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エドガーの愛は重い

作者: tea

昔から、私の婚約者であるエドガーの私への愛は重かった。


その重さが如何ほどのものかと問われれば……。


騎士として将来を有望視されていたまだ十四歳だった彼が、同い年の私を庇い、その右足を生涯引きずる程の大怪我を負った次の瞬間、目が合った私に向かい


「あぁ、コレットが無事でよかった」


そう心の底からニッコリと笑って見せるくらい。


そのくらいエドガーの愛は重かった。






『エドガーの騎士になるという夢を絶たせてしまって……本当に、本当にごめんなさい』


そう言って、泣きじゃくる私に向かい、


『泣かないで。僕は、コレットを守りたくて騎士を目指していて、正にさっきその夢が叶ったんだ。僕はコレットを守れて、幸せだよ?』


そう言って。

ベッドの上、起き上がる事もままならぬ状態であるにも関わらず、私に向けて本当に幸せそうに笑って見せたくらい……エドガーの愛は重い。





エドガー・アッシュフィールド。

アッシュフィールド伯爵家の三男であり、将来私の騎士となるべく育てられた男。


僅かに癖のある艶やかな黒髪と、涼やかに整った目鼻立ち。


怜悧で、少し冷たげな印象を持たせる灰色がかった美しいアクアマリンの瞳を、彼はいつだって私にだけは優しく甘く細めてみせるから……。

私は、幼い頃より彼の事が大好きだった。



しかし彼は伯爵家の三男で、私はこの国の第一王女。

決して結ばれる事はない相手だと、そう思って弁えていた。


それなのに……。

彼が私を庇った事を父が大変高く評価して、彼が大怪我を負ったその年の冬、突如として彼と私の婚約が決まってしまった。



ずっと密かに心寄せていた相手だ。

当然、嬉しい気持ちが無いわけではなかった。


でも……

いや、だからこそ。


大好きな彼に取り返しのつかない怪我を負わせた挙句、未来の王配として彼の自由の一切を奪ってしまったというその罪悪感は日々私の中で大きくなっていき、私を常に苦しめた。


そして。

こんな取り返しのつかない状況に追い込まれてなお健気に私に向かって微笑んでくれるエドガーの愛の重さに私が耐えきれなくなるまでに、残念ながらそう時間はかからなかった。







******



十五で学園に入って以降――

私は他の人が見れば気づかないくらい僅かにではあるが、足を引きずる彼を見たくなくて、わざと彼を避け続けるようになった。


そしてそんな私を、優しい彼は決して責めたりしなかった。



私が体調不良を理由に彼との茶会や外出を断った日には、彼だって私が仮病を使ている事くらい分かっていただろうに、彼から沢山の見舞いの品と、そして手紙が届いた。


手紙の最後には、いつもきまって


「愛を込めて」


そう書かれた折り目正しい彼の字が添えてあって。


私はそんな彼の真摯な思いに報いる事が出来ない自分の事が益々嫌になって、それがまた辛くて。

そんな葛藤から目を背ける為、ますますエドガーを避けるようになっていった。





エドガーが受ける授業を避ける内、私は必然と平民や低い爵位しか持たぬ生徒が多く取る授業を受けるようになり、次第に身分差を越えとある男爵令息と親しくなっていった。


彼の名はアランと言って、昨年まで平民として下町で暮らしていたのだが、彼の母が亡くなったのを機に、男爵である父に引き取られこの学園に入る事になったのだという。


ずっと身分の高い者達に囲まれて育った私にとって、昼休みや放課後にアランが聞かせてくれる市井の暮らしの話はどれも新鮮で面白く……。

私はいつの間にかエドガーを避ける為だけでなく、純粋にアランと共に過ごす事を好む様になっていった。


下町暮らしの長かった彼の真似をして、堅苦しいマナーも罪悪感も王女としての(つとめ)も一時的に全て忘れた振りをして、アランの傍で気ままに過ごす学園の日々は思いの他楽しく。

いつしか私にとって彼と過ごす時間は、自分が本来の自分でいられるように感じられる、大切な時間となっていった。





やがてアランと私の関係が噂されるようになった時、流石にエドガーから節度を弁えるよう注意されたのだが、


『私の気持ちも知らないくせに!』


と、私はエドガーに酷い八つ当たりをし、彼の忠告を一方的に突っぱねた。


『あぁ、これできっとエドガーも私に愛想を尽かすに違いない』


そう思ったのに。


それでもエドガーが私を見限ることはなく。彼の献身はやはり留まる所を知らなかったから。

私はますますエドガーと顔を合わせる事が苦しくなって、結局三年間のほとんどをアランの傍で過ごすこととなった。







******



卒業式のパーティーで。

私はアランとファーストダンスを踊り、エドガーに婚約破棄を言い渡した。


当然、一切の瑕疵のないエドガーを皆は養護し、その場に居合わせた父は


「ここまで愚かな娘だとは思わなかった」


そう言って、心神喪失を理由に私から王位継承権を剥奪するとともに、私を北の塔に生涯幽閉する事を決めた。



卒業後、エドガーはこれまでの城での働きを認められたという程で賠償金代わりに、長らく断絶していたオリオール侯爵家の名跡を継ぐことになったと聞く。





あぁ、やっと。

やっと彼を自由にしてあげられた。


そう思った時だった。

カシャンと外側から鍵を開けて、自由にしたはずのエドガーが私のいる檻の中に自ら入ってきた。



「嫌! 来ないで!!」


そう言って。

半狂乱になり傍にあった物を手当たり次第投げつける私にひるまずエドガーは


「コレット、愛してる」


これまでと何ら変わりなく、そんな言葉を繰り返した。



「嘘よ……」


ずっと恐れていた言葉が、ついに堪えきれなくなって口を突いて出る。


「嘘?」


「貴方が私を愛してるなんて、そんなの嘘よ!!」



ずっと。

いつかエドガーに『お前なんか大嫌いだ』そう言われるのが怖かった。

ずっとずっとエドガーの事が大好きだったから、そんな事を言われたら、もう生きてはいけないような気がして。

そう言われる前に自ら彼を遠ざけたのに、こんな所にまで来るなんて。


あぁ、エドガーの愛は本当になんて重く……

そしてどうして私は、こんなにも大好きな彼を傷つけ遠ざけるような事ばかりしているのだろう。





洗いざらい、ずっと押し込めていた思いをエドガーの前で吐き出した時だった。


「ずっと苦しい思いをさせてすまない。でも、もう君が僕の怪我を気に病む事はないよ」


そう言って、エドガーが突然私を横抱きに抱き上げた。


「エドガー? 貴方、足が……」


思わず声を震わせた私を、エドガーはこれまで通り実に優し気に微笑み見降ろしながら


「……本当はね、怪我はとっくの昔に治ってたんだ。ねぇコレット、今も昔も変わらず、ずっとキミだけを愛してるよ。生涯ここからは出してはあげられないけれど、不自由はさせないと誓うから、だからどうか僕の妻になって」


これまでとは全く異なる酷く冷たい声でそんな、私が全く思いも掛けなかった事を言った後、私を抱き上げたまま全く危なげなく奥の部屋へと続くドアを通り抜け、そこにあった寝台の上に私を降ろした。








◆◆◆◆◆◆



将来継ぐことの出来る領地も爵位も無く。

誰の、そう両親の目にさえも特段映る事の無かった僕の頬にその柔らかな手を添えて、薄ぼんやりしとた冴えない僕の瞳をまっすぐ覗き込みながら。


「あぁ、あなたの瞳はなんて綺麗なのかしら! まるで冬の海空の様ね!!」


そう誰よりも綺麗に微笑んで、僕を彼女の騎士に選んでくれたその時から。

僕にとって、この国の第一王女であるコレットだけが大事で、彼女が僕の世界の全てになった。



だから、学園に入学する一年前、彼女が我儘を言って勝手にお城を勝手に抜け出し、訪れた下町で馬車に引かれかけたとき。

僕は彼女を守る事が出来て心からホッとした。


彼女を庇ったせいで僕は、ずっと彼女の傍にいられるよう目指していた騎士の道に進むことはかなわないだろうと、医者に匙を投げられてしまったけれど。


僕の足一本と引き換えに、愛しい彼女を守る事が出来たのだ。

何も惜しいとは思わなかった。


寧ろ怪我なんかよりも、彼女が僕を酷く心配して泣いてばかりいる事の方によほど気がかりで。

そして優しい彼女に無用な罪悪感を抱かせ煩わせてしまった事に、胸が痛んでしかたがなかった。





怪我から少しして、僕は彼女が要らぬ罪悪感に苦しまなくて済むよう、密かに再度怪我の治療を受け始めた。

歪に癒着した骨を再度剥がして繋ぎ直し、切れてしまった腱を無理矢理繋ぎ合わせる治療は怪我を負った時以上に激しい痛みを伴ったが、それでもコレットを泣かせるよりましだと、そう思い歯を食いしばって耐えた。


長い長い痛みに耐えて、ようやく苦しい治療の終わりが見えて来た時だった。

突然、王家より我が家に、僕とコレットの婚約の打診があった。







******



彼女の幸せが僕の幸せ。


……ずっとそう信じて生きて来たのに。


コレットを妻に出来る。

そんな自らの欲に負けて、怪我はもうすっかり良くなっている事を打ち明けられぬまま、一年が経った。



相変わらずコレットは足を引きずる演技が板についてしまった僕を視界に入れる度、酷く辛そうな顔をする。


彼女の心が壊れてしまう前に、いいかげん本当の事を伝えなければ……。

そう思った時だった。


学園の中庭、彼女の傍で笑う他の男の姿を見た瞬間、全身の毛が逆立つような酷い不快感に襲われた。


もし、今僕が本当の事を言えば、コレットは誰か僕とは別の男の妻になるのだろう。





自分の方が今にも泣き出しそうな顔をして。

僕に酷い言葉を投げかけ去って行くコレットの後ろ姿を黙って見送る僕の肩を優しく叩きながら、


「お前の愛は重いな」


そう友人は笑ったが。


きっと、僕の抱えるこのドロドロした感情は薄汚れた執着であって、最早愛などとは呼べるものでは最早ない。







******



卒業パーティーで、コレットが他の男とのファーストダンスを見て酷く傷ついた振りをし、突きつけられた婚約破棄を俯き受け入れれば。


僕の仕組んだ通り、彼女は心神喪失を理由に王位継承権剥奪の後、生涯北の塔に幽閉される事が決まった。





国王陛下より託された鍵を使って、彼女が幽閉されている部屋の鍵を開けた。


あぁ、これで生涯コレットは僕だけのものだ。

そう思って、ずっと隠していた秘密を最低な形でコレットに暴露してみせれば。


彼女はきっと、こんな状況に追い込んだ僕を一生涯恨んで、心の底から憎むだろうと思ったのに。

例えそうなってもなお、彼女を離さない覚悟でこんな最低な事を目論んだというのに。


「あぁ、エドガーの怪我が良くなっていて本当によかった。あの時、私のせいで痛い思いをさせてゴメンなさい。ずっと辛い思いをさせてゴメンなさい」


そう言って、かつて僕が大怪我を負った時の様に、またベッドの上彼女が僕に縋って泣いた。


「……僕を恨まないの?」


恐る恐る聞いた僕の言葉に、


「貴方を恨む? 酷い事をしたのは私なのにどうして??」


コレットが実に不思議そうに首を傾げる。





「こんなとこまで追いかけてくるなんて、エドガーの愛は重いのね」


疲れ果て眠りに落ちる前、呆れた様を装って、しかしその実、酷く幸せそうに笑ってコレットはそんな事を言ったけれど……。


こんな仕打ちを受けておきながら、それをあっさり受け入れてしまうくらい、彼女が抱く僕への愛も十分に重いなと、僕もまた彼女の隣で目を閉じ泥の様に重い眠りに落ちながら思ったのだった。

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[良い点] エドガーはドロドロしてるしコレットはぐちゃぐちゃなのに 文章が淡々としている不思議な印象を受けました。 [気になる点] >卒業パーティーのコレットと平民の男とのファーストダンス 彼は平民…
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