親友がサツマハオリムシになった日
親友がサツマハオリムシになった日
とても悲しい事が起きた。
きっと、本人は常々なりたいと言っていたので本望なのだろうけれど、置いて行かれた私はとても寂しい気持なので、悲しい事でいいのだろうと思う。
中学からずっと、一緒に成長し、一緒に学び、一緒に楽しい時を過ごしてきた親友が、サツマハオリムシになってしまったのだ。
サツマハオリムシとは、ハオリムシの一種だ。一見すると木の枝にも見える細長い管状の殻の中に入って生活している。紛れもなく動物であり、口や消化器官がない不思議な動物である。名前の通り、鹿児島の錦江湾にだけ生息しており、桜島の北部の海底にある若尊という海底火山群の噴気活動に伴った温水噴出孔の傍に生息しているらしく、硫化水素を栄養分とするバクテリアと共生しているらしい。
そんな事がネットの辞書で書いてあった。
実際に見てみると、女の子が嫌いそうな生物で、なってしまった親友は、人間だった頃、ぽきっと折ってみたくなるね、となろうとしているとはまるで思えない台詞を吐いていた。あの時、「止めた方がいいよ。なりたいのなら、礼儀正しくしていないと苛められちゃうかもしれないよ」と止めたのだが、まさか本当になってしまうとは思わなかった。
思えば彼女――その親友は女の子なのだ――は、深海の生物になりたいだとか、クラゲになりたいだとか言っていたし、やたらメディアで煽られる女子力はおろか、人間力が怪しいと自分で言っていた。
その点は私も他人の事を言えないのだが、それにしても、本当にサツマハオリムシになってしまった親友を前に、私はどうしたらいいのだろうか。
実は、彼女とは以前、約束をしてしまっていたのだ。もしも彼女がサツマハオリムシになれたら、私も後を追ってサツマハオリムシになるという約束を。
私はどうしたらいい?
親友はどうやってサツマハオリムシになってしまったのだろう?
その点、サツマハオリムシになってしまった親友は覚えていないらしく、気付いたらなっていた、と最も彼女らしい答えが返ってきた。(私がまだ天に見放されていないと確信できる点は、辛うじて彼女と会話ができる事だ。もしもそれすらも適わなかったら、私は死ぬまで孤独に悩み続けていたと思う。)
正直のところ、こんなにも早くサツマハオリムシにならなくてはいけない時が来てしまうとは予想にもしなかった。
しかし、約束は約束だ。
私はどうにかしてサツマハオリムシにならなくてはならない。
其処で私は、とあるSNSで、一緒にサツマハオリムシになる方法と、一緒にサツマハオリムシになってくれる人とを募集してみた。すると、この不況の為か、予想だにしない反響があり、すぐに私には大量の味方がついた。
皆で頑張ってサツマハオリムシになるぞ、という旗を掲げ、時間の無駄とはよく分かっていながら、サツマハオリムシになるにはどうしたらいいかを話し合った。此処で重要な点は、ただのハオリムシじゃいけないという事だ。サツマハオリムシでなければ意味がない。そんなわけで、私達はまず、見事サツマハオリムシになってしまった親友を研究し、どういう原理でサツマハオリムシになってしまったのかを解明しようと意気込んだ。
しかし、どう考えても超自然的現象であるこの事態を解明するのはとても難しく、寝ずの研究を続ける私達に、なかなか光は当たらなかった。
一人、また一人、私達の前から去っていく者も現れはじめ(世間ではこういう事を目が覚めたと言う)、私達の望みはもう叶わないのではないかと半ば諦め始めたその頃だった。
ついに、我々の中から、第二のサツマハオリムシが生まれたのだ。
なるほど、天は我々の努力をちゃんと見ていて下さっているのだ。
先にサツマハオリムシになった親友によると、サツマハオリムシの社会は、灰汁が少なく、人間達が失ってしまった古い何かを、今も大切に持ち続けている人々ばかりで、とても温かく、意外に幽玄なものであるらしい。
そしてそれは、第二にサツマハオリムシになれた仲間から見ても同じであったらしく、報告を聞いた私達のボルテージは最高潮にほぼ近いぐらい上がっていった。
ただ、とても残念な事に、その仲間も自分がサツマハオリムシになってしまった時をよく覚えていないらしい。それこそ、フランツ・カフカの『変身』さながら、朝、目が覚めるとサツマハオリムシになっていたという具合であるらしい。
とても残念だ。
だが、私達は諦めていない。
一人じゃない。二人もサツマハオリムシになったのだ。
きっとまた、私達の中からサツマハオリムシが出てくる日が来るはずだ。
サツマハオリムシになった二人の仲間は、今も幸せそうにシャングリラの中で暮らしていると、この間、海底からメールが来た。
なるほど、サツマハオリムシの世界でも、インターネットが普及しているのか。
私は、この目標のお陰で、色々な発見があり、とても充実した毎日を過ごしている。
最後に、見事にサツマハオリムシになった親友に感謝したい。
そして私もいつの日か、立派なサツマハオリムシになり、錦江湾の海底で逞しく暮らしていきたいと思う。




