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マレビト来たりてヘヴィメタる!〈鋼鉄レトロモダン活劇〉  作者: 真野魚尾
第四章 川渡るふたり……ひとり

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第57話 雇われ詩人です

 橋のたもとでは人々がござや石の上に腰を下ろし休んでいた。馬車馬などは先へ進んでいるだろうから、(けん)()たちと同じ歩きの旅人であろう。


 魔除けの道祖神の前で、(みお)が指示を出す。


「一旦解散しましょ。しばらく経ったらここに集合ね」


 それから各自小休止に入り、数分が過ぎた頃だった。


 橋の向こう側から渡って来た男が、番小屋から出て来た別の男と連絡を交わしていた。橋を守る番士なのだろう、二人とも制服姿に十手を下げている。


 男たちが不意に顔の向きを変えた。視線の先には元気にストレッチに励むカミーユと、その傍らで楽器を爪弾くライナーの姿がある。

 異国の身なりをした美男美女、どうあっても目立つのは避けられない。


「やあやあ、お嬢さん方。ご旅行ですかな?」


 帽子を脱ぎながら、番士たちがカミーユの方へ歩み寄る。


「そうね。見聞を広めに」

「ほう。そちらのハンサムボーイは彼氏さん?」

「いいえ。雇われ詩人ですわ」


 猫かぶりが甚だしいが、この無茶振りこそいつものカミーユだ。


「はい。歌でお嬢様のご機嫌取りをさせていただいております」


 調子を合わすライナーもさすがである。番士たちも二人の小芝居をすっかり信じ込んでいる様子だ。


「これは失礼。いやはや、気をつけなければいけませんなぁ。近頃は外からいらっしゃる客人も増えておりますから」

「まぁ、そうなんですか」

「先週の(トウ)()(ヨウ)でしたか、立派な剣をぶら下げた異国の戦士が向こう岸から景色を眺めていたそうで」

「景色を? お暇だったのかしら」

「峠の関所で足止めを食っていたんでしょう。今はすんなり通れますからお嬢さん方も安心しなすって結構ですよ」


 それでは良い旅を――言い残して番士たちはそれぞれの持ち場に戻って行った。


 一部始終を呑気に窺っていた献慈でさえ、今の会話が聞き流せない類いのものであると理解できた。


「ケンジ、聞いてたんでしょ? 今のオッサンの話」

「ああ。異国の戦士とか立派な剣とか、気がかりなことを言ってたな」


 ライナーが小さくうなずく。


「橋の反対側にも番小屋が見えますね。大勢で押しかけるのも何ですし、僕とカミーユで確かめて来ようと思います」

「え、今から……?」

「グズグズしてたら日暮れまでに宿場町に着けないでしょ。ホラぁ」


 カミーユは献慈の荷物の片方を奪い去る。ギターや旅先で買った〝いろいろな〟本が入っている袋だ。


「よいっしょ。じゃ、向こうで待ってるから。ケンジは後でミオ姉連れて来て」

「そ、それはいいけど俺の荷物……」

「ん? 何か見られたくないモノでも入ってるとか?」

「は、入ってないよぉぅお!? あ、アレはそういうんじゃないしぃい!?」


 ナコイの本屋で密かに入手した舶来物の写真集、題して『ムチムチお尻博覧会』――五大種族から選りすぐった当代の美女たちの(あで)姿(すがた)を余すところなく収録――はあくまで芸術写真であるというのが献慈の見解であった。


「…………。何か必死だしやめとくわ」

「そんなことないよぉ!? トゥーラモンドの文化を深く探るという学術的な欲求に基づくうんたらかんたらですのでぇえ!! どうぞどうぞ!!」

「お、おぅ……」


 困惑顔のカミーユに荷物を押しつけ、そのままライナー共々送り出す。危機から一転、逆襲に打って出た献慈の胸には確固たる自信があった。


(いつも及び腰でいるから付け込まれるんだ……堂々とすれば逆に怪しまれないはずだ……逆に!)


 それが正解かどうかはさておき、差し当たっては予定の変更を澪に告げなれければならない。


 探し始めてすぐ、献慈は番小屋近くの木陰で女性二人組と談笑中の澪を発見する。打ち解けた様子で、中年の婦人から手渡された草団子を頬張っていた。


「お嬢さんったら、本当に美味しそうに食べるんだねぇ」

「(また知らない人から食べ物を……)澪姉、ここにいたんだ」


 近づいて行った献慈に三人の注目が集まる。最初に反応を示したのは恰幅のいい中年女性であった。


「あれまぁ、小綺麗なお兄さんだこと。そうかい、こちらがお嬢さんの……」

「あぅっ……んぐ。き、急にどうしたの? 献慈」

「邪魔してごめん。カミーユたち先行ってるって伝えに来たんだ」

「何かあったの?」

「それは……」


 言い渋る献慈を、クロッシェ帽を被ったモダンガールが青い瞳で見つめる。


「お急ぎの用事なんでしょう。引き止めてしまっては悪いわ」

「そうだねぇ……それじゃお嬢さん、上手くやるんだよ」


 一言二言交わした後、献慈と澪は女性らに一礼しその場を離れた。


「何の話してたの?」

「い、いいからぁ! そっちの話が重要でしょっ!」


 それもそうか――と、献慈は事の経緯を簡潔に説明する。


「剣を……ぶら下げて……?」

「そう聞こえた。けど、それだけじゃ判断がつかないだろうから詳しく調べに行ったんじゃないかな」

「……違う」


 澪はぽつりとそう漏らしたきり、黙り込んでしまった。


「澪姉……?」

「やっぱり……もっとちゃんと話しておくべきだったかもしれない……ううん、今からでも――!」


 突如走り出した澪に、


「そんな急ぐ――ぅっ!?」


 追いすがろうとした献慈が、急停止した背中にぶち当たる。そのまま尻餅をつく間もなく草むらへと引きずり込まれていた。


「ご、ごめ……」

「シッ――!」


 差し迫った眼差しの向く先を追う。橋の下、川べりの急な崖を軽々とよじ登る、みすぼらしい風体の男がいた。


(この男……!!)


 その顔に彫られた特徴的な刺青を忘れようはずもない。盗掘者集団の伝令を任されたまま行方をくらましていた、あの男である。


「……どうする?」

「登り切ったところを捕まえよ――」


 草の上から、近間で向き合ったふたりの目の前に、毛虫が転がり落ちて来た。


「うひゃああああぁ――――っ!!」

「ぎょええええぇ――――ッ!!」


 絶叫のデュエットがこだまする中、刺青の男は崖上へと躍り出る。こちらの姿を一瞥し、ぎょっとした表情を見せるや一目散に駆け出して行く。


「ああっ! 気づかれっ……」

「逃がさない!」


 澪は直ちに男を追跡にかかる。

 さて、献慈が取るべき行動は二つに一つだ。このまま澪とともに男を追うか、応援を頼みにカミーユたちのもとへ向かうか。


(今から戻って、橋を渡って、小屋を訪ねて……駄目だ、遅すぎる!)


 澪に遅れること二秒後、献慈も逃亡者を追う決断を下していた。

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