第10話 懐かしい味
とりあえずご飯が食べたかったので炒飯の特盛を頼む事にする。結構腹が減っていたので、他にも頼もうと思ったが美羽さんが言うには相当な量があるらしく辞めておいた。
メニューを見ると家庭料理専門店といった感じで、どれも良心的な値段設定にされており高校生の自分には有難い。
銀蔵さんが基本的に調理を一人で行い、美羽さんが必要な時に補助をして、接客も担当みたいだ。明らかに人手が足りていないのだが、幸が不幸か人が来る事は滅多にない為、何とか二人で店を回せているらしい。
騒がしく言い合いをしながら二人が作ってくれている中、先生と二人カウンターに座っているのだが物凄く気まずい。
先生と二人何話せばいいんだ?冤罪の事で学校で話を聞いてもらう機会は増えたが、それでもこういう場で先生と一対一となると話は別だ。
当たり前だが、そんな事当の結城先生は意識している様子はない。非常に美味そうにビールを飲んだ後、隣に生徒がいるにも関わらずお構いなしに煙草を吹かしている。
「生徒の前でそんな姿見せてもいいんですか?」
「何言ってんだ?今日の仕事は終わってるぞ。今の私は先生じゃなくてただの客だ。ああ、煙草の煙が嫌なら辞めるよ」
「いえ、別に煙草はいいんですけど。いつも凛としてる印象があったんで、その‥そういう姿が新鮮と言いますか」
「ふふふ、そう普段から見えているなら嬉しい事だな。だが本来の私は結構だらしないぞ?見ての通り酒は飲むし煙草も吸う。ついこの間の事だが初めて合コンも行ってきた。」
「え、結城先生が合コンですか!?意外すぎる‥‥」
いつもと違い少しだらしなく振る舞う先生に親近感を感じ、少し失礼な事を言ってしまう。学校の連生徒の間では親しみやすいと人気の先生だが、俺は状況がアレだった為今まで真面目な話しかしてこなかった。だからこんな事を言う先生は凄く新鮮に感じてしまう。
「おい‥‥そんなにか?私だってもう27歳だぞ?そりゃ恋愛の一つや二つしてみたいものさ。‥‥まあ行ってみたものの軟派な男しかいなくて秒で帰ったがな」
「あ、そこはいつもの先生っぽい」
「お前な、私を何だと思ってんだ‥?」
「うーん、なんか先生というより兄さんっぽいというか」
言った瞬間、こらっと軽く肩パンされた。まあまあ痛い。
「そこはせめてお姉さんだろ?全く‥‥。というか合コンに行ったとかは流石に生徒に言う話ではなかったな。酒を飲みすぎたか‥八神、他の奴らには内緒だぞ?」
そう言って笑顔で笑う先生がいつもと違う雰囲気のせいか‥それとも酒で顔が赤い為少し照れているように見えるせいか、いつもより魅力的に見えて少しだけドキッとしてしまう。
こういった所を実際に見ると親しみやすいという噂は本当なんだなと実感する。まあ考えてみたら、先生という立場を除けば一回り程度しか歳の差がない一人の女性なんだよな。
俺は美桜がいるからありえないけど、こりゃ今後大人の女性の色香にやられてガチ恋してくる生徒も出るかもしれない。
そんなくだらない事を考えていたら、先生が急に真剣な顔になった。
「霧島と斎藤の事だが‥‥近いうちにまた登校する事になる。被害者のお前に言うのは酷だが、それでもお前には一番に言わないといけないと思ってな。お前に辛い想いをさせるのも、アイツらを退学させて罪を償わせてやる事も出来ないのも全部私の力不足だ‥本当に‥申し訳ない」
二人にしか聞こえないくらいの音量で言われたその言葉に、俺は何もすぐには返せず黙り込んでしまう。
正直もう顔も見たくない。当たり前だが悔しいし憎い。麗奈は勿論許せない。だが幼い頃からずっと親友だと思っていた分、凛人に対しての方がより強い怒りを感じている。
あの時教室で凛人から「親友だと思っていたのはお前だけだ」と言われた時は、真犯人が凛人だと勘付きながらもただただ戸惑いと悲しみが大きかった。しかしあれから何度も思考を重ねた今では‥もう凛人を許せる自信が俺にはない。
どんな事情があろうと、アイツら二人は許されない事をした。そのせいで俺は色々なモノを失った。クラスメイトだけじゃない、姉や妹との関係まで。俺自身も何か大事なモノを失ってしまったように感じている。
だとしても先生がそんな顔で背負い込む問題ではない。立花もそうだったが、先生も何一つ悪い事をしていないのに抱え込まないで欲しい。
「いや、大丈夫です。正直憎くてたまらないですが一切関わらなければ良い話ですので」
校長をどうにかしないとどうしようもない事だ。それにもう面倒な事は御免なので少なくとも今は自分で何か動いてどうこうしようとも思わない。
とにかく今は少しでもこの一ヶ月間で疲れ切った心に安寧が欲しい。何も考えないで過ごせる普通の毎日が。
少し気まずい空気が流れる中、何も知らない美羽さんが笑顔で注文した炒飯を持ってきてくれた。
美羽さんの言っていた通りだ‥店の売上がますます心配になる程に量が凄い。見た目は普通の炒飯だけど凄くいい匂いがする。
「どうだ小僧?美味そうだろ?」
銀蔵さんにドヤ顔で急かされ一口頂いてみた。うん、思ったより普通の味だ。美味しいんだけど、家庭の味感があるというか‥。それでも何故かとてつもなく箸が進むような、そんな優しい味だ。先生が常連になるのもわかる気がした。
「おいおい、もう少しゆっくり食えよ?‥‥おい、お前どうして泣いてるんだ?」
「八神‥‥お前大丈夫か‥‥?」
「え‥‥?」
銀蔵さんと先生に言われて自分が涙を流している事に初めて気づく。必死で拭おうとしても中々止まってくれない。
あ‥‥。
そうか‥‥。どこか懐かしい味がすると思ったら、父さんが俺と姉さんがまだ小さい時によく炒飯を作ってくれた事を思い出した。
決して上手ではなかったんだけど、父さんの愛情が一杯感じられるようで大好きな料理だったっけ。
「おいおい、そんな美味かったのか?分かってんじゃねえか小僧!気に入ったぞ!」
「いや、美味しいんですけど‥そこまでじゃないです‥‥」
「喧嘩売ってんのか小僧!?って痛えなオイ!?美羽!?」
「このバカちん!!今のはそんなんじゃないでしょ!?何で
そんな事も分からないかなあうちのお父さんは‥‥。大河くん大丈夫?お姉さんいつでも話聞くからね?」
二人の仲睦まじい親子のやり取りを見て、そして二人の優しさに触れて、自分の今の変わってしまった家族と比べてみてしまう。
これまでは、銀蔵さんと美羽さんに負けないくらい仲が良い家族だった。姉さんと妹とは最悪の状態だし、母さんには気を使わせっぱなしだ。
父さんが生きていたら、今の俺に何て言うだろう。父さんは優しくて、漢らしい性格の人だった。駄目だ、この炒飯を食べていると無性に父に会いたくなってきてしまう。
何も言わず黙々と食べる俺を銀蔵さんと美羽さん、先生が静かに見守る中一粒残らず完食した。
「最高でした‥‥!その‥また来てもいいですか?」
「おう!いつでも来い!!」
「来て来てー!ほんっとうに来てね!もう凄い暇だから!
色々ありそうな感じだけど、話したくなったらこの美羽お姉ちゃんに話してね!私、何でも相談乗っちゃうから!!」
「私もたまになら奢ってやってもいいぞ?‥ん?先生と生徒でそれはまずいか?まあいい。また一緒に飯にでも行こう」
優しい言葉にまた目頭が熱くなっていくのを感じる。ここでなら、全て忘れてこの場所だけでも笑顔を取り戻せるかもしれない。また来たい‥そう強く思った。




