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第8話 相案明伝(ソウアンメイデン)

 夕食後、(けん)()(おお)曽根(そね)の書斎へ招かれた。

 座椅子と文机の置かれた八畳ほどの和室。本棚にはさまざまな書物がひしめいている。


「乱読もいいところさ。だがマレビトやユードナシアに心当たりがついたのはそのおかげもある」


 座布団が二つ、促されるまま対座する。


「献慈君、ずっと言おうと思っていたんだが……」

(まっ、まさか……娘さんに失礼を働いたとか何とかで咎められるのでは……!?)

「脚を崩してもらって構わないからね」

「……は、はい」


 献慈は言われたとおり控えめにあぐらを組んだ。


「堅苦しい話は無しだよ。それと……先に謝っておかねばならない。わたしはマレビトを……君を、故郷に帰すすべを知っているわけではないんだ」

「……そう……ですか」


 言うべき言葉が見つからない。事の重大さを飲み込むには実感が追いついていないのもある。


「あるいは村の外へ手がかりを探しに出るという道もある。ただその前に、この世界について君が知りたいことや知っておくべきことはあるだろうからね。そのための協力は惜しまないつもりだよ」

「ありがとう……ございます」

「すまない。いささか性急すぎたようだ」

「いえ、かえって気持ちの切り替えがつきました。それよりもマレビトについて書かれているという本ですが――」


 献慈の求めに応じ、本が差し出される。


「この本だ」

「タイトルは……『(おう)()周辺の少数種族』ですか」

「うん――ん? 何だって?」

「あれ、違ってました?」

「そうじゃない。君は(かん)字を……いや、こちらの文字を読めるのか?」


 大曽根が目を丸くする理由が献慈にはわからなかった。

 確かに初めて見る文字ではあったが、それ以前にお互いの言葉が通じ合っているではないか、と。


「読めるというか……翻訳魔法みたいなのが働いているのではないかと」

「『相案明伝(ソウアンメイデン)』のことか。そうだな、これは魔法というより自然現象に近いだろうが」


 『相案明伝』――今からおよそ百三十年前、ある時を境に前触れもなく世界を覆った相互翻訳現象の名だ。

 仮に何者かが行った魔術の結果だとして、それには大がかりな儀式が必要となるはずだが、そういった痕跡は見つかっていない。


「先に言うべきだったな。『明伝』が訳するのは〝話し言葉だけ〟だ。つまり――」

「〝これ〟は俺自身の……いや、マレビトの……?」

「わからない。だが読めるのならば話は早い。その少し後のページだ」


 文面にはこうあった。


「『一説によれば、マレビトは霊脈を通じて現世に表出する』――」


 霊脈とは大地に網の目のごとく張り巡らされた霊的エネルギーの流れをいう。人体に置き換えるとちょうど血管のようなものである。


「もしかして、先ほどおっしゃっていた『この辺りの土地柄』というのは……」

「ああ。このワツリ村の中心となる神社、とりわけ鎮守の森がある辺りは霊脈が最も密集している部分にあたるんだ」


 献慈が(みお)と出会った泉のほとりこそ、鎮守の森に隣接した人工林の中心地であった。


 ワツリ村の氏神・(おお)()(ぐし)()(めの)(かみ)は水神であり、氏子たちには自然の水場を神聖視する者も多い。

 かといって、さすがに別の世界から人間が湧いて来ようとは夢にも思うまい。


「俺のこと、村の人には話してあるんでしょうか?」

「さっき村長たちには伝えたよ。『行き倒れの若者をうちで預かることになった』とだけね」


 マレビトであることを伏せたのは、無用な混乱を招かぬための配慮だろう。理由はどうあれ、献慈にとってもそのほうが都合はいい。


「素性を明かすかどうかは様子を見つつ考えればいいさ。前にも似たようなことがあったし、わたしも村のみんなもこういうのには慣れっこだ」

「(前にも……?)そ、そうですか」

「ほかにも知りたいことはあるだろうが……今日はもう遅いからね」


 大曽根の言葉を引き継いだのは、


「うん! お風呂沸いてるから、お先にどうぞ」


 廊下からひょっこりと顔を出した澪であった。


「いいんですか?」

「もちろんだとも。君はお客さんだろう」

「それでは、お言葉に甘えて」

「澪、せっかくだから案内してあげるといい」

「はぁい」

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