第87話 打ち下ろされた剛剣
再会を祝して、両児がささやかな一席を設けてくれた。同じテーブルに献慈と澪が、隣のテーブルにはライナーと無憂がつく。
「某どもまでお相伴にあずかり、誠にかたじけない」
「なぁに、恩人のお仲間とあっちゃあ無下にするわけにもいくめぇ。酒でも料理でも好きに追加してくんな。ささ、姐さん方も遠慮せずに」
「それじゃ、お言葉に甘えて――」
言質を得たとばかりに澪が頬を緩ませた。それでも人並みの慎みは持ち合わせているので、飲み物とデザートを一品ずつ追加するにとどめる。
「どうだい? ウスクーブ名物〝かーとぅる〟のお味は」
「ふわふわとしっとりがお口の中で溶け合って……はぐっ……んふぉいひぃ~」
銘菓かーとぅる――薄切りの羊羹をカステラで挟んだお菓子――を口いっぱいに頬張る澪を見て、両児が破顔する。
「ハハッ、姐さんは相変わらずだなぁ。兄さんのほうは……何があったかは知らねぇが、グッと男の顔つきになった気がしますぜ」
「恐縮です。でも、まだ烈士としては駆け出しもいいところですから」
「こりゃまた謙虚だねぇ。未来の英雄好漢の初仕事があっしの依頼たぁ光栄だ」
献慈を持ち上げつつ、両児は店の奥へ手招きする。
「こっちだ、子嵐」
「そない急かさんでもや」
書類を手にやって来たのは鬼人の少年――といっても実年齢は両児とそう変わらないだろう――組合受付の葉子嵐だ。
「すまねぇな。兄さん方に仕事の段取りを教えてやりたくてよ」
「千代田屋も妙なとこ世話焼きやな。嫁はんほったらかしにしとってからに」
「何でぇ、おめぇだって妹とろくすっぽ会ってやがらねぇくせによ」
顔を合わせれば憎まれ口を叩き合う男二人を、澪がニマニマと眺めていた。
(何考えて……いや、訊いちゃいけない気がする……)
「ぼくのことはええねん。兄ちゃんら旧都に届けモン任すねやろ? ついでやし、泊まるとこ紹介したったらどないや? うってつけのが宿あるやんか」
子嵐の提案を突っぱねるでもなく、だが気まずそうに両児は顔を背ける。
「旧都に、よ……知り合いがやってる〝ゆめみかん〟ってぇ宿があるんだが……」
*
一行はウスクーブを南下、また別の天狗渡を抜けてオキツ島へたどり着く。
斜面の下を流れる小川のほとりに、凶悪な相貌の類人猿たちが陣取っていた。シカの死体から臓物をかき出し口に運んでいる。
樹上から絵馬が注意を促す。
「あれはエンコウですね。見つからずに進むのは困難と思われます」
「私と、もう一人いれば充分かな?」と、澪。
標的は濃い体毛のせいで打撃が通りづらい。有効となる人選は限られる。
「某が参ろう」
「あたしが援護しますぅ~」
無憂とカミーユがともに斜面を駆け下りる。
「〈銀扇の孔雀〉!」
召喚。銀翼を広げた霊鳥が敵の頭上からカミソリのごとき羽根をばら撒いた。耳障りな悲鳴を上げるエンコウの群れへ、前衛の二人が肉薄する。
「挟撃いたそう」
無憂の手中で五鈷杵が変形、直剣が唸りを上げ血飛沫が舞い散った。
「私も……くっ! 何なの!?」
競うように澪も刀を振るうが、動きが精彩を欠いている。エンコウの長い腕が間合いを狂わせているのだ。
「(余計な手出しかもしれないけど)――〈律波〉!」
杖先から撃ち出した緑風が、澪を取り囲む亜人たちの一体を掠めた。傷を負わすには至らずとも注意を逸らすことには成功する。
「澪姉! 小手!」
「そっか……〈颱翻〉!」
三日月が閃く。自慢の長腕を落とされた敵になすすべはない。猿猴が月だ。
「(もう心配ないな)行きましょう、ライナーさん」
「……待ってください」
いずこからか聞こえてくるエンコウの鳴き声。規則的なリズムと抑揚を持って発せられている。
「これは……呪文!?」
「カミーユ! 二時の方角です!」
茂みから跳び出した猿面の妖術士が――〈飛礫〉――魔法の石つぶてを機関銃のように放つ。
カミーユは怯まず祭印を取る。
「撥ね返せ!」
〈銀扇の孔雀〉が尾羽根を広げた瞬間、敵は自ら放った術をそっくり浴びて吹き飛ばされる。
そこへ絵馬の追撃。
「油断大敵!」
両手の戦輪が翻る。標的は無残にも輪切りの肉塊となり果てた。
互いに駆け寄るカミーユと絵馬。友情のハイタッチ――になるかと思われたが、
「おい待て。『油断大敵』って何だ?」
「そのままの意味ですが? まだ手を止める段階ではなかったはずです」
「オマエがしゃしゃり出て来るから任せてやったんだろが!」
「ハアァ!? 何だでおめぇ! 尻拭いさっぢでかづげでんでねぇぞぃ!」
「チッ……うっせーなー、ピーチクパーチクよォ!」
「うっづぁしのはおめぇのほだべしたぁ!」
お約束の口論が始まる。すでに日常の風景と化しているので誰も気に留めない。
澪と無憂も残敵の処理を終えていた。そこへ献慈とライナーも合流し、全員が揃った時だった。
「…………アァ……ァ――」
不意に遠くから、雄叫びにも似た声がした。ライナーの耳がいち早くその正体を聞き分ける。
「人の声ですね」
「うむ。ここまで届かせるには相当な練功を積んでいるはず」
俄然、無憂が崖の方へと躍り出る。間を置かず澪までが後に続いたため、必然的に献慈も追わざるをえなくなる。
「え!? そっち……崖……」
「手、握っててあげる」
「あっ、ありがと(情けない……)」
へっぴり腰で崖下を窺う。小川のほとりにひしめく魔物の群れを、たった二人の男女が相手取っている。
「あちらが女性は水虎でござるな」
一人は鉤爪を装着したネコ科の獣人だった。軽やかな身ごなしで、群がるエンコウたちの頸を、まるで花でも摘み取るかのように斬り裂いて回る。
対象的に、泰然と構えたもう一人の佇まいがライナーの目を引いていた。
「南方の戦士でしょうか? ですがあの構えは……」
濃い褐色の肌、身の丈は無憂をも上回る大兵。分厚い直刀を八相に付け、遠間に対峙するは雷獣・ヌエだ。
「アチャアアアァ――――ッ!!」
耳をつんざく絶叫。疾風のごとき踏み込みから打ち下ろされた剛剣が、巨獣の頭蓋を叩き割った。
澪がはっと目を見張る。
「巳九尼流……!」
「あの剣術の名にござるか。これまた天晴」
無憂をしてそう言わしめるからには一角の剣豪に違いない。それほどの烈士――献慈の〝眼〟は戒指を見逃さなかった――が今この地にいる理由はおそらく――。
「澪姉……」
「うん……あんな強い人たちもヨハネスの討伐に名乗りを上げてるかもしれないんだよね」
気を引き締めて臨まねばならない。結果がどう転ぶにせよ、すべては旧都へ到着してからの話だ。




