第86話 烈士稼業のいろは
〝文兎楼〟の二階ラウンジ。ソファには澪と献慈、向かいにはライナーが座る。
「――以上の流れになります。どんな依頼であれ、受付と依頼人への報告は烈士の義務ですから忘れずに」
烈士の仕事手順を、教わったとおり書き記していく。
「はい。きっちり憶えます」
ふたりが手にした手帳とペンはお揃いで、澪はネコ、献慈はウサギ、それぞれ生まれ月の守護獣をモチーフとしたシリーズものだ。都会の若者に人気のファンシーグッズである。
「それでは一つテストしましょう――烈士にとって一番大切な心がけは?」
「義理と人情!」
澪の即答にライナーは相好を崩した。
「人情……も無視できませんが、この場合は義理ですね」
「約束を守って、受けた恩に報いる、ってことですよね」
献慈が付け加える。
「ええ。道義を欠いては烈士とてならず者と変わりがない。組合の存在が各国で容認されているのも、普段からの信用の積み重ねがあってこそですから」
「……肝に銘じておきます」
澪の神妙な反応には察しがつく。それはすでにカミーユやライナーも知る事実である。
「母君のことを気になさっているのですか?」
「うん……お母さんのことは誇りに思ってるけど、あちこちで余計な諍いを起こしてたのも本当だから」
澪の母・美法は、弱きを助け強きをくじくを信条としていた。わずかでも仁義にもとる行為とあらば、一切の譲歩を許さなかった。そのため権力者に恨みを買い、命を狙われることもしばしばだった。
(襲い来る刺客をことごとく返り討ちにした〝太刀花の君〟……か)
その苛烈な生き様は烈士たちの尊敬を集めつつ、一方で烈士の理想にあらざるべき姿として戒めともなっていたのだ。
「若気の至りだって、お母さん反省してた。今でも良く思わない者もいるだろうから吹聴して回らないよう釘を刺されてたの」
「ええ。ミオさんが黙っていた理由も今ならば理解できますよ」
話題が落ち着いた頃、廊下の角から無憂がふらりと現れる。
「おはよう、ライナー殿。若いおふたりも」
髪をかき上げ、眠たげな眼差しを向けていた。
さり気なく身に着けた女物の小袖と簪が、洒脱な男の色気を一層引き立てる。さながら傾奇者といった風情だが、その入手先について突っ込むのは無粋であろう。
「これはムウさん。明け方までのフィールドワーク、おつかれさまです」
皮肉めいたライナーの挨拶に、無憂は白い歯を見せて笑う。
「ライナー殿も人が悪い。貴殿がご贔屓を連れ出してしまったゆえ、某が残り三人を相手……」
「おっと、そこまでですよ」
「これはすまぬ。そういえば絵馬の姿が見えぬが」
「彼女ならカミーユとショッピングに出かけましたよ」
ライナーが言づけを伝えると、無憂は了解の意を示した。
「調査を名目に連日服屋巡りとは。職権濫用でござるな」
「貴方も人のことは言えないでしょう?」
「ハハ……これは一本取られた。貴殿らはこの後は仕事かな?」
「ええ。せっかくですので行き先の同じ依頼がないか確認しに行こうと思います」
引き続きオキツ島へ通じる天狗渡を使わせてもらえることになった。移動ついでに護衛や輸送依頼を受けるのは烈士の常識だ。
「うむ。烈士稼業のいろは、某も見学させていただくとしよう」
三人の烈士に続き、無憂も階下へと向かう。
正午前。酒場にガラの悪い男たちがたむろする、おなじみの光景。
「ボウズぅ……見たところオメェさん駆け出しだなァ?」
酒の匂いをプンプンさせた男が献慈に絡んできた。すかさず澪が睨みを利かすも、まだ気づく様子はない。
だがすぐ後ろから堂々たる偉丈夫が姿を見せた途端、男は態度を一変させた。
「こっ、これからも仕事頑張るんだぜっ!」
(行っちゃった……)
「見かけによらず優しい御仁でござったな」
(無憂さん……わかってて言ってない?)
以後何事もなく掲示板の前へ到着する。コルク板にピン止めされた書面の内容を、左右に分かれて一つずつ確かめていく。
「日程に余裕はできたけど、長引く仕事は避けたほうが無難だな」
「うん。旧都までの届け物とかあればいいんだけど……」
澪が何気なく発した矢先、
「旧都だって?」
掲示板の向こう側から声がかかった。
男性の、聞き憶えのある声にはっとして回り込む。
「両児さん……!?」
「こりゃ奇遇だ! 澪姐さんに、献慈兄さんまで!」
千代田両児――ウスクーブに店を持つ彼がここにいるのは意外ではない。
むしろ献慈たちこそである。本来ならば御子封じを終えて帰路についているはずが、あろうことか烈士に転身し旅を続けているのだから。




