第77話 聞き分けのない子どもたち
〝莫迦丸亭〟の二階ラウンジ。険しい面持ちで腕組みをする大曽根臣幸を四人が取り囲んでいた。
献慈はきっぱりと表明する。
「話は今娘さんが述べられたとおりです。俺たちはヨハネスを倒しにオキツ島へ渡ります」
本島・ナカツ島より南西のオキツ島でヨハネスが目撃され、対策本部は早くも現地へと移されていた。対象の位置が特定でき次第、討伐作戦は開始される。
烈士組合の試算によれば、その時期は一ヵ月以内と見られていた。
「君たちは、自分たちのしようとしていることが見えているのかね?」
大曽根が厳かに問いかけた。これにはライナーが答える。
「はい。正面から挑んだのでは万に一つの勝機もないでしょう」
ヨハネスはあの時、あえて全員にとどめを刺さずに去った。救護に人員を割かせて追跡を遅らせる意図があったのは疑いない。
問題はあの人数を相手に手加減できるだけの実力差だ。
「鍵となるのは相手の再生速度を突破できる攻撃力と、少なくとも一撃を耐え抜ける防御力です。ミオさんの剣術に僕の呪楽が加わればそれらは両立が可能です。ヨハネスの戦力にもかろうじて拮抗できると僕は見ています」
ここへ及んでライナーもまた烈士にあるべきしたたかさを備えた人物であることを実感させた。その実、娘の復讐を手伝ってやるから自分を連れて行けと言っているに等しいのだ。
「かろうじて拮抗できる、だと?」
大曽根の顔つきがより厳しさを増す。
重々しい空気に耐えかねてか、澪が口を開きかけたが、
「聞いて、お父さん」
「待ってくれ」献慈がそれを制した。「今回の件、言い出しっぺは俺だ。だから俺が言う」
「どういうことだね? 献慈君」
大曽根は真っ直ぐにこちらを見据えていた。
対する献慈もまた、目を逸らすことなく応える。
「お父さん、貴方も俺たちと一緒に戦いましょう」
「……わたしがか?」
「貴方が戦力として加わることで五分から優位に立てます。それに貴方自身、奴を討つべき理由は俺たち以上にあるはずでしょう?」
「なるほどな……いかにも若者たちが考えそうなことではある」
大曽根は相好を崩し、やおら椅子から立ち上がった。その様子に期待の眼差しが注がれた。
「わたしは行こう、ヨハネスを討ちに――腕利きの一等烈士たちを募ってな」
大曽根の口から出た言葉に皆、色を失った。
澪は肩を震わせ、絞り出すような声で訴えかける。
「お父さん……どうして……?」
「どうして? 自分たちで言ったことを忘れたのか? わたしには妻の仇を討つ理由がある。そして協力を得るならば、君たちよりも実力ある者に頼んだほうが確実というものだろう? ――さあ、こちらへ」
大曽根の一声で柱の陰から男が姿を現す。
「よぅ、お邪魔するぜぇ」
小脇にクリップボードを抱えたシグヴァルドが近づいて来た。軽薄な笑みはそのままに書類を数枚、大曽根へ手渡す。
「連絡がつきそうな一等連中の名簿だ。オジサマのご希望に添えるといいんだが」
「いや、充分だよ。さて……澪と献慈君は帰り支度のほうは済ませたかな?」
背を向ける大曽根に、献慈がかける言葉はただ一つだった。
「俺たちはまだ帰りません」
「……聞き分けのない子どもたちだな」
「まだ用件が済んでませんから。貴方の目的は俺たちと……澪姉と同じだ。一緒に来ない理由がない」
「わたしの話を聞いていたのかね?」
無論です、と献慈は強くうなずいた。
「ヨハネスが斃されさえすればいいなら、初めから腕利きたちに一任したほうが確実のはず。にもかかわらず貴方は自ら『討つ』と言いました。それは俺や澪姉の決意と少しも変わらない。もう一度言います。貴方は俺たちとともに戦うべきだ」
頑として譲らない献慈を前に、大曽根は「んん」と低く唸った。次いで娘の方へ顔を向ける。
「……澪、お前は?」
「お父さん……憶えてる? 力は所詮、力だって」
「……美法の言葉か」
「強さってのは力じゃない、意志なんだ、って……今さらだけど私、わかった気がする。だからね、お父さん……私、引っ張ってでも連れて行くからね?」
三者ともその場に対峙したまま、いずれも動こうとはしない。
五秒、十秒と時が過ぎゆく中、ふと輪の外でシグヴァルドが笑いを漏らす。
「ククッ……もうその辺でいいんじゃあねぇのか? オ・ジ・サ・マ」




