第73話 復帰戦
ナコイ港の倉庫街にただならぬ気配が漂っていた。
「この中にいるってのか?」
「はい。そうっす」
不良集団〝六多頭倶楽部〟の元ヘッド、今は港で人足をしている鳩野貴太郎が此度の依頼人だ。
道で知り合ったシグヴァルドに案内され、烈士組合を訪れたのは二十分ほど前の出来事であった。
「倉庫に潜む亡霊退治、お誂え向きの復帰戦ですね」
ライナーが抱えるのは修理中の愛器に代わるギターである。貸し主の献慈も杖を携えての参戦だ。
「すいません。わがまま言って付いて来てしまって」
「マジで足引っ張んなよ、ケンジ」
カミーユは機嫌の悪さを隠そうともしない。原因ははっきりしている。
「俺はカミーユが心配で来たんだけどな……」
「あっちのクズ野郎のことならもう気にしてないし。あたしも一応プロなんで。仕事に私情私怨持ち込んだりしないから」
「(思いっきり『クズ野郎』言ってるんだけど……)それもあるけど、しばらくシルフィード呼び出せないんだろ? 俺のために無茶させたせいで」
事実、献慈の命をつなぎ留め続けたシルフィードの疲弊は相当で、復帰までには少なくともあと数日は要するだろう。
「アンタが責任感じる必要ないから。あの子だって納得してる……ホラ、よそ見してないで。烈士のお仕事体験するんでしょ?」
そうこうしている間に倉庫の錠前は外され、貴太郎とシグヴァルドの手で重々しく鉄扉が開かれる。
「ここはオレとお兄ちゃんで見張っといてやるからよ。好きに暴れて来な」
シグヴァルドたちを入り口に残し、三人は前進を開始した。
「打ち合わせどおり行きましょう――慎重かつ迅速に」
ライナーの紡ぎ出す〈聖者の光鎧〉が守りを固める。ギターが魔導具ではない分、奏手の消耗は激しい。
カミーユも同様、シルフィード不在による霊力低下は無視できない。
そうなれば、短期決戦の要となるのは献慈の立ち回りだ。
(まず敵を見つけないことには……)
「いたよ!」
倉庫の中ほどに達した所でカミーユが声を上げる。
資材の陰に蠢くのは、死体の姿を真似て実体化する亡霊・アヤカシだ。海難事故の現場での遭遇例が多い魔物だが、稀に積み荷などに紛れて港に入り込むことがある。
「同時に仕掛けよう」
「りょーかい」
献慈は杖を、カミーユはダガーを構え、挟撃をかけようとした間際。
「ギョウォワアァァ――ッ!!」
ブラックメタルのボーカルばりの金切り声が耳を劈く。怯む献慈へ突進をかけて来たのは、鬼人族の亡骸を模した巨体であった。
崩れた資材で味方は分断されている。
「クッ……このまま俺が引きつける!」
大振りな攻撃を見極め、敵の脇腹へと杖を叩き込む。
(何だ!? この手応え……)
風呂水をかき回すような感触に献慈は得心する。外観だけを真似た敵の肉体は半ば霊体も同然で、物質としての密度は希薄な状態にあったのだ。
一方でカミーユも黙ってはいない。
「応えよ――〈琥珀の大鴉〉!」
祭印に呼応し現れたのは、黄褐色に透き通る鳥型の精霊だった。大鴉はカミーユの両肩をつまみ上げ、障害物の上を滑空し敵を背後から急襲する。
「待たせたな!」
頭上から〈琥珀の大鴉〉が高らかな啼鳴が浴びせかける。その波動は撞木が釣り鐘を打ち鳴らすがごとく、アヤカシの体を小刻みに震動させていた。
(共振している……?)
振り向く隙は与えない。飛び降りざまにカミーユがダガーを一閃させると、アヤカシの背中から黒い飛沫が噴き上がった。
「とりあえず半熟ってとこ?」
「上出来!」
敵の喉元へ突きを見舞う。巨体がぐらりと揺れ、予想に違わぬ抵抗感が献慈の手の内へ返ってくる。アヤカシの肉体は〈定着化〉に類する作用で凝縮させられていたのだ。
追撃の好機。ライナーが満を持しての〈戦歌〉を開放する。
「ケンジ君、とどめを!」
(このまま決めてやる――)
献慈は〈ペインキル〉から抽出した清浄な光を杖先に灯らせ、木箱を踏み台に跳躍、渾身の打ち下ろしをアヤカシの脳天へ叩き込んだ。
「――〈黎明断〉ッ!!」
「ディイャアァァ――ッ!!」
霊物両面からの攻勢を受けたアヤカシの体は崩壊、黒膿となって霧散する。呪楽の後押しこそあれ、献慈自身も驚く威力であった。
(キルロイさんが開いた〝門〟……まるで流れが全部つながったような……)
「はぁ~っ、もう限界」
カミーユは待機中の〈琥珀の大鴉〉を送還、ライナーも演奏をぴたりと止めた。
「恥ずかしながら僕もです」
「二人とも、おつかれさま」
万全とは言い難い状態で的確な援護をしてくれた仲間たちに、献慈はねぎらいの言葉をかける。
「ケンジ君こそお見事でした。いつの間にあんな技を身につけたのでしょう?」
「何というか、説明が難しいんですが……それより依頼の魔物って今の一体だけですよね?」
「ほぇ?」「ふむ……」
どうやら烈士のお仕事に報連相の概念はなかったようだ。
(誰も確認してない! 俺も人のこと言えないけど……ん?)
「うぉおおぃ!! こっちィいい――っ!!」
貴太郎の声が異変を知らせる。扉のすぐ内側、不定形の影が人型を成そうと懸命にのたうっていた。
「もう一体いるじゃん!」
「すでに実体化を始めています!」
一も二もなく、献慈たちはまっしぐらに駆け出していた。
「シルフィ――」言いかけたカミーユがはっと口をつぐむ。「むぐぐ……」
「シグヴァルドさん! そこから離れて!」
献慈の警告に対する返事は大胆不敵、
「その必要はねぇよ――」
襲い来る影めがけ打ち出されたシグヴァルドの縦拳。
「――〈熱破衝〉ッ!!」
「ギョワ――ッ」
アヤカシは金色の陽炎に巻かれ跡形もなく消し飛んでいた。
「サービス出勤だぜ」
シグヴァルドは涼しげな顔で親指を立ててみせた。
次話へのつなぎ
【番外編】第73.5話 言い訳
https://ncode.syosetu.com/n0952hz/19/




