第90話 食堂は大盛況
大きなテーブルの上にネギが、キャベツが、ニンジンが、所狭しと積んである。料理長・若蘭の背負いカゴいっぱいに入っていた野菜たちだ。
「短縮術式――〈停滞〉」
女将の詠唱に呼応し、魔力の半球が野菜の山を覆っていく。時間の進みを遅らせる術である。
「ゆめみかん名物・新鮮お野菜の完成や。貯蔵庫まで持ってくでー」
「は、はい」
若蘭はジェスロとともにザルに載せた野菜を運び出して行った。
二人が去ると、女将は献慈たちの方へ向き直る。
「お待たせしたネ」
ゆめみかん女将・スピロギュリア。両児の話では二百歳を超えるエルフらしいが、化粧っ気がない分澪よりも若くさえ見える。
「それで、預かって来たお手紙なんですが……」
献慈が封筒を渡そうとすると、女将は渋い表情を見せた。
「リョージ……」
「千代田両児さんからです」
「知ってるヨ。さっきも聞いたネ」
女将は手紙をひったくるように受け取った。素手で破いた封筒からテーブルへ札束が滑り落ちるも、一顧だにせず読み始める。
「フムフム……ハァー…………ンー……ンァッ!? …………ム、ムムム……!」
「……あのぅ……」
「まったくもーォ! あのヒョウロクダマーッ! どんだけヒトサマに迷惑かければ気が済むヨー!」
柳眉を逆立て喚き散らす女将の様子に、献慈は狼狽した。
「なっ、何が書いてあったんですか?」
「オマエカーッ!?」
「えっ!?」
「オマエだナ!? リョージが、オマエタチに危ないのトコロ助けてもらった、書かれてた」
「そうでしたか」
「あと、お礼にオマエタチ、タダで泊めてやってくれのコトも、書いてあった」
「それはどうも――」
「でもヤダ!」
「!」
「ゆめみかん、経営ギリギリ! そんな余裕ないのコト、アイツわからない! バカ! よってオマエタチ、泊まりたいだったらお金払う! ……あ、でも少しだったらまけてあげなくもない」
「あ、ありが――」
「あと! コレは仕送りだから、ワタシもらう」
女将は札束を引っ掴み、手紙と一緒にエプロンのポケットへ仕舞った。
「あの、スピロギュリアさん……」
「ンァ? ワタシ名前たぷん言いにくいだから、ピロ子でいいヨ。リョージもそう呼ぶだし」
「ピッ……? ピロ子、さんと両児さんってどういう……」
「アイツ、元ダンナ」
「へぇ、そうで…………はあぁっ!?」
献慈のみならず、澪たちも一様に目を見張る。
「な……何となくそんな気はしてたけど」
「マジかよ~。あのオッサンも隅に置けないなー」
「カミーユ、失礼ですよ」
幸いライナーだけは冷静だった。
「ひとまず用件は果たしました。両児さんのご厚意は気持ちだけ頂いて、一旦引き上げるとしましょう」
帰り支度を始めた一行の前に、ピロ子が立ち塞がる。
「そうはいかないダヨ! ここでオマエタチ帰したら商売人の名折れネ。ウチの敷居を跨いだからには力ずくでも泊まってってもらうヨ!」
「えぇ……」
「さっきも言っただけど、お金はちゃんと置いて行けナ」
「……ですよねー」
グ・フォザラでの逗留先が決定した。
夕食時の食堂は大盛況だった。献慈たちも含め十数人はいるはずだ。
テーブルに置かれたどんぶりを満たすのは、醤油ベースのスープに浸った太ちぢれ麺、周りを彩るは海苔にメンマに刻みネギ、桃色チャーシュー。
「これはまた……懐かしいな」
「献慈は知ってるの?」
うん、とうなずくも、インスタントではないラーメンにありつくのは実に久しぶりだった。
(焼きそばが存在するんだし、これもまた然りではあるな)
「そっか。何だかお蕎麦に似てるねー。いただきま~す」
麺をすする澪の箸は止まらない。無邪気な笑顔が眩しく染みる。
「いただきます」
郷愁に浸る献慈をよそに、隣のテーブルから賑やかな声が聞こえてくる。
「完成度の高い料理です。大豆のまろやかな甘味と小麦の香ばしい風味とが織りなす通奏低音の波間に漂うネギの鮮烈な辛味がアクセントとなってモチーフの輪郭を克明に浮かび上がらせる一方で、深みを帯びた魚介の出汁と付け合わせの海苔との親和性は気心の知れた連弾奏者のように計算され尽されながらも決して過度な見せびらかしをしない抑制の効いたパフォーマンスを展開する。その陰では隠し味となる陳皮が非和声音のごとく心地よい緊張感をもたらしており、さながら上質な室内楽の小曲を思わせますね」
味見もそこそこにライナーが語り出すが、
「部分的に同意しかねるねぇ。まず麺に関してだが、風味もさることながらイリヤマ氏言うところの多加水麺とやらのモチモチした食感はこの料理のコンセプトの主軸たりうるものとして無視すべきではないだろう。次にネギについてだがこれはスープに用いられた獣骨の臭みを中和する役割が主であるし、隠し味と言うならタレに潜ませたドライトマトをこそ挙げるべきだ。その陳皮にいたっては香味油の素材としてむしろ積極的に向こうを張っているように思えるがどうかね?」
カミーユも表情険しく対抗する。
「なるほど、ご指摘痛み入ります。常にも増して五感が冴え渡っていますね」
「ふっふっふ……てか御託並べてねぇでさっさと食えやぁ、猫舌ァ!」
「ぅわちちっ、熱ィッ!」
口にレンゲを突っ込まれたライナーは熱さにのたうち回るのだった。
(あの二人……何やってんだろ)
呆れ返るのは献慈ばかりではない。ライナーの対面に座るピロ子も冷ややかな視線を浴びせていた。
「まったく、情けないの男ネ。仕方ないだからワタシがフーフーしてあげるネ」
「(意外と優しい……)ここの食事って普段からこんな珍しい料理ばかりなんですか?」
「若蘭は研究熱心ヨ。ウチの家族、ミンナ好みうるさいだから、重宝してる」
「家族……」
食堂に集う面々の多様性に満ちた顔ぶれ。献慈たちを除いて、そのほとんどは少数種族――獣人種の者たちだ。
澪にも負けぬ勢いで食事にがっつく、イヌ科の獣人・ガルー族の女性。
立派な二本の角とあごひげも洒落たヤギびとの男性。
タヌキびととヒツジびとの男女カップルの語らいを、ウサギびとの女性が眺める。
離れたテーブルには盃を傾ける竜人族の男性。その向かいには頭巾を被った女性だろうか、スカートの裾から鳥類に似た脚が伸びている。
そして近くを見やれば、キツネびとのジェスロ、鬼人の若蘭、エルフのピロ子が仲良く並んでいる。
「ソー。家族みたいなものネ。ワタシがお母さんで、お父さんは……若蘭カナー?」
「何でワシやねん! そこは両児でええやろがい!」
「ヤダ。あの甲斐性ナシがお父さん、認めない」
「ゆうても、アイツがみんなをゆめみかんまで連れて来たんは事実やろ? 良い悪いはさておき」
「(連れて来た……?)両児さんって今もここを出入りしてるんですか?」
その事情は本人に代わって若蘭が明かしてくれた。
「いんや。両児とピロ子が別れたんは六年も前や。最後に会うたんは四年前――ジェスロを連れて来た時なるなぁ」
★ピロ子 / 若蘭 / 瀞江 / ジェスロ イメージ画像
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