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マレビト来たりてヘヴィメタる!〈鋼鉄レトロモダン活劇〉  作者: 真野魚尾
第四章 川渡るふたり……ひとり

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第58話 闇纏う者

 逃げる刺青の男と、それを追う(けん)()たち。双方の距離は縮まらぬまま街道を外れ、森林地帯へと近づいてゆく。

 森へ逃げ込まれてはますます追跡が困難になる。危惧を募らせるも、たちまち男の足並みが鈍りだす。


(観念したのか――いや)


 男に次いで(みお)も足取りを緩めていく。最後に献慈が追いつこうとする頃には状況が飲み込めつつあった。


(何か……いる――!)


 まばらな木立の向こうから、濃密な闇を纏った気配が迫り来る。場の景色に溶け込むことを拒む〝それ〟は、周囲に溢れる生命とはあまりにもかけ離れた異質な存在であった。


「だはっ……旦那ぁ……」


 刺青の男が震える声を絞り出す。

 闇纏う者――無造作に流された白髪の奥から、真っ赤な瞳が対峙する一人ひとりを射すくめるように動いた。


「ウァ――ッ!」


 寝床で悪夢から跳び起きるにも似た、強烈で抗い難い戦慄。思わず声を上げるも、それを咎める者はこの場にはいない。


「生き残りは……お前だけか……?」


 血の気のない唇が、刺青の男に向けて掠れた声音を発していた。

 意思疎通が可能だと認識した献慈の脳が、相手を観察できるだけの余裕を取り戻す。


 寄せ集めとおぼしき衣服が、戦士然とした男の体を申し訳程度に覆っている。土気色をした肌のあちこちに走る黒いひび割れは、この世のものならざる出自を明確に主張していた。

 最後に目を引いたのは、肩口から伸びた武骨な剣の柄であった。


「……んな……所、で……」


 澪が何事かをつぶやいていたが、男たちは意に介さず。


「わ、わからねぇ……」

「……そうか。ほかに言うことはあるか?」

「ほッ……オ、オ、オレはあぁ、ア、アンタのこと喋っちゃいねえっ!! に、逃げたのは謝るけどよォ、し、潮時だったんだよぉ! お互いにぃィッ、なあぁっ!?」

「……お前の言い分にも一理あ――」


 瞬きにも満たぬ刹那の出来事――刺青の男が腰の短刀を抜き放ち、急所狙いの刺突を繰り出す。


「――うぶぅゥッ!」

「見込んだだけの業前はあったようだな」


 二指につままれた短刀が玩具のように投げ捨てられる。もう一方の手で、男が首を軽々と掴み上げられていた。


「ごっ、ごべ……いだだっ分、ガネ、ぢゃんどがえじまずがらぁーっ!」

「……お前たちが思いのほか働き者だったのは誤算というべきか。こうも早く足がつくとは」


 彼の者は(まなじり)一つ動かさず、その手を下す。


「ぼぉえぇぇぇ……っ!!」


 首筋にめりめりと五指が食い込んでいく。腕に走る黒い亀裂が(ほの)かに赤黒く、鼓動のような明滅を繰り返している。


(駄目だ……これ以上こいつに関わったら……!)


 自分たちの手に余る怪物――生存本能に根差した直感が、しきりに警告を発していた。

 献慈は喉奥から必死に声を絞り出す。


「逃げ……ぇ……よう――!!」


 澪の袖を引き寄せた手は、にべもなく振り払われる。


「ンァウ……ッ!!」

「……っ!?」

「……許さない……ヨハネエェ――ス!!」


 喉も裂けんばかりの叫びが、血を啜る捕食者へと浴びせかけられた直後だった。

 それまでこちらを気にも留めずにいた深紅の双眸が、確かな意思を持って澪へ視線を投げかける。


(『ヨハネス』――?)


 献慈は直感的に悟った。澪と彼の者とを結ぶ、浅からぬ因縁を。

 そして同時に――このまま行かせてしまっては二度と会えなくなる――澪の足が歩一歩と仇敵に近づくにつれ、献慈の予感は確信に変わってゆく。


「行っちゃ……ダメだ!!」


 なりふり構ってなどいられなかった。献慈は(じょう)を打ち捨て、体ごと澪の腰へしがみつく。


「どうして!? あいつはぁ! お母さんの――」

「知ってる!! でも……今は、ダメだ!!」

「いッ……イヤだぁ!! 離してぇッ!!」

「お願いだ……俺と一緒にいてくれ!! 澪姉ぇ――っ!!」


 献慈を拒み、荒々しく揺すられていた腰の動きが、ぴたりと止んだ。


「…………澪姉?」

「献慈…………」

「……あ。ごめん!」


 慌てて拘束を解くや、ドサリという音が耳に入る。

 はたして彼の者――ヨハネスの足下には、血を余さず吸い尽された刺青の男が微動だにせず横たわっていた。


「回りくどい策を弄した挙げ句……畢竟(ひっきょう)喰らう羽目になるか」


 にわかに(けぶ)りだす小雨の下、ヨハネスは虚ろな目を宙に揺蕩(たゆた)わせ、何者へともなく問いかける。


「オレは……どうすればいい……? 教えてくれ、ミ――」

「献慈、拾って! 走るよ!」


 澪に促され、献慈は地面から杖をすくい上げる。駆け出したふたりはお互いを見失わぬよう気にかけながら、今来た道筋を逆方向へひた走った。

★ヨハネス イメージ画像

https://kakuyomu.jp/users/mano_uwowo/news/16817330666564546689

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