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マレビト来たりてヘヴィメタる!〈鋼鉄レトロモダン活劇〉  作者: 真野魚尾
第五章 しるし

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第70話 唐変木

 一週間も眠っていた。

 医者の話では冬眠に近い状態だったそうだ。ともかく、目覚めた時(けん)()は港町ナコイの宿酒場の一室にいた。


(〝裏側〟で川を遡ってる間、〝表側〟では川を下っていたなんて……冗談みたいな話だ)


 ワツリ村から(みお)の父・(おお)曽根(そね)臣幸(おみゆき)を呼び迎え、蘇生術を施してもらったのが決め手となった。

 裏と表、両面から救いの手を差し伸べられて、献慈は今ここにいる。


(……みんなには感謝してもしきれないな)


 窓から吹く爽やかな風がカーテンを揺らした。午前の陽射しに暖められた空気が、頬に残った涙の跡を優しく撫でる。

 ドアをノックする音。澪が戻って来たのだろうか。


「(ずいぶん早いな)どうぞ」

「失礼しますよ」


 訪れたのはライナーだった。後ろには見憶えのある魔人族の男女を連れている。

 献慈はベッドに座ったまま、一礼して彼らを迎え入れた。


「あぁ……皆さん」

「すまねぇな、可愛い子ちゃん。病み上がりにゾロゾロ押しかけちまってよ」


 日に焼けた銀髪の男性――シグヴァルド・ユングベリは、寝台脇のチェストにそっと花瓶を置いた。たくましい体格に〝莫迦(ばか)丸亭(まるてい)〟の店名入りエプロンが、妙に板に付いて見える。


「いえ、俺のほうこそ。こんな形で戻って来てしまって恐縮です」

「気にすんな。宿代も大曽根の親父さんから頂いてるしよ。ちなみにああいうオジサマはオレも結構タイプだぜ」

(その情報、要る……?)

「久しいな、少年。我のことは憶えておいでか?」


 眼鏡の似合うクールビューティ、ノーラ・ポッキネン。シグヴァルドを紹介してくれたナコイ中央資料館の司書である。


「もちろんです。その節はお世話になりました」

「うむ。健康そうで何よりだ」

「だな。オマエの転移術が役に立ってよかったじゃねぇか」


 献慈を町に運び込んだ直後、澪は真っ先にノーラを頼ることを思いついた。資料館で目にした空間魔術が速やかな移送を可能にしてくれると期待して。

 折よくも宿にいたシグヴァルドから連絡をつけてもらうのは自然な成り行きだった。


「転移術……!?」

「ああ。姉ちゃんと親父さん連れて村との間を往復したんだぜ」

「大変じゃなかったですか? 俺を直接転移させたほうがよかったんじゃ……」

「それも考えたが、マレビトの身体にいかなる影響を及ぼすか予想がつかぬでな」


 ノーラの言い分を、ライナーが横から補足する。


「念のため僕から情報共有を。勝手な真似をして申し訳ありません」

「とんでもない。ライナーさんには助けられっぱなしです」


 献慈の素性など、この期に及んでは瑣末事だ。そもそもライナーがいなければ、戻る肉体をあの場で失っていたのだから。


「それからお二人にも改めてお礼を言わせてください」

「ヘヘッ、可愛い子ちゃんはホント人が良いぜ。じゃ、オレはそろそろキッチンに戻るからよ。ノーラも早いとこ席で待ってな」


 そそくさと部屋をあとにするシグヴァルドに違和感を覚えていたのは、どうやら献慈だけのようである。


「キッチン……? シグヴァルドさん、酒場のほうも手伝ってるんですか?」

「いいや。あやつは元々酒場のアルバイト店員だが?」


 ノーラの口からあっさりと驚きの事実が明かされた。


(アルバイトおおぉぉォォッ!?)

「あやつも無駄に体格が良いのでな。クレーマー除けにたびたび受付を手伝わされているらしいぞ、臨時手当付きで」

「そ、そう……ですか……」

「さて、我も腹ぺこゆえこれで失礼する。また会おう、少年」


 自作の〝牡蠣フライの歌〟を口ずさみながら、ノーラは階下へと去って行った。


「…………。……ところでカミーユは今どこに?」

「さぁ? ……案外近くまで来ているのかもしれませんが」


 意味ありげに微笑むライナーの背後で、開きかけのドアから青い髪がチラチラと覗いている。


「そんなとこに隠れなくても。おーい、カミーユ」


 名を呼ばわるや、隙間の向こうで青髪がびくりと震えた。


「入って来たらどうですか?」


 ライナーがドアを開くと、カミーユは背中を向けたままこちらへと近づいて来る。


「(なぜに後ろ向き……?)ど、どうしたの?」

「……よ、よぅ……久しぶり……」

「(声ちっちゃ!)あ、うん。おかげさまですっかり元どおりだよ。カミーユは……何か声枯れてる?」

「う! ……いや、ちょっと……寝てたから……」


 やっと横顔を見せるカミーユは、なるほど瞼の辺りが心持ち腫れぼったい。


「そっか。俺もさっきまで寝てたし、意外と気が合うよなぁ」

「……! またオマエは……懲りずに呑気なことほざきやがって……!」

「え……ご、ごめん! 冗談のつもりで――」


 弁解は成らなかった。カミーユはやにわに布団を引っ掴み、献慈の頭へと覆い被せる。


「――おぅっ!?」

「この唐変木ぅ! オマエがどんだけあた……みんなに、心配かけたと……」


 布団越しに浴びせられる罵声。のしかかる小さな体。


「それは……ごめん。反省してる。謝る……よ」

「ったり前だぁ! ケンジが倒れてからミオ姉ずっと泣きっぱなしで、パニック起こしたり、突然おかしなこと口走ったりして……だからあたし、しっかりしないとって、いろいろ頑張って……ケンジを助けなきゃって、頑張って……それで……」


 叩きつけられる拳。それらすべてが、「帰って来た」実感を献慈にありありと抱かせてくれる。


「……うん。澪姉から聞いてる。自分が何もできない間、二人が俺のこと世話したり知恵を絞ったりしてくれたって。カミーユには派手に怒られたり、平手打ちされたりしたんだって?」

「それは……っ、少し、やりすぎたかも……だけど……」

「澪姉は怒ってなんかないよ。もちろん俺だってそんなは義理ないし。だから、ありがとう。俺がいない間、澪姉のことずっと支えてくれて」


 面と向かっては照れくさくて言えない言葉も、今ならば言えた。


「それからシルフィードのことも。俺は今こうしていられるのはカミーユが決断してくれたおかげだよ。いくら感謝してもし足りない」

「…………」

「……カミーユ?」


 返事が無くなってしばらく、押さえつけていた力が緩んでいくのを献慈は感じた。

 長い深呼吸が、心なしか震えていた。


「……寝る」

「そっか。……おやすみ」


 足音が遠ざかり、ドアが閉まる音を確認してから、献慈は被せられた布団を体からどけた。


「ライナーさん、カミーユのことどうか頼みます」

「ええ」

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