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第2話 

「パオゴロー。今からお前にはこの世界のことについておさらいをし、そろそろ今後のことについて話し合おうと思う」


ある動物園で飼育されていたゾウが前世である勇者・パオゴローは、バン王国のズイファ国王から育てられていた。そして人間年齢の9歳を迎えた頃、ズイファの部屋に呼ばれ、まだあどけなさが残る彼はこう切り出された。


「これまで何度も説明してきたが、本来この世界は5つの大きな王国によって成り立っており平和じゃった。しかし突如として出現した非常に極悪な魔王のせいで一変してしまったのじゃ」


ズイファが語る5つの王国というのは、クゥア王国・フィル王国・ドヌ王国・レヤ王国・バン王国。


さらに彼によれば、突然クゥア王国に出現した魔王は魔物という生命体を生み出すと、それらを用いて人間との争いを始めた。魔物達は一斉に他の王国へも攻め込み王家を攻撃して支配を始め、それを止めるために転生した初代勇者が現れたというのだが、魔王に敗れてしまったという。


初代勇者はこのバン王国ではなく隣国の出身。そして成長して旅に出る頃には故郷に住み着いている魔物を倒し、さらにその道中でバン王国を含む他の王国を解放できたのだが・・・。


しかし彼女が魔王に敗れてしまうと、解放されたはずの王国にはまた新たな魔物がやって来て再支配してしまったというのだ。


「まさに“いたちごっこ”の始まりじゃな」


「僕の前世はイタチじゃなくてゾウですけどね」


「むぅ・・・」


人間側も抵抗を続けているものの、勇者の敗北によってまともに機能している国家はバン王国のみとなってしまっている。それ以外の国は魔王からその土地の新国王として勝手に任命された魔物に手によって不当な統治をされ、人々は非常に苦しい生活を強いられているのだ。


魔物は狡猾であり、人間達を全滅させるということはせず、自分達が豊かに暮らすための労働力として強制的に使役している。さらに言えば人間の中にも魔物と手を組もうとしている層が一定以上存在し、それによって魔物統治下の国の人々は疑心暗鬼の状態であるともズイファは語る。


「でも国王さん。どうしてこの国は魔物に襲われないですか?もうここに来て9年経過しましたけどこの国は静かで平和です。国民達も大人しく暮らしてるです。そろそろ教えて欲しいです」


「うむ。実はここには初代勇者の仲間であった魔法使いによって展開されている強力な結界がある。そしてどうも魔物どもはこれを破壊することができずこの国には手出しできないのじゃよ。魔王もここを侵略するのはもう半ば諦めているらしくての」


パオゴローが育ったこのバン王国も魔物の毒牙にかかってしまった歴史がある。そしてそれは20年ほど前のこと。魔物に襲撃されて実際に不当な支配を受けたのだが、その際には初代勇者とその仲間が現れ、魔物を倒して結界を張ってくれたという。


それでも国内にはその頃の戦いの跡がまだ残されている。事実、パオゴローが暮らしている宮殿の内部にもたくさんの血痕があるのだが、話を聞いた彼はそれらがどういうものなのか理解できた。


ただ、パオゴローには疑問が残る。


「国王さん。その時の魔法使いはどうして他の王国には結界を張らなかったですか?魔物が破壊できないなら他の国も使えば良かったです」


「うーむ・・・それはワシもずっと気になっていたんじゃよ。パオゴロー、実はワシも魔法が使えての。ずっとこの結界についての調査や分析をしていたのじゃよ」


そしてズイファは真っ白な口髭を撫でながら「ついでに言うと、これからはワシの力を使ってお前の鍛錬をしていくつもりなのじゃが」とも言ってさらにこう続ける。


「考えられるとすればこれほどの結界を張るにはかなりの魔力が必要になるということ。もしかしたらこれは、使用できるのがたった一度きりの魔法だったのかも分からぬ。そしてそうだった場合、このバン王国がそれに選ばれたのは幸運だったのじゃが・・・」


俯いてしばし口を閉ざした後にズイファは語る。


「ワシらだけが魔物の手から逃れられているというのは・・・。他の王国、そしてそこに暮らす人々には大変申し訳ない話じゃ。しかしその一方、この運も活かさなければならぬ。幸い結界の中ということでじっくりとお前のことを鍛えられるからの」


世界で唯一、魔物が支配していない王国を治めているズイファ。彼は皺だらけの顔でパオゴローに優しい笑みを送った。


ちなみにだが、女神が授けられた常識や教養というのはこの世界でも確かに活用できている。しかし色々と話してみてもどうもゾウに当たる動物だけがこの世には存在しない。


「どうしてこの世界には色んな動物はいるのにゾウはいないですか?」


「そ、そんなこと・・・。一国の国王に過ぎないワシに言われても・・・。あ、でも。昔はクゥア王国のみに生息していたようじゃけど、ある日忽然と姿を消したという話は聞いたことがあるな」


そしてこれはパオゴローにとって一番の不満でもあった。





数年後。


異世界で新たな生を受けたパオゴローは17歳を迎えた。念のために記しておくが、前世がゾウのパオゴローと言ってもこれは人間年齢である。


彼はバン王国の国王であるズイファの下で育てられ、さらに戦闘のための訓練・修行も積んでいたのだが、とうとう魔王を倒す旅に出ることになったのだ。


「パオゴロー。今日でお前はこの城を出る。心配なことはないか?」


「大丈夫です。宮殿にいるみんなには昨日のうちに挨拶したです。さっさと魔王を倒すです」


気づけばパオゴローは体格の良い肉体を持つ逞しい姿へと成長した。本人は自覚が無いものの顔立ちも悪くなく宮殿内で働く異性からも人気があった。


もっともパオゴローは、散髪という行為も面倒だからと常に短く刈り上げられた頭をかきながら、「色恋沙汰は興味ありません」の一点張りであったが。


そして彼の言葉を聞いたズイファは、昔よりもさらに伸びた白い口髭を触りながら「ふぉっふぉっ」と優しく笑ってこう返す。


「お前は本当に頼りになるな。恐らくではあるが、魔物に支配されてしまった全ての王国を解放すればさすがに魔王が出てくるはずじゃ。それと解放できた王国にはワシが用意した例の杭を打ち込んでくれ。頼んだぞ」


宮殿の前で、剣を腰に携えているパオゴロー。これは彼がここに現れた際に自身で抱えていたもの。転生した際に女神から授けられ、それ以降はズイファが大切に保管していたのだが、当初はパオゴローの体よりも大きかったそれを片手で扱えるほどになっている。


ズイファはその姿を見て勇者の成長を改めて実感した。


「分かったです。あ、国王さん」


そして勇者然としたパオゴローは国王に向かって丁寧にお辞儀をした後、こう口にした。


「今までありがとうです。前世がゾウの僕をここまで大きくしてくれてずっと優しかった国王さんのことが大好きです。だから僕は知らない人間を守りたいってわけじゃないですが、言うことを聞いて魔王を倒しに行きます。さようなら」


さらに彼は「僕を転生させた、あのポンコツ女神と比べると色々説明してくれて助かったです」と続ける。するとズイファの方もそれを聞くと優し気な笑みを浮かべてこう答えた。


「ゾウという生き物はもうこの世界にはおらぬと思うが、こちらこそ今までありがとうの。・・・魔王を倒したら必ずワシのところへと戻ってくるんじゃぞ、その時はお前の大好物のリンゴをたらふく用意してやるからの」


出発直前のパオゴローの姿を見るズイファは目に涙を溜めながら手を振り、勇者となった彼を冒険の世界へと送り出した。こうしてパオゴローは堂々とした足取りで地面を踏みしめ、地図、食糧、そして杭のようなものが入った大きな袋を肩に担いで魔王を倒すための歩みを始めたのだが。


快晴の空の下、しばらくして彼は小さな声でこう呟いた。


「人間はつくづく面倒です。すぐに嘘をつくです。国王さん、もうすぐ病気で死にます。多分自分でも分かってるはずです。なのに最後まで僕には黙ってたです」


そう。


パオゴローをここまで育てた国王・ズイファは重い病に侵されていた。既に90歳手前という年齢のこともあり、様々な手は尽くされたのだが、ズイファ自身がもう自らの治療に貴重なリソースを割かないようにと側近や医者には指示を出していた。


しかしそれのことはパオゴローには黙っていた。魔王や魔物を倒すための旅を始めるというのに余計な心配はかけたくなかったのだ。そして宮殿中、いや国中でそのことを隠し通してきたつもりだったのだが。


「というかたくさんのお医者さんが来てたことぐらい簡単に分かります。いつもと違う匂いがするです。ゾウの長い鼻じゃなくてもそれぐらい分かるです、バレバレです」


そしてパオゴローはその場に立ち止まって振り返り、遠く離れた宮殿の方向を見つめながら「国民達もみんな暗い顔をしていました。それを見たら僕だって気づきます」と続ける。


「多分もう国王さんには会えないです。魔王を倒して戻って来ても死んでます」


すると涼しい風が優しく彼の頬をくすぐる。それはまるでズイファが幼い頃の自分のことを撫でてくれた時のように。同時にパオゴローは転生してからズイファと過ごした日々のことを思い出した。


厳しい訓練も多かったが、ズイファは勇者のことを有り余るほどの愛情を注いで育てたのだ。


「魔王を倒すという約束を破ることは大好きな国王さんに失礼です。国王さんの家族や友人が魔物に殺されたのも知ってます。たまに泣きながらお墓に手を合わせていたのも知ってます」


「でも国王さんは僕にそれも黙ってました。言えばいいのに、やっぱり人間は面倒です」と呟き、パオゴローは再び前を向いて、バン王国の結界外を目指して歩き始めた。



魔物に支配されていない王国:1ヵ国(バン王国)

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