第6話 委員長の後悔
昼食後三人で教室に戻った後、授業前にトイレに行っておこうと思い教室を出た。その時、後ろからどこか切羽詰まった声で呼びかけられた。
呼んでいたのは委員長の立花愛花だった。拳を握りしめて、今にも泣き出してしまいそうな表情で俺を見つめている。
「八神くんは私なんかと話したくないのはわかってる‥‥。でも少しだけお話しさせて下さい‥‥。このままだと、私は私自身が許せないの」
普段真面目で、大人しい性格の委員長とは思えないただならぬ雰囲気を纏っている。同級生とはもう自分から関わらないと決めた為無視をして歩こうとしたが、何度も必死で止めてくる彼女の圧に負けて少しだけ付き合う事にした。
それに彼女も俺と同じ被害者だからだろうか。何となく直感で話を聞くべきだと思ったのだ。
人のいない所まで連れていかれた所で、委員長がこちらに向きなおり腰を直角まで曲げた。
「‥‥八神くん!本当にごめんなさい!!私がもっときちんと確認さえしておけば、貴方が毎日酷い目に遭わずに済んだのに‥‥私のせいで罪のない貴方を苦しめてしまうなんて‥‥」
彼女なりの精一杯の謝罪なのだと思う。顔は見えないが床に涙がぽたぽたと落ちており、身体が先程からずっと震えている。
委員長は自分のせいだと言っていたが、正直彼女の事は少しも恨んでいない。彼女はただ騙されて利用されただけなのだから。
そりゃ確かに例の動画をもっと隅々まで確認してくれていたら‥‥とは思った事はあったが、それで委員長を恨むかどうかはまた別の話だ。美桜からも、犯人摘発の現場で相当自分を責めていたと聞いていた。
こんなもん、彼女を騙したあの二人が百悪いに決まってる。
だが様子からしても彼女の誠意は本物だと分かる。真面目な委員長はこのままだと一生自分を責めかねない。一体今俺は‥何を言うべきなのか。言葉を慎重に選ばなければならない。
「まずは顔を上げてくれ。少なくともそこまで委員長が罪悪感を感じる必要はない。委員長は確かに間違えたけど、別に
悪意があった訳じゃないだろう?それに、別に君に何か酷い事をされた訳でもないんだ」
クラスメイト達は暴力こそ無かったものの、無視や暴言は当たり前の日々だった。だが委員長は俺が視界に入ると、気まずそうな顔を伏せるるだけで、彼女から何かされるような事は一度もなかったのだ。おそらくこちらが話しかけさえすれば、当時でも会話は出来ただろう。
そもそも頭の良い委員長は、初めから俺が冤罪であると勘付いていたように思える。
「でも‥‥私は‥!普段クラスで見ている八神くんがこんな事する人な訳ないって思いながら、クラスの皆に対して何も出来なかったの‥‥。ただただ目を背けて私にはもう関係ないって言い聞かせてた‥‥他の皆と同じで最低な人間なの!八神くんがこうなる原因を使ってしまった分もっと酷い人間かもしれない‥‥私は‥‥本当に自分が許せない‥」
確かに何もしてくれなかった。それは確かに間違いない。
だがそもそも、あの二人が俺を嵌めよう等としなかったら俺や委員長がここまで苦しむ事にならなかったのだ。
それにしても‥‥ここまで自分を追い込んでいるとは思わなかった。言葉に詰まる俺に、委員長はぎこちない作り笑いを浮かべる。
「は‥はは‥ごめんなさい、私って本当‥‥。謝るだけでよかったのに‥‥八神くん本人にこんな事まで言って何をいって貰いたかったんだろう‥。きっと‥‥」
このままでは彼女は壊れる。目に大粒の涙を浮かべながら話す委員長を見てそう確信した。だから彼女が一番今言って欲しい言葉を言ってあげる事にする。
『君は何も悪くないよ』
その瞬間、委員長の瞳から大粒の涙が溢れ出した。
「八神くん‥‥貴方は‥‥どうしてそんな‥‥」
手で口元を覆う委員長に俺はそれ以上何も言ってやれない。それでもその一言で委員長は、どこか決心したように手で涙を拭った後、真剣な面持ちで俺を見た。
「私、八神くんの優しさに触れて決めたよ。やっぱり霧島くんと斎藤さん‥あんな事をしておいて退学にならないのはおかしい。それにクラスメイトの皆の虐めもなかった事になってる‥そんな事やっぱりダメだ。勿論‥私も含めて」
別に優しくしたつもりでも何でもない。本当に何も悪い事はしていないと思うからそう言っただけなんだけどな。
それを優しさと勘違いした真面目な委員長は、強い決意を目に宿して続けて言う。
「私、時間はかかるかもしれないけど私なりに色々方法を探してみる。‥‥今は謝る事しか出来ないけど‥‥本当にごめんなさい。それと、私を元の自分に戻してくれてありがとう」
何か言おうとした俺を待たずに、委員長はそれだけ言うと走ってどこかへ行ってしまった。一体何をするつもりなのか‥。正直な話、下手に何かされてまた面倒な事になるのは御免だ。
それに、委員長自身もあまりこれ以上思い詰めて心を病まないといいが‥‥。
教室に戻る最中、俺は自分が委員長の事を少し心配している事に気づく。何かそれに違和感を感じる。
俺は美桜と母さん以外の人間等どうでもよかったのじゃなかったのか?
確かに今日の朝まで、俺はそう思っていた筈だ。だが今日等々力や、委員長と話してみて分かった。
俺は自分に敵意のない他の人間に対しては、普通の人間をある程度装えるようだ。勿論特別仲良くしようとは思わないのだが‥‥何と言うか、少なくとも不快ではない。
反対に凛人や斎藤麗奈、他のクラスメイト、そして詩音や紬‥‥その他俺や極一部の大事な人に害をなす者に対しては、この上なく冷酷になれる自信はある。例え瀕死で目の前に転がっていても、何も心痛めず無視出来るくらいには。
つまりは大事な人間、普通の人間、そしてそれ以外と明確に区別しているのだ。
もしかしたらこの考え方って、生きていく上で凄く楽かもしれないな。
そう思えた時、歩きながら知らずのうちに自分が気持ち悪い笑みを浮かべている事に気付く。
自分が人の大事な部分が抜け落ちた欠陥品になったと感じていた。だが蓋を開けてみると、俺はきちんと人の選抜は出来るようだ。そして今日、それに気づけた。
何と傲慢な考え方だろう。お前は何様のつもりだ?と聖人君子様に叱られそうな‥‥。
しかしこれ以上楽な生き方があるだろうか?
少し心が軽くなった気がして、俺はゆっくりと教室に戻った。




