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第1話 束の間の幸せ

 なあ?身に覚えのない事で全てを失った事はあるか?正に今俺がソレの真っ只中だ。


 今思えば俺なんかには出来すぎた幸せだったのかもしれない。いや、きっとそうなのだろう。


 いつも優しい母、面倒見の良い姉、無垢に俺を慕う妹‥そして最近両思いになった幼馴染。親友。


 大好きな人達との大切な日常‥永遠とは言わないまでも、こんな毎日がこれからもずっと続くんだと勝手に思っていた。


 そう、あの時までは‥‥。


『貴方‥ごめんなさい‥。こんな事になってしまって‥私はあの子にいつも通りでいれているかしら‥』


 顔に手を当てて仏壇の前で謝る母さん‥‥


『アンタ‥!!最低よっ!!どうしてそんな‥!!』


 初めて見る本気で怒った時の姉さんの顔‥‥。


『お兄ちゃん‥っ!嘘だよね‥。そうだよねっ‥!?』


 ああ嘘だ!俺は何もやってない!!だからお前までそんな悲しそうか顔をしないでくれ‥‥


『ごめんね‥ごめんね大河‥だけど私にはもう‥』


 やめてくれ‥キミだけは俺の事を見捨てないでくれ‥‥。やっとなんだ‥やっと想いを伝えれた‥‥。大好きなんだ‥。美桜‥美桜‥‥手を離さないでくれよ‥‥


 事件から一ヶ月近く経過している。涙などもう出尽くした筈なのに、ふいに頭を過ぎる記憶のせいで、また両瞼から涙が数滴溢れ出した。


 ああ‥一体いつまでこの地獄は続くのだろう。なぜこんな事に‥‥。


 ◇ ◇ ◇


「いってきまーす!!」


 雨上がりのよく晴れた一日、俺はいつもよりテンション高めで家を出ていた。


「あ‥っ。大河‥!お、おはよう!!」


 家から出た瞬間、見知った声が聞こえてくる。いつもよりどこかぎこちない声の方向へ、俺は照れ臭そうに微笑んで手を挙げた。そうすると彼女も俺に照れ臭そうに微笑む。


 彼女の名前は桜木美桜(さくらぎみおう。小学校入学時からの仲だ。名前に恥じない桜色の綺麗な髪、大きなくりくりとした朱色の瞳が特徴の女の子。何の因果か小中高ずっと同じクラスで、そんな事もあって1番仲の良い女子だ。


 正直俺みたいなごく普通の何の特徴もない男が普通に会話する事も躊躇ってしまうような漫画みたいな美少女、それが美桜だ。その上、陽だまりのような性格なもんだから学校での人気も男女問わず高い。


 幼馴染という関係性がなかったらモブの俺は話す事すら躊躇していただろう。


 そんな彼女が俺を上目遣いで見上げおずおずと、ゆっくり右手を伸ばす。俺はそれに応じる形で左手を伸ばす。


「ん‥。じゃあ‥昨日の約束通り‥はい」

「お、おう‥」

「や、やっぱり恥ずかしいね‥でも‥‥嬉しい」


 お互いに繋いだ手を、ゆっくりと割れ物を扱うかのように絡み合わせる。所謂恋人繋ぎっていうやつだ。


 そう、これは文字通り恋人同士でしかできない繋ぎ方だ。さっきずっと仲良くしていたと言った幼馴染の美桜は、昨日俺の恋人になった。


 俺みたいな凡人と、こんな子が恋人だなんて関係をよく知らない他人から見れば信じられないだろう。自分ですら昨日の事が夢みたいと感じてしまうくらいだ。


 だけど、確かに自分の中にある昨日の甘酸っぱい記憶が俺を朝から高揚とさせていた。いつもよりもテンション高く家を出たのもそのためだ。


(本当に、夢じゃないんだ‥‥。ああ‥ようやく俺は美桜と‥‥。)


 美桜を一途に想い続けて約10年、それがようやく叶ったんだ。身体からすっと力が抜けた後、多幸感に身体が包まれていく。


 昨日の部活帰りの放課後、俺は教室で長年の想いを伝えた。別に、最初からその日に告白しようと思っていた訳じゃない。


 俺と美桜はテニス部だ。男女部活が終わる時間は同じになる事が多い。いつもはその後一緒に帰るのだが、美桜が教室に忘れ物をしたというのでついて行った。そこで、その‥夕焼けに照らされた美桜の顔があまりにも綺麗で‥教室に誰もいない事もあって‥どうかしてしまったのだろう。


 俺は思わず「‥好きだ。」と彼女に言ってしまった。美桜のハッとした顔と沈黙、自分がやらかした事に気付き焦った俺は何とか誤魔化そうとしたが途中で観念。


 もう逃げられないと腹を決めた俺は、ありったけの想いを美桜にぶちまけた。失恋した時の事なんて考える余裕すらない、とにかく好きをこれでもかと伝えた。


 そんな俺に美桜は泣きながら応えてくれた。その時の「私もずっと好きだったよ‥。」と泣き笑いのような美桜の表情を俺は今後も絶対忘れないだろう。


 隣ではにかむ美桜の優しい表情と、彼女の小さな手から伝わる確かな手の温もりでようやく俺は確信した。


 昨日の出来事は夢じゃない。


 俺と美桜は恋人同士になったんだ。紛れもない現実。その事実だけで俺はもう天にも昇ってしまいそうだ。


 隣では美桜が何やら話しているが、今は上の空。頭の中でこれからの甘い恋人生活を夢見ている自分がいる。


 これから色んな所へ2人きりでデートして‥それで‥もっと深い仲になってキ、キスなんかしたり!?


 いやいや待て待てそんな事考えるの早すぎる。でもでも‥へへへ。

 

「ねえ大河っ!聞いてるの!?」


 痛っ。何が起こったのかと思えば、俺は横の美桜にチョップされていた。考え事をしながら歩いていたので全く気づかなかったが、もう校門前まで来ていた。


 美桜はというと頬をぷくっと膨らましており大変お冠のようだ。


「もう!せっかく恋人になって初めての登校なのに‥。あとあと、昨日夜メールするねって言ったのに返ってこないし‥。今日朝会う約束してたから電話我慢したけどちょっと心配したんだからっ!!」


 何それ怒ってる理由が可愛すぎる‥。


 頭がくらくらして倒れそうになるが気合いで何とか踏みとどまる。メールが出来なかった事には理由がある。


「ごめんって。メールの事なんだけど、昨日あまりの嬉しさにテンパって教室に鞄とラケット忘れてさ‥。美桜の忘れ物を取りに付き添ってたのに、自分が全部忘れて帰るなんて笑えるよな」

「あっ、そうなんだ‥。私も嬉しくてどうにかなっちゃって大河が荷物置き忘れてる事気づかなかったみたい‥。ふふふ、一緒に帰ったのに最後まで2人とも気づかなかったなんておかしいね」

「ははは!俺たち初々しすぎるだろ!!

「ふふふ、だね!!」


 楽しく会話しながら歩いていると実に早く感じるもので、もう学校についてしまった。


「流石に学校の中で手を繋ぐのは恥ずかしいよね‥。まだ誰にも私達の事話してないし」


 美桜はそう言うと、名残惜しそうに繋いだ手を話す。俺も心底残念だがこればかりは仕方ない。


 付き合ったのは昨日の話で、俺たちの事はまだ誰にも言ってない。


 もう1人の幼馴染で俺の親友「凛人りんと」にさえも。


 そんな中でいきなり手を繋いで教室に行く勇気は流石に2人ともなかった。とはいえ学校に来るまでに手を繋いでいる所を色んな人に見られている。人気者の美桜と付き合うとなると瞬く間に噂は広がるだろう。


 そもそも色々抜きにしても単純に「手繋ぎ教室入り」はバカップルすぎる。


 2人で他愛もない会話をしながら歩いていると、すぐに俺達の教室についた。


 2年3組-それが俺と美桜の教室である。同時にもう1人の幼馴染で親友の凛人の教室でもある。


 さて、どのタイミングで凛人に俺の美桜の事を伝えようか‥


 何やらいつにも増して騒がしい教室のドアを開ける。


 俺と美桜が中に入ると、クラス中の視線が一斉に俺たちに向いた。


「おう、おはよ--」

「大河!!美桜!!お前ら付き合うことになったってマジかよ!!登校してる奴ら皆んながその話題で持ち切りだぜ!?」

「うわあっ!‥て凜人!待て待て落ち着けって!」


 入るや否や、俺たちに話かけてきたのが俺の親友兼幼馴染の凛人だ。親友の贔屓目無しでも超イケメンで高身長、おまけに性格も気持ちが良く、凛人を嫌いと言う奴を俺は今まで聞いた事がない。


 当然そのモテっぷりは凄まじいもので‥アレ‥俺なんでこんな超イケメンと超美少女と幼馴染なんだろ。アンバランスすぎないか?‥自分で言ってて悲しくなってきた。


 それはともかくまじかよ、もうそんな広がってるのか?やはり美桜の人気は凄まじいな。まあある意味伝える手間が省けたと言っていいか。


 凛人にだけは俺達の口から直接伝えたかったがしょうがない。


 ちなみに美桜は恥ずかしがって俺の後ろに隠れている。


「おい大河ーどうなんだよー。おま、ついに俺らのアイドル美桜ちゃんと‥まあいつかはそうなると思ってたけどよ‥」

「ねえねえ!大河くんから告ったの?おーしーえーてーてかやっとか‥って感じ何だけど!!」

 

 クラスのお調子者の男女達も口々に口を開く。いかにもモブな俺だが人気者2人と幼馴染という事で、クラスの誰とも気軽に話せる位には仲良くさせてもらってる。


 これはもう‥ここで皆んなの前で言うしかないな。照れ隠しのつもりで俺は敢えて大声で言う。もうどうにでもなれ。


「ああそうだ!昨日皆んなのアイドル桜木美桜は俺の彼女になった!!ふはははは!悔しいか野郎共!!美桜は俺のモノだああああ!俺が絶対、ぜーたいに幸せにしてやるぞおおおおお!!!」


 高らかにそう宣言すると、一瞬クラス中が静まり返った。


 アレアレ‥?流石にやりすぎたか?そう思った次の瞬間‥


 野郎共は血の涙を流し地響きのような唸り声を上げ、女子からは黄色い歓声が次々とあがった。


 あまりの俺のクラスの五月蝿さに他のクラスからも人がやってきてる有様だ。


 俺がふざけすぎたせいで美桜の顔は真っ赤。やりすぎだという意味を込めた軽いパンチを背中に食らった後、キュッと制服の裾を掴まれた。


「お前ら‥やっと‥よかったな!!ずっと応援していた身からしたら安心したぜ!」


 野郎共が俺を怨念の篭った目で見つめる中、凛人は最高の笑顔でそう言ってくれた。


「ああ‥ありがとな。本当ずっとヤキモキさせて悪い」

「気にすんなって!!」


 そう言って凛人はバシッと俺の背中を叩く。


 凛人にはよく美桜の事で相談に乗ってもらっていた。その度に「両思いなのは誰が見ても明らかなんだからはよ告れ」と呆れられていたもんだ。


(凛人‥本当にお前が親友でよかったよ。)


 言うことも言った後でそろそろ俺と美桜も席に着こう、そう歩き始めた時だった。


「ふざけないでよ!!!!!!!!」


 1番後ろの席から1人の女子が凄い剣幕で大声を出す。あまりの剣幕に先程のクラスのざわめきがまるで嘘みたいに一瞬で静まり返った。


「昨日、私を襲おうとした癖に!!!友達だと思ってたのに‥この性犯罪者っ!!!!」



 は?

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