第8話 簡単には修復出来ぬ関係
特に疲れるような事はしていない筈なのに、二人のテンションが高すぎて家に着いた頃にはもうクタクタだ。
あの後自分の家で等々力と柚希と別れた後も、二人は初めて会った人間同士とは思えないくらい仲良く帰って行った。
元気有り余りすぎだろ‥。まあ人付き合いが苦手な柚希に友達が出来るのはいいことなんだけどな。等々力も裏表はなさそうだし、多分いい奴なんだろう。変な心配をする必要がない点は安心だ。
少し部屋でのんびりしたいと思ってドアを開くと、姉の詩音と妹の紬が待ち構えていたかのように玄関に立っていた。
「あっ!きたきた!おかえり大河!」
「お帰りなさい!お兄ちゃん!!」
何故かご機嫌な様子で挨拶をされるが、俺はそれに素っ気なく返事をする。疲れている事もあり、素早く靴を脱いで無視して手を洗いに行こうとする。
そんな俺の態度をまるで分かっていたかのように、姉さんと紬が手を引っ張ってきた。
「まあまあ、そんな怖い顔しないでよ」
「私達二人本当にお兄ちゃんを疑っちゃった事後悔してるの。本当にごめんね?」
どうでもいい。俺は早く自分の部屋でのんびりしたい。
姉さんの力が思ったよりも強く、俺の抵抗も虚しくリビングまで連れてこられてしまう。
リビングの机の上には、お世辞にも上手に出来たとは言えない出来栄えの特大のケーキが置かれていた。チョコレートソースで「ごめんね」と可愛い字で書かれている。
「これね、私とお姉ちゃんと二人で作ったんだよ?お兄ちゃんと仲直りしたいのにどうしたらいいか分からなくて‥‥。お姉ちゃんに相談したら、とりあえずお兄ちゃんの好きなケーキを二人で作ろうって話になって‥‥」
「私も紬も母さんには内緒でお昼に早退して帰って来ちゃったの。‥‥勿論こんなんで許して貰えるとは思ってないけど、また前みたいに三人で仲良く話すきっかけになったらいいなって--」
二人が話している内容はあまり頭に入ってこない。俺は今冷めきった目で手作りのケーキを見ている。好物な筈のケーキも、二人が作ったとなると全く食欲が湧いてこないのだ。
俺がもう少し優しくなれればいいのだろうか?笑って「二人の気持ちは分かったよ」と、また仲のいい兄弟に戻るのが正しい行動なのだろうか?
分かってる。きっとそれが正解なんだろう。そうする事で何事もなかったかのように全てが元通りになる筈だ。
でも俺はそんな簡単に二人を許す事が出来ない。
あの日、大嫌いと言ってから一度もまともに口を聞いてくれなかった詩音を。信じてくれなかった姉を。
生まれてからずっと大切に‥大事に接してきたのに、たった一年程度知り合っただけの斎藤麗奈の味方をした紬を。信じてくれなかった妹を。
冤罪を受けて気まずくなる事は当たり前だと思う。ましてや俺が疑われたのは性犯罪だ。思春期真っ只中で乙女思考の詩音は嫌悪感を抱くのも当然。紬も性に関する知識はまだないと思うが、慕っていた斎藤麗奈が酷い事を俺にされたと聞いたらそりゃあ疑って当然。だけど‥‥
少しでよかった。少しでも壊れそうな心に寄り添って欲しかっただけなんだよ。それはおかしい事なのだろうか。
『いらない。こんなもの食べたくない。』
苛立ちの篭った声で、俺はそう言い放つ。その冷たい一言に、二人の会話が一瞬で止まる。何時間にも感じられる沈黙の後、姉さんが媚びるように作り笑いを浮かべる。
「そんな事言わないでよ〜大河!紬なんかまた遊んで貰えるようになったら嬉しいなって今日ずっと楽しみにアンタの事待ってたのよ?」
「知らないよそんな事。別に頼んでない」
「ア、アンタねえ!?」
妹の事を想い怒りそうになった姉さんを、紬が泣きながら止める。
「いいんだよ‥‥っ。お姉ちゃんっ…‥。私が悪いんだから‥‥。うええええええええええん」
「泣くな。鬱陶しい。いつもいつも泣きやがって。泣いたら全て許されると思っているのか?」
今まで一度だって紬を言葉で傷つけて泣かせた事はなかった。そんな俺が、容赦のない言葉を妹に放っている自分自身に驚いてしまう。自分が本当にかつての「八神大河」なのかと、自身に恐怖を抱く程に。
これは本当に俺が言っているのか?紬に?あれだけ可愛がっていた紬にか?
前の俺だったらありえない事だ。紬が泣くような事があれば、俺も涙を流していたし泣き止むまで頭を撫でてやっていた。
それ程溺愛した紬を自分自身の手で泣かせているにも関わらず、可哀想だとも思えない。
「何よ!そこまで言わなくてもいいじゃない!紬はあの時だってずっとアンタと話したいって私に言ってたのよ!?それに‥私だって!」
なんだよ今更‥‥。止せばいいのに、自分の中で眠っていた怒りが湧き出て本音が溢れ出してしまう。
「ふざけんなよ!!何度も俺はお前らに話をしようとしただろ!!ずっと無視して少しも信じようとしなかった癖に今更そんな事言うな‥‥っ。それに‥こんなもんいらねえんだよ!!!余計な事すんな!!!」
勢い余って手を大きく振りかぶってしまい、姉さんと紬が作ってくれたケーキが床に落ちてしまいグチャグチャになった。
紬がまるで今の俺達のようなケーキの有様を見て、もっと大きな声で泣いてしまう。
「酷い‥酷いよ大河‥‥っ!私達も怖かったのよ‥‥ねえ…もう私達は貴方に贖罪の機会すらも与えて貰えないの?」
物凄い剣幕だった俺に気圧されたのか、詩音の瞳からも涙が溢れ出す。
自分が未熟なのは重々承知しているつもりだ。そもそもの原因は凛人と斎藤麗奈にある事だって承知している。
それでも俺はそんな二人に温かい言葉をかけてやれない。信頼していたからこそ、簡単に許してまた同じような事があった時に裏切られる事が怖い。
「お前ら二人は俺に機会を与えてくれたのか?」
「そんな‥こと‥‥」
許す事が出来ない俺は、絶対に二人が答えられない意地悪極まりない事を言ってしまう。
何も答えられず泣き崩れる二人をあとにし、自分の部屋に向かおうとした途中、後ろから絶望が入り混じった消え入りそうな声で「ごめんね」と聞こえた。
振り返らずに部屋で一人になった後、ほんの少しだけ姉さんと紬の顔を思い出し自分の胸がチクリと痛んだ気がした。




