第9話 風が吹けば崩れそうな定食屋
部屋で休もうと思ったものの、どこか胸がざわついて心身ともに全く安らがなかった。
母さんが帰ってきた後、みんなで食卓を囲もうと言われたがどうしても今日はもう顔を合わせたくなくて部屋に引き篭もっている。
俺は間違った事を言ってない筈だ。なのに心の片隅で先程の二人の顔がチラついている自分がいるのは、まだどうでもいい存在なんだと真に割り切れていないからなのか。
分からない。本当は深く考えたくもない。もうどうでもいい存在だと捨て置いてしまった方が楽なのだから。
それにしても‥この期に及んでまだ二人の泣き顔に心が揺らぎそうになるなんてな。まだまだ俺は甘い。全てが中途半端で、ただ辛い事が起きて拗ねている子供に過ぎない。
冷酷にもなり切れず、それでいて人を許す事も出来ない。このままではまた前のように疲弊してしまい、心が闇に沈み込む事は目に見えている。
全く嫌になる。中途半端な自分も、放っておいてくれない周りも。せっかく楽な生き方を見つけたのに。
とは言っても人間腹は減るもので、聞き耳を立てて詩音と紬が自室に入った事を確認してから一階のリビングに下りる。
心配そうに話しかける母さんに、今日は適当に食べてくるとだけ伝えて外に出た。母さんにはずっと心配かけっぱなしで申し訳ないが、そんな簡単に自分の中で解決出来る問題ではないので許してもらいたい。
外に出て一つ深呼吸をする。なんて夜風が気持ちいいのだろう。あのまま自室で考え事を続けると、気分がまた悪くなりそうだった為外の新鮮な空気が有難い。
頭を無にしてリフレッシュも兼ねて散歩しながら、軽く食事が済ませられる場所を探す。出来ればあまり人が行き来しない場所にある繁盛してるとは思えないような店がいい。
そんな店を探しながら歩いてみたものの、そう都合よくはいかないものだ。チェーン点は言わずもがなで、とても外観が綺麗とは言えないような店も常連達で賑わっており、入る事を躊躇ってしまう。
家から結構な距離を歩いてきた。もう諦めてコンビニで何か買って歩き食いするか‥と帰ろうとした時、裏道にぽつんと一件立っている定食屋を発見した。
少しでも強い地震が来たら潰れてしまうんじゃないかという程にボロかったが、近くに行くに連れてとてもいい匂いがする。
外からは中が全く見えず、普段なら絶対入らないであろうその店に何故か俺は強く惹かれてドアを握る。
化け物でも出るんじゃないかというくらいギギギという不気味な音を出しながらドアを開くと、店内は意外にもとても綺麗だった。
店には後ろ姿だが恐らくウェイトレスの茶髪ボブの女性と肝心の客はカウンターにたった一人の女性だけ。女性客のカウンターにはビールとおつまみが置かれ、優雅に煙草を吸う姿が様になっている。‥‥というかよく見覚えのある顔だ。
結城先生は俺と目が合うとフッと笑った。
なんとなく一瞬で中に入りたくなくなった俺は一言も言葉を発せず振り返り、何も無かったかのように出ようとする。
その時、尋常じゃない力で誰かに腕を引っ張られた。
「逃すか!!!いらっしゃーいお客さん一人ゲットおおお!!お父さーん!お客さん!多分高校生の男の子!」
俺の手を引っ張っていたのは、先程後ろ姿しか見えなかったウェイトレスの女性だった。相当美人なのだが笑顔が凄く怖い。俺を逃すまいという意思がひしひしと伝わってくる。
「あぁ?どこの野郎だ?またうちの美羽目当ての小僧じゃねーだろうなあ??」
カウンターの奥からやってきたのはヤ◯ザにしか見えない屈強な壮年の男性。手には包丁が握られている。俺は即座に出ていこうとするが、美人の店員さんに腕をガッチリ組まれているおかげで身動きが取れない。
「ちょ、まっ‥殺される‥‥。離して下さいっ!」
「大丈夫だって!アレでも私のお父さんだから!!決してヤ◯ザなんかじゃないからっ!!もう、お父さん!早く包丁置いてよねっ!!
「ああん?失礼な野郎だな?出ていけ小僧!客は俺が決めんだよ!!」
「もう‥!そんなんだからお客さんが常連さん以外全然来ないんだよ??若い男性が来たらすぐに追い返しちゃうんだから!!女性なんてあおいちゃんくらいしか来てくれる人いないし!!」
「一体何だってんだよ!先生!黙ってないで助けてくれ!」
何が何やら分からず先生に助けを求めるが、結城先生は意地悪にニタリと笑う。その目は「お前、さっき私の顔見て帰ろうとしたな?」と物語っている。そんな先生に謝罪を目で訴えると、愉しそうに笑った後助け船を出してくれた。
「銀蔵さん、その子は私の教え子なんです。そのくらいにしてやってくれませんか?」
「あぁん?じゃあここの近くの高校の奴じゃねえのか?なら問題ねえな。小僧悪かったな。適当に座ってくれ」
銀蔵と呼ばれた店主は先ほどとは打って変わって豪快に笑ってみせた。どうやら訳も分からない中、この店の入店基準に達したようだ。
腹も減っている事もあり、この空気で帰るのも変な話なのでどこか適当に席を探そうとしたところ先生が裾を引っ張って自分の席の隣を指指す。
「何してんだ?早く隣に座れ」
やっぱそうなるかあ。正直担任の先生と相席とか普通に緊張するんだが。まあ他の席に座るのもおかしいので仕方ないか‥。
美人の店員さんが、先程とは違う自然な笑顔で注文を聞いてきてくれた。ハッキリと顔を見るのは今が初めてだが、俺とほとんど歳は変わらないんじゃないだろうか。
「なんだ?八神じっと美羽の顔を見て?まさか‥お前もう美羽に惚れたのか?」
「なんでそうなるんですか!いや店員さんは俺と同い年くらいかなって思って。」
「18歳だよー。高校を卒業して、実家のお手伝いをしてるんだ!いつか継いで、この店の味を全国に広めたくて今頑張ってる最中なの!まあお父さんがアレだから全然人が来ないんだけどね‥‥あ、あと美羽でいいよ?久しぶりに同年代の子と話せて嬉しいし!」
「馬鹿野郎!ここらへんは治安が悪いんだ!俺がちゃんとしてなきゃお前が変な野郎に--」
「はいはい分かった分かりましたー!もうお父さんってば‥本当過保護すぎい!」
どうやらここの近くには所謂ヤンキー高校があるようだ。そう言えば俺の学校でも噂は聞いた事がある。俺の高校からは距離がまあまあある為実害はほとんどないが、話を聞いていると近所の人々は結構迷惑を受けているようだ。
ヤ◯ザ‥‥いや銀蔵さんは娘の美羽さんが今までここから二駅先の公立高校に通っていた為安心していたが、卒業してこの店を手伝う事になってから凄く過保護になっているそう。
結城先生は前にたまたま入ったこの店を気に入って、今や常連のようで週に何回かは必ず来ているようだ。
一通り身の上話を聞いた後で、笑顔の美羽さんに渡されたメニュー表を開く。
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