?」
「はい。そうです。このままあの国にいたって未来は暗いです。それだったら魔物さんの言うことを聞いた方がマシです」
「・・・どうしまス?班長?」
「うーン・・・」
身分証をまじまじと見つめている国境警備隊の魔物達だが、そこのリーダー格であろう班長と呼ばれている魔物は腕組みをしてしばし考え事をした後に、渋々ながらもパオゴローのことを通すことに決めた。
「まア、こちらの言うことを聞くというのであれば良いだろウ。どうせ人間はオレ達に勝てなイ。通レ。この先の村に農家の人間とそれを管理している施設があル。そこで諸々話をしロ」
「はい分かりました。ありがとうございます」
許可を得たパオゴローは丁寧にお辞儀をして、遂にレヤ王国へと足を踏み入れた。
(国王さんの言う通り、これだったら簡単に入国できますね。思ったよりもチョロいもんです)
そして彼は心の中でこう呟きながらさらに先に進もうとしたのだが・・・。
「おイ、ちょっと待テ。その大きな袋の中身と腰にある剣は何ダ?この王国では人間は武器を持つことを禁止しているゾ」
しかし班長と呼ばれていた魔物がこう尋ねるとパオゴローは足止めて立ち尽くす。
「おい、どうしタ。入国したいのであればさっさとそれを棄てロ。・・・もしかして別の用途にでも使うのカ?」
しかしそこは勇者・パオゴロー。そもそも彼の前世は天才ゾウだったうえに、こちらに転生してからも抜群の学力を見せ、周囲を驚愕させていた。
つまりこのような質問をされることも実は想定していたのだ。そして彼は胸を張り魔物に向かってこう答えた。
「はい、班長さん。袋に入っているのは農作業に使う杭です。それと腰にあるのはナタです。まるで剣のように見えますが実は特注品なんです」
パオゴローがそう答えると同時に、警備隊の魔物は不気味な音を立てながら筋肉を肥大させていくと、じきにそれらは隆々となり威圧感を与えるような姿となった。そして1人のそんな変化につられるように他の魔物も同じように肉体を変化させた。
「そんなわけないだろうガ・・・。それだけ魔力が込められてるのニ・・・。どんな目的でレヤ王国に入国するつもりだお前ハ・・・。バン王国からわざわザ!」
周囲から班長と呼ばれていた魔物はパオゴローに向かって凄みながらこう尋ねるが、もう嘘をついても意味が無いと観念した勇者はあっさりとした口調でこう答える。
「ありゃ。バレたら仕方ないですね。僕はそちらの王国を支配している魔物のリーダーに用事です。さっさとしばいてきます」
「・・・ハ?・・・ハーハッハッハ!そうかそうカ!だから剣を携えていたというわけなのだナ!」
「あ、もしかして似合ってますか?これは国王さんが大切に保存してた貴重な物です。褒められると照れるです」
パオゴローは頬を染めて頭をかくが、しかしその様子を見た魔物はさらに怒りの表情を見せ、彼の方へと向かって行く。
「褒めてなイ!・・・この人間め、覚悟しロ!何者だか知らないがここで殺してやル!国境警備第9班!班長命令ダ!全員でかかレ!」
「しょうがないですね。さっさと終わらせますか」
やれやれといった感じでそう言葉を発したパオゴローは、一斉にこちらに向かってくる魔物達に対して腰にあった剣を抜いて振り上げ、そして一気に振り下ろす。
するとそれらはうめき声を上げる間もなく一瞬にしてその場に倒れこんでしまった。もう動かなくなった魔物達の目からは光が消え、呼吸はしていない。
この空間を包むのはただ静寂のみ。そんな中で足元に転がる大量の屍を見ながらパオゴローは、表情ひとつ変えずいつものように淡々としてこう口を開く。
「これが噂に聞いていたゴブリンって魔物ですか、弱かったですね。それにしても国王さんが初代勇者の活躍を思い出して言っていた通りです。この剣で斬れば魔物はすぐ動けなくなりますね」
そして彼は「さて、それじゃあここを解放しますか。時間がかかると面倒です」と続けると剣を腰に戻し、このレヤ王国を支配している魔物がいる場所へと足を進めた。
◇
「あ、あんた。本当にバン王国から来たのか・・・?」
パオゴローが国境警備隊を務めていたゴブリン達を破ってからしばらくして。丘を越え山を越え、その道中でも何体かの魔物に手をかけた彼は、数日もかけてようやく人間が多く暮らしている村へとたどり着いた。
そしてここは畑仕事をしているという人間達の休憩所。と言ってもそれは名ばかりであって、立地は地下にあるということもあり環境は劣悪だ。現にパオゴローの目の前にいる、先ほどまで気を失っていたこの男性は、ボロボロの布切れのようなものを着させられているしその手や足は酷くやせ細っている。
「はいそうです。名前はパオゴローと申します。前世はゾウです」
「ゾ、ゾウ?・・・確か昔、全滅したっていうあの?」
「やっぱりこの世界にゾウはいないですか。つまらない世界ですね」
「す、すみません・・・」
痩せた男性は頭を下げて謝るが、それでもパオゴローのことをまだ半信半疑で見つめている。
「どうしました?ここから出て良いです。もう大丈夫です」
すると男性はガタガタと震えだし、怯えたような様子で頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。
「う、嘘をつくな!訳の分からないことを言ってどうせまた騙すつもりだろう!お前達魔物はいつもそうだ!そうやって油断させておいて、娯楽として暴力を振るうんだ!今朝だってそうだった・・・!」
大粒の涙をこぼし、時に言葉を詰まらせながらもこう言葉を紡いだ男性。パオゴローもこの時、彼の腕などには殴られた後にできるような痣や傷が残されていることに気づいた。
そしてどうして今まで気を失っていたのかもパオゴローは理解した。
恐らくこの辺りの畑を管理していた魔物から暴力を振るわれてここまで気を失っていたのだろう。そうすればここまで怖がるのも無理はない。
「う、うう・・・」
しかし。パオゴローは同情心を抱えつつも男性に対して声をかける。
「・・・。いつまでもそんな風にするですか?みんなはもうここを出てますよ」
パオゴローが発したこの言葉に彼は反応し、薄暗い周囲を見渡す。
「そ、そうだ。み、みんなは!他の人はどうした!まさかお前!殺して地中に埋めたんじゃないだろうな!」
しゃがみ込みながらも大声を上げる男性。
「ど、どうなんだよ!」
「だからみんなは無事です。ここを管理していた魔物は全部、僕が倒しておきました。だからここにいた人間達は解放しました」
「・・・は?」
男性が予想だにしなかった単語の羅列がパオゴローの口から発せられる。彼はその内容を瞬時に理解することはできず、頭の中でしばし反芻したのだが、やはり簡単に受け入れるなどできない様子だ。
「バ、バカにするなよ!どうせお前は魔物の仲間だろう!だって、だって・・・。自由になれるはずがないだろう・・・」
「耳をすませてみてください。地上からみんなの声が聞こえます」
男性はいまだ僅かに震えたまま、恐る恐る耳を傾ける。すると彼の耳には何やらざわついた声が届いた。
「この周辺にはもう魔物はいません。だから安心してさっさとここから出るです。ここはもう空気が悪くて仕方ないです」
こう言ってパオゴローは、地上へと繋がっている梯子に足をかけ、この名ばかりの休憩所から出ようとする。
「お、おい!ちょっと待ってくれ!お前はどこに行くんだ!」
「この国の王様だと勝手に名乗っている魔物をしばいてくるです。人間のことは別に好きじゃないですけど酷いことされたのは可哀想です」
男性はその言葉を聞いて呆然としたままだが、パオゴローはそんなことなどお構いなしに梯子を使って地上へと昇っていった。