第84話 おしゃれなミルクホール
肥沃な土壌のもと農業と農学による発展を遂げた大都市・ウスクーブ。
近代建築物が建ち並ぶ街並みを、詰襟の書生やセーラー服姿の女学生が行き交っている。
おしゃれなミルクホールに集う若者たちの中に、献慈と澪もいた。
「もぐもぐ……」
「……どんな感じ?」
テーブルに置かれた帝国製の陶磁器には、一口大のトリュフチョコレートがいくつも積まれている。
「……ぅっ……ふえぇ……」
(なっ……泣いてる……っ!!)
「へぐっ……ふ、ふごく……おいひぃ……」
「お、美味しいんだ……よかったね」
献慈はひとまず胸を撫で下ろす。澪は滂沱の涙を流し、うんうんとしきりにうなずき返していた。
「ずるいぃ……ずるいよぉ、献慈ぃ! こんな美味しいお菓子しょっちゅう食べてたとかぁっ! こっ……もぐもぐ……こんなにっ、甘くてぇ、外側がパリッとしてて……んぐ、まろやかで、中がトロ~ってしてて……はむっ……ちょっと苦いけど香ばしくてぇ、甘くて……むほぉぃしいのにぃ!」
「うん。わかるよ。すごく美味しいよね」
「献慈も……グスッ、もっと食べて? 一緒に食べようって話だったでしょ?」
澪は涙と鼻水だらけの顔を拭いつつ、献慈にもチョコを勧めてくる。
「一緒に……そんな約束したっけ?」
「約束まではいかないけど、でも言った! 私言ったからね? チョコ一緒に食べようって! 献慈はそうやってすぐ忘れるからぁ……」
「ごめん。でもさ――」
「あ、話逸らした」
「ち、違うって。澪姉、本当はカミーユや絵馬さんと洋服見て回りたかったんじゃないかなーって思って」
変わらず袴姿の澪だが、新調したての上衣はモダンな柄を染め出した銘仙である。とても似合っているし、不満があるわけではない。
「……献慈は私といるのイヤなの?」
「そんなことないよ! そういう意味じゃ……なくてさ」
「じゃなくて?」
(澪姉こそ、どうなんだ? 俺なんかと一緒で……)
無意識にサスペンダーをいじくる自分に気づく。下ろしたての立襟シャツとズボンも合わせて、澪がウッキウキでコーディネートしてくれた洋服だ。
「もしかして、私のお洋服姿見たかったとか?」
「ん……たしかに。それは見てみたいな」
はにかんで見つめる澪の表情が一層輝く。
「献慈、今言ったね? 言ったよね? 今度はちゃんと憶えといてね?」
「あっ、うん。楽しみにしてるよ」
「わかった。待っててね、可愛いお洋服着れるように〝だいえっと〟するから……明日から」
再び勢いよくチョコを頬張りだす澪を見て、献慈は気長に待つ決意を固めた。




