第75話 ワガママ
「私は…………行かない」
「…………そっか。……二人は、どうする?」
返事は、ない。
「……わかった。ならせめて隊に志願する方法だけでも教えてほしい。俺には治癒の力もあるから、前線は無理でも末席ぐらいには加えてもらえるかもしれない。何だったら囮役だって引き受けるつもりだよ」
「アンタさ……正気?」
カミーユの呆れ顔も見慣れたものだ。
「どうかな。でも誰も行かないなら俺ひとりだって行くしかないだろ?」
「そんなことできると思ってる? 今のアンタは烈士ですらない素人なんだよ? 相手にされるわけないって」
もっともだ。そして、それが正しいと認めたうえで突き進む道もある。
「できるとかできないとかの問題じゃない。澪姉がやれないなら俺が示すしかないんだ。迷ってよそ見したって、悩んで立ち止まったって、最後には前に進んで行くしかないんだってこと」
「……ホントにバカだな、ケンジは」
「うん。自覚してる」
「だけど――気に入った」
一転カミーユは破顔して、その小さな拳を献慈の胸に突きつけた。
「あたしは行く。ドナーシュタールとかもう関係ない。勇者だか何だか知らないけど、ああまでコケにされて黙ってられるかってんだ。今度会ったら、あのクソ野郎の鼻の穴にシルフィードとダブルで中指突っ込んで成仏させてやる!」
「ハハ……カミーユらしいな。でも……ありがとう」
「アンタのためじゃないっての。――さぁて、このままだとケンジとあたしの二人旅が始まっちゃうわけだけど……いいのかなぁ?」
カミーユが挑発を向ける相手は、澪。
「……行かないって……言ってるじゃない」
「まだ言うかよ……ケンジは――」
詰め寄るカミーユへ、逆に澪が食ってかかる。
「献慈のことォ!! 危ない目に遭わせちゃったの、私だからッ!! それなのに……平気な顔して、旅を続けたいとか、お母さんの仇を討ちたいだとか! 今さらそんなワガママ言えるはずないじゃない!!」
「あぁ!? それこそテメェのワガママだろうがよ! コイツの気持ち、少しでも考えたことあんのか!? おぉぅ!?」
「……献慈、の……?」
「コイツはな、テメェにそんなメソメソしてほしくて生き返ったわけじゃねぇんだよ! 自分が死んだら、ミオ姉はずっと罪の意識に囚われるから……何を差し置いてもミオ姉んとこに帰って来るって……」
「そんなの……カミーユの想像でしょ!?」
「想像じゃねっつんだよ! ケンジはっ……」
カミーユは一旦献慈を見やった後、意を決したように澪の方へ向き直って言葉を継いだ。
「マレビトには、帰れる場所なんか無いんだよ! ユードナシアから無理矢理写し取られて、たまたまトゥーラモンドに現れただけの因果の迷い子だから! 帰りたくったって帰れない! それでも自分で選んで、決心して、アンタんとこまで戻って来たんだよ!!」
「……っ……!?」
澪は献慈とカミーユを交互に見つつ絶句する。
驚いたのは当の献慈も同じである。
「カミーユ……どうしてそのこと……」
「『澪姉こそが俺の太陽なんだ』ぁあああ――ァッ!!」
「うわぁあああぁ――ッ!! だから何で知ってるのォ――ッ!?」
羞恥に身を震わす献慈に、カミーユはうんざりした様子で打ち明けた。
「はぁ……あたしがシルフィードとつながってること忘れんなっての。聞こえたのはケンジの声だけだったけど、あの世で誰かと話してたよね? 『ひぎいぃーっ』とか『んぉほおーっ』とか変な声出したりしてさ」
「でぇっ!? あ、あれは、その……」
献慈が弁解を始めるが早いか、色めき立つ澪がカミーユを問い詰める。
「誰かって、誰よ!? 女!? 男!? どんな関係なのっ!?」
「さぁ? そこのスケベ野郎にでも訊くといいよ? あたしゃ知ーらね」
さんざん場をかき回した挙げ句、カミーユはそそくさと部屋を後にした。
次いで、途中から置き物と化していたライナーも席を立つ。
「今さら言えた義理ではないですが……ミオさん、どうか自分にとって一番大切なものだけは見失わぬよう。目的のために他人を利用するのは何も僕に限ったことではない。貴方もまた僕を利用したって構わないのですから」
静かに部屋のドアが閉まる。
ふたりだけが残された。




