第68話 俺を照らす太陽
(何だって!? ここまで来てそんな……!)
迫り来るもう一人のマレビトを前に、献慈は己に問いかけた。
半ば死に呑み込まれつつもなお、何のために自分は生きようとするのか。
浮かんでくる。風に揺れるひまわり。橘の香り。柔肌の感触。あたたかい、春の陽射しにも似た温もり。
どこまでも愛しい、あの人の笑顔。
「俺は……この曇り空の下で立ち止まるつもりなんてない! もう一度あの青空とあたたかい光の下で堂々と生きて行くんだ! 俺を照らす太陽は……澪姉こそが俺の太陽なんだ!」
「……なっ……!?」
「俺がこのまま死んでしまったら、きっと澪姉は罪悪感に押し潰されそうになりながら、自分を責めて、責め立てて、すごく苦しむと思う。そんなの俺は耐えられない。あの人が笑顔でいるために俺が必要だっていうなら、一刻でも早くそばまで駆けつけてあげたい。もう心配いらない、もう大丈夫だよって、元気づけてあげたいんだ! だから俺は、何が何でも――」
誰へともなく、言葉が、想いが、献慈の口をついて溢れ出る。放っておけばいつまでも続きかねない情熱的な口上を、キルロイが手振り付きで制止した。
「待て待て! お前さんの気持ちはもう充分伝わった! ……ふぅ。そこまで熱くならずともすぐに送り出してやるわい……ほれ」
「……へ?」
すんなりと棒を手渡され、献慈は唖然と立ちすくんだ。
「若い者はせっかちでいかんのぅ」
キルロイは大きな倒木を片手で軽々と持ち上げる。掌上の倒木は見えない力に削られ、くり抜かれ、一艘の丸木舟に形を変えた。
ひょいと放り投げられた舟は、川べりぎりぎりに音もなく着地する。
「用意できたぞ。お前さんはあれに乗って上流まで向かうがいい」
キルロイに言われてようやく、献慈は自分が手にしているのが舟を漕ぐための櫂であることに気がついた。
「……あ……ありがとうございます。それじゃキルロイさんは初めからここに残るつもりで……?」
「マレビトは一代に一人――たしかに儂は過ちの代償としてその軛から逃れてはいる。だが同時に戻るべき肉体も失われておるのだ。献慈どのは違ってな」
(そうか……俺は何て思い違いを……)
丘を下るにつれて水音が近づいてくる。川のほとりに着いてしまえば、きっと互いの言葉さえ聞き取れなくなってしまう。
「キルロイさん……このご恩は一生忘れません」
「こちらこそ、ドウモアリガトウ。同じ境遇のお前さんと出会い、こうして言葉を交わし合えた喜びは何物にも代え難い。儂も苦心して翻訳術式を組んだ甲斐があったというものよ」
「術……え? 翻訳……」
戸惑う献慈の胸に、キルロイが掌を当てる。
「最後に儂から、ほんの手向けだ」
「何を――――んっ……!?」
霊気が流れ込む感覚。おぼつかぬ足元が定まるような、あるいは内側から身が引き締まるような鮮烈さだ。
「この傷痕…………まぁよい。それよりお前さん〝門〟が開きかけておるようだが、何ぞおかしなツボでも押されたかの?」
「ツボ?」と聞いて人懐っこい少年道士の顔が浮かぶ。「心当たりがなくもないような……」
「ふむ。物のついでだ、こじ開けておこう」
「こじ開……って、ひぎいぃ……っ!?」
電流にも似た衝撃が全身を駆け巡った。はずみで櫂を取り落とすも、気にかける余裕はない。身を捩ろうにもキルロイの手が吸い付いて離れないのだ。
「ゆくぞォ……開け、背芯の門――〈潜在能力抽出〉ッ!!」
「んぉほおおぉぉ――――ッ!!」




