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マレビト来たりてヘヴィメタる!〈鋼鉄レトロモダン活劇〉  作者: 真野魚尾
第五章 しるし

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第63話 二重契約

 マレビト。

 特別な力を持った、特別な存在。

 そんな驕りが心のどこかにあったのだとしたら。


 きっと、あったのだ。

 誰かが言ってくれたように、偶然手に入れた異能など圧倒的な暴力の前には無力に等しかった。


 それでも、力になりたかった。


澪姉(みおねえ)……」


 誰よりも大切な――大好きな人。愛しいその名を呼ぶ度に、抱えきれないほどたくさんの想いが尽きることなく溢れ出てくる。


「ごめん……」


 今頃あの人は、自分を死なせてしまった罪の意識に苦しんでいるに違いない。


「……でも」


 この想いを伝えずにおいてよかった。これ以上余計なものを背負わせずに済んだことだけは幸いだった。

 どうか自分のことはもう忘れて――


「幸せに生きてくれ……」

「本当にそうお思いでらっしゃるのですか?」

「…………え?」


 耳元で問いただす声に、献慈ははっと目を見開いた。




 天も地も、方角すらも判別不能な空間の真っ只中に、献慈は浮遊していた。


「献慈様。こちらでございます」


 親しげな女性の声。心安らぐ匂いが背中伝いに尾を引いて、献慈の正面へと回り込んできた。


「……貴方は……」


 薄絹のドレス、淡く透き通るペリドットグリーンの体。彼女こそは常にカミーユとともにいた風の精霊にほかならない。


「シルフィードさん……?」


 ラベンダー色の瞳がゆっくりとまばたきを返す。


「こうして直接言葉を交わすのは初めてでございますね」

「話して……え? 日本語……!?」


 時間差で押し寄せる驚きに、献慈の思考は右往左往する。


「ただ今わたくし、献慈様とは結合状態にございますゆえ、日本語での会話が可能となっております」

「結合……?」


 答えは一目瞭然、二人の頭頂部から伸びた髪の毛同士が、継ぎ目なくつながっていた。


「いつの間に……というか、この状況は一体……!?」

「……献慈様はご自分の身に何が起きたのか、憶えておいででしょうか」

「俺は……」


 あの凄惨な出来事、あれは夢だったのだ――元どおりになった衣服とペンダントが主張している。

 だが――


「……死んだんですね」


 献慈の胸に残る生々しい傷痕は、そんな甘い嘘を見抜いていた。


「お(いたわ)しゅうございます。ですがご安心ください。精霊であるわたくしが献慈様の霊体と結びつくことで、今は命脈を保っておりますゆえ」

「今は……か。それはもしかして、カミーユの判断で?」

「左様でございます。そして献慈様はわたくしとのつながりそのものを、この空間として認識しておられるのです」


 召喚士と精霊が交感を行う方法、それを献慈は身をもって体験しているのだ。


「俺のことはわかりました。それより澪姉は……みんなは無事なんでしょうか?」


 シルフィードは微笑を浮かべたままうなずいた。


 ヨハネスが去った後、ライナーは壊れた愛器の代わりに献慈のギターを使い、治癒の呪楽(じゅがく)――〈救済の慈雨レイン・オブ・サルヴェーション〉――を奏でた。

 あの場に放出された光と水の元素、そして天候はその高度な呪法の成立条件を満たしていた。


「みな一命を取り留めております。献慈様も肉体のほうはご無事ですが、回復しきる前に()(まか)られてしまったため、わたくしが瀬戸際でつなぎとめているのが現状でございます」

「……そうですか……」

「…………。今一度お尋ね申します。先ほどの言葉、献慈様の本心ではないのでございましょう?」


 あたたかな波動が寄せられるのを感じる。きっと献慈の心の奥底も少なからず伝わっているのだろう。


「……教えてください。みんなの、澪姉のところへ戻る方法を」


 シルフィードはそっと献慈の手を取った。


「結論から申します。現世に残る献慈様の肉体へと、あなた様ご自身を召喚なさるのです」

「召喚……? そんなことが俺にできるんでしょうか……?」

「可能かと存じます。わたくしとつながりを持った今の状態ならば」


 人が時間と空間に生きるのと同様、精霊は連綿と続く原因と結果の連続に沿ってのみ存在している。

 人の意識を介在し、因果に住まう存在を時空の上へと表出させる――それこそが召喚の本質なのだ。


「そうか……何となく糸口が掴めた気がします」

「因果を遡るための道はすでにあなた様もご存知のはず。トゥーラモンドにあまねく張り巡らされた無数の経路――」

「霊脈ですね」


 現世へ戻るには、献慈がトゥーラモンドへ渡って来た手順を召喚という形で再現する必要がある。


「はい。つきましては献慈様、わたくしと『契約』くださいませ」

「『契約』……いや、待ってください。シルフィードさんはカミーユとすでに『契約』を結んでいるのでは?」

「二重契約ということになりましょう。しかしカミーユも想定済みのはずです。わたくしも若輩とはいえ、二人ほどであれば同時契約の負担も耐えられましょう」


 シルフィードの覚悟に、こちらも生半可な気持ちで応えるようであってはならない。


「その言葉、俺は信じますから」


 シルフィードは晴れやかな面持ちでうなずいた。


「ありがとうございます。『契約』にあたっては、わたくしを定義する名前が必要となります。カミーユからはすでに『真名(マナ)』を与えられておりますゆえ、献慈様からは仮の……そう、『仮名(カナ)』を賜りたく存じます」

「急にそう言われると…………んー、何だろうな……名前……」

「あと十秒でお願いします。十、九、八……」

「えぇっ!? ちょっ、待っ……貴方の、あ、えー……な、汝の名は――――」

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