第88話 歴史ある旧都
旧都グ・フォザラは国内有数の大都市である。朝廷が国政を幕府に譲る以前、ここはイムガイ国の政治・文化の中心地であった。
伝統的な街並みを南へと抜ければ、その先にはイムガ・ラサ遷都以降に作られた新市街がある。立ち並ぶビルの一つこそ、今回の搬送依頼の届け先だ。
谷津田物産――旧華族・谷津田財閥の中核を成す総合商社である。
「いやはや、本当にお早いお着きで。驚きました」
献慈と澪を待っていたのは、社長秘書・真志保笛人と名乗る鬼人の男だった。長身痩躯の背広姿にロイド眼鏡が程よくマッチしている。
「依頼の品物ですが、ここでお渡ししてもよろしいですか?」
「もちろんです。どうぞどうぞ」
献慈は組合支給の収納袋を肩から下ろす。袋の口を広げている間に、澪が中から大きな金属製の箱を取り出した。
「よいっ……しょ。中身を確認していただけますか?」
「……たしかに。これならばお姫様もご満足の代物が出来上がるはずです」
箱いっぱいに詰められた鉱石を見た真志保は満足げだ。その場でサインをしたためた納品書を、報酬の小切手と合わせて澪に手渡す。
「ではこのままお預かりするとしましょう」
「あっ、ちょっと重いので気をつけてくださいね」
「ハハッ、お構いな――――くふぅッ!!」
箱を持ち上げた真志保の表情が苦悶に歪む。
「だはッ、台車ァ!! ァはぁやぐッ!! 持っでぎでええぇ――ッ!!」
騒然となるロビーに社員たちがぞろぞろと駆け込んで来る。そのまま真志保は箱もろとも台車に乗せられ、速やかに運び去られて行った。
「(忙しい人だったな……)あとは組合に報告しに戻ろう」
「うん。ライナーたちも先に行って待ってるはず……あっ」
「どうしたの?」
「ついでに訊いておけばよかったなーって、宿の場所」
「宿? ……そうか」
献慈は地図を手に受付へ向かう。
「すいません、〝ゆめみかん〟っていう宿屋の場所なんですが……」
「ゆめみ……あぁ、妖怪屋敷のこと――」
「妖怪ぃ!?」
「い、いえ……〝ゆめみかん〟どしたな? そちらで合うてはりますえ」
受付の女性はばつが悪そうに視線を逸らす。気に掛かりはしたものの、折り悪く来客があったため、それっきり疑問はうやむやとなった。
ふたりは組合でカミーユたちと合流、改めて〝ゆめみかん〟を目指す。
なお、天狗たちとは別行動だ。この機会に歴史ある旧都の現在をつぶさに見て回りたいというのが彼らの意向だった。
「おふたりとも、この調子ならすぐに昇格できそうですね」
ライナーの励ましに献慈は目を丸くする。
「さすがにちょっと早すぎませんか?」
「いえいえ。組合は貴方がたが烈士になる以前からの行いも把握済みですよ。僕たちの手伝い然り、リョウジさんを救った件もきちんと評価されているはずです」
「気をつけなよ~? 業務外の素行も査定に影響するからさ。プラスにせよマイナスにせよ」
したり顔で訓示を垂れるカミーユに、ライナーが釘を刺す番だった。
「貴方のときは減点分を取り返すのに苦労しましたよね。私有地への不法侵入に、禁猟区での密猟、はたまた野菜泥棒、挙げ句の果てには空腹に耐えかねて公園のハトの頭を噛み千切っ――」
「まぁまぁ、誰でも過去はあるからさ。今はこのとおり真人間になったし?」
「言うほど真人間かなぁ……」
「何だとコラァー! ケンジこそいつまでもミオ姉頼みで出世できると思うなよ?」
「出世とかべつにいいけど……澪姉とはいつまでも一緒にいたいかな」
献慈は自分がとんちんかんな問答をしていることに気づいていなかった。
「オマエさぁ……」
「な、何で睨むんだよ……」
「カミーユは最近ケンジ君が構ってくれないので淋しいのですよ」
ライナーの冷やかしがカミーユを活気づかせる。
「はぁ!? 誰もそんなこと言ってねーし! ケンジなんかいなくても新しいおもちゃ手に入れましたんで! ちっとも淋しくありませんねぇ!」
「(それって絵馬のことだよな……)真人間どこ行ったよ……」
「もぉー、みんなおとなしくしなさーい。そろそろ宿屋に着きますからねー」
澪の一喝で場は一旦収まったかに思えた。
「ミオ姉、お母さんみたい」
「いや、引率の先生だろ」
なおも無駄口を叩く約二名だったが、澪の眼光一つで黙らされた。




