第25話
フィル王国の宮殿前ステージ上にギムが現れるより数時間前。
パオゴローとユイズが街を歩いて様子を探っている間、当のギムはまだ眠りについていた。
ガジジスとピヤンサムがいる屋敷のベッドでぐっすりと眠りにつくギムだが・・・。
「ガ・・・ガウガウ・・・」
彼はある夢を見ていた。
◇
「あ、あのう。わたくしは女神ですが・・・。そ、其方はギムですよね?」
まるでそこはホテルの最上階にあるようなバー。そしてイスに腰掛けて全面の大きな窓から夜景を眺めているのは、赤いドラゴンのギムだ。彼はサングラスのようなものをかけ、器用にワイングラスを手に持っている。
「ああ。そうだぜ。お嬢さんは・・・誰だい?」
サングラスを少しずらし、ギムは女神の方を見る。
「あ、あの女神と言いまして・・・」
「おっとすまない。さっきそう言ったね。そうか女神か・・・。もしかしてパオゴローとユイズから『ポンコツ女神』って言われている子かい?」
そしてギムは自身の隣のイスを引き、女神をそこに座るように促す。
「は、はい、恐らくそうです・・・。って、それにしても酷いですわよね!わたくしのことをポンコツ呼ばわりすだなんて!」
こう言いながら素直にそこに座った女神を見て、ギムは笑みを浮かべる。
「まあまあ。あの2人はまだ子供なんだ。許してやってくれだぜ」
ギムは笑いながらグラスを口元にまで運び、そこに入っている酒の味や香りを楽しむ。
「あの、ここってその・・・」
「こういう場所に来るのは初めてかい?せっかくだ!マスター!彼女に飲みやすい酒を用意してくれ!」
後ろを振り返り、両手を器用に叩いて誰かに声をかけるギムだが、「そ、そうではなくて!」と女神は慌ててイスから立ち上がる。
「こ、ここはギムの深層心理下の世界なのです!」
「分かってるよお嬢さん。そう言えばユイズもパオゴローも言ってたな、夢に出てきたって。ということはさしずめ、オレ様もぐっすり寝ているところか」
ギムは窓から見える夜景を見つめ、渋い声で呟く。
「まったくこの世界はオレ様にぴったりだぜ。でもなんだか懐かしい気がする・・・。なあ女神さん、オレ様の前世ってのはこんな渋い男だったのかい?」
ギムはぐいと女神に顔を近づけるが、彼女の方はすごく申し訳なさそうな顔で口ごもりながらこう答えた。
「い、いや。あの・・・。天界の他の神とも協力して其方の前世を入念に調べたのですが、その・・・。そちらの前世は犬でして・・・」
「・・・犬?」
「はい・・・しかも立派な毛並みを持ち合わせていた秋田犬でして・・・」
「そうか、秋田犬・・・。え!?秋田犬!?」
ギムがこう反応すると、世界は雪だらけの場所へと一変した。
◇
そうだ、思い出した。オレ様の前世はごく普通の秋田犬だった。
飼い主は優しい中年の夫婦だった。オレ様はその2人から可愛がられながら育てられたんだ。
夫婦の間には子供がいなかった。だからかオレ様に目一杯の愛情を注いでくれた。
春の暖かい日は桜並木を散歩した。
夏の暑い日はセミがうるさい中で散歩した。
秋の気候が良い日は紅葉が綺麗なところで散歩した。
冬の寒い日は雪が凄く積もった時にも散歩した。
散歩の途中、近くの学校に通ってるガキ共と出会えばオレ様はよく遊んだ。あいつらはいつもオレ様の頭を怯えつつも優しく撫でてくれたな。
だけど10年ほど経って、オレ様は死んだ。
死の間際、夫婦は泣きながら親戚や近所の人を呼んでくれたんだ。
『楽しい日々をありがとうな。俺達はお前と出会えて幸せだったよ』
『お前はこれだけの人から愛されてたんだよ。ありがとうね、大好きだよ』
オレ様のことを育ててくれた人間、オレ様と遊んでくれた人間、オレ様のことを愛してくれた人間。
そいつらがみんな来てくれたんだ。
優しく温かく。オレ様のことを看取ってくれた。
だからオレ様は人間のことが嫌いになれなかった。魔物として、ドラゴンとして、ギムとして転生した後も罪の無い人間のことを殺すことはどうしてもできなかった。
初代勇者が敗れたことで魔物による再支配が始まり、家族を亡くし、住むところも失った人間達。
確かに前世の頃、散歩中のオレ様や飼い主に悪態をついてくるような、ろくでもない人間に会った経験はあった。だがこちらに怯え続ける人間を襲うほどオレ様は悪党ではない。むしろ無邪気に人間を殺し、道具として使役する他の魔物とは相容れなかったほどだ。
そんなある時、オレ様は『もう使えなくなった高齢の人間の夫婦を殺せ』という命令に背いた。それどころか周囲にいた同族であるはずの魔物に襲い掛かり、大きな騒ぎを起こしてしまった。
そして魔王はそれを許さなかった。
魔王はオレ様が殺せなかった人間のことを目の前で惨殺しやがった。それから罰を受けたオレ様は、いくつかの記憶と万人に通じる言葉を奪われ、レヤ王国へと送られたんだ。
だけどそこでユイズと出会った。数年後にパオゴローと出会った。
そしてオレ様は、魔王を裏切った。
◇
「思い出しましたか、ギム?」
ギムは生前の秋田犬の姿になっている。茶色の毛並みは美しく、堂々とした風格で。
「どうしてオレ様が人間を殺せなかったのか、どうしてユイズのことを助けたのか、どうしてパオゴローの仲間になったのか。その理由もようやく分かった」
そしてそんなギムは雪に覆われた地面に腰を下ろすと笑いながら話す。
「さっきのバーは飼い主のおっさんと一緒に見ていたドラマで出てた場所だ。そう言えば主人公のハードボイルドな男があんな感じで酒を飲んでいたな。大切な思い出のひとつだったんだ・・・」
「し、しかしギム。其方はここでこんなことをしている場合ではありませんわ。パオゴローとユイズがフィル王国の女王であるリチェピワに捕まってしまったのです。こ、このままだと・・・」
懐かしい過去を思い出し、それに浸り始めたギムに対し、女神が声をかける。
「そ、そうだ!この王国の女王はリチェピワだ!あの女はやべえ奴なんだよ!どうしようどうしよう!えらいこっちゃえらいこっちゃ!」
するとギムは秋田犬の姿から再びドラゴンの姿に瞬時に戻ると、頭を抱えながら雪の上で走り始めてしまった。そしてその様子を見た女神は必死になってギムのことをたしなめるのだが、それにつられたのか段々と彼女もやかましく騒ぎ始めてしまう。
「ど、どうしよう!ユイズもパオゴローもさすがに危ないぜ!どうしよう!どうしよう!」
「ど、どうしましょう!どうしましょう!彼らが死んでしまったらさすがにヤバいですわ!」
「って、女神は何しに来たんだよ!オレ様の前世についての話だけか!?」
2人揃って雪の上で大声を出していたところ、ギムの方が急ブレーキをかけて我に返り、女神に尋ねる。
「そ、そうだった!違いますわ!魔王を倒すために必要なことを伝えに来たのです!」
「必要なこと?」
女神も動きをストップさせて一旦息を整えると、ギムに本題があると話始めた。
「実は魔王の下へとたどり着くには・・・其方を含めた幹部の魔物、その3体を全員殺さなければいけません。だから其方はどこかでその命を落とす必要があるのです」
ギムの目をじっと見て女神は説明するが、彼はため息をついて答える。
「はあ・・・。ようやく色々と思い出したぜ。魔王の野郎、オレ様が持つ色んな記憶を封じ込めやがって」
こう話すギムは雪が落ちてくる空を見上げて「そうだ、オレ様は魔王から任命された幹部だったんだ・・・」と口を開いた。




