第55話 今日はごゆっくり
鉱山町キホダトは古くからの温泉地としても知られている。山間を通る霊脈の恩恵を受けた温泉は鉱夫たちの疲れを癒やし、町の発展を支えた裏の立役者とも言えた。
献慈たち馴染みの宿〝鹿神多〟にも当然のように温泉設備が整っていた。大小六種、内風呂は檜に岩風呂、外には滝を臨む露天風呂まであり、なかなかに豪勢だ。
すっかり夜も更けた大浴場。
「先にお邪魔してますよ」
髪を手ぬぐいでまとめたライナーが湯船の中から微笑みかける。
「おつかれさまです。温泉楽しんでますね」
「はい。湯加減にはまだ慣れが必要ですが」
西洋にも温浴の習慣こそあれど、湯に浸かること自体を楽しむ趣向は珍しい。人前で裸になるにも抵抗があるのが普通だ。
謙遜してはいるが、ライナーの順応力は大したものである。
「カミーユも言ってましたよ。俺たちに会う前もライナーさん、温泉入りにワツリ村に行こうって駄々こねてたとか」
「またあの子は余計な……いえ、大袈裟に言っているだけですよ」
「だろうとは思いましたけど」
談笑を交えながら、献慈は浴槽近くの蛇口へ陣取る。体を洗い始めれば自然、鼻歌を口ずさみたくなるのが性である。
「♪~ロォーンリーイーヴ ローッケーンローオー」
「ケンジ君はレパートリーが豊富ですね。その歌はどういった意味なのでしょう? 後学のためにぜひお教え願いたいのですが」
「えっ!? 意味……ですか?」
本人が理解していないものを『相案明伝』が伝えられようはずがない。翻訳以前の問題だ。
「(やべぇ……実は英語とかよくわかんないし……)ロ、ロックンロールで長生きしよう、みたいな……?」
「長生き……ですか?」
「(このまま押し切るしか……!)えっと、ロックンロールには長生きしすぎたけど死ぬには早すぎるよっていう……何でこの部門で受賞しちゃったんだよ! みたいな波乱とかも、メタル人生には付き物だって教訓……かな?」
「何とも哲学的な命題ですね。実に興味深い……」
「そ、それよりライナーさん、今夜はお出かけの用事ではなかったですか?」
献慈は話題を逸らそうと試みた。
「ええ、夜の街へ愛を語らいに。ケンジくんがもう少し大人ならお誘いするところだったのですが」
「あ、その……俺は……」
「わかっていますよ。野暮は言いっこなしですね」
湯船から上がったライナーが体を拭き取るまでの間、献慈はこれ以上の質問が飛んでこないよう祈り続けていた。
「ふぅっ……ではお先に失礼しますよ。ごゆるりと」
「あっ、はい」
遠回しに追い出す形となったことに罪悪感を覚えながら、ライナーの背中を見送る。
気がつけば、大浴場には献慈ひとりが取り残されていた。
(せっかくだし、ちょっと長湯していくのもいいかな)
*
四人が集う朝の食堂。献慈と澪、対面にカミーユとライナーが座る。この顔ぶれと位置関係も見慣れて久しい。
「……で、ケンジってばあの後……」
「い、言えるわけないだろ!? こんな所で……」
相変わらずなカミーユとのやり取りを横目に、澪はまるで仲間外れにされた子どものように口を尖らせていた。
「献慈……カミーユとばっかり話してる」
言われてみれば献慈は澪以外と過ごす時間も多くなっていた。旅の道連れが増えた以上、それは自然なことではあるのだが。
「俺は……――っぐ!?」
「こんなのでよければ、どうぞどうぞ」
カミーユは献慈を足蹴に押しやった。
「カミーユもぉ! そうやってすーぐ献慈のこといじめるぅ!」
「えっ!? 今さら!?」
「そうだよぅ! ナコイの時からずっとさぁ! 二人で楽しそうにしてさぁ!」
澪は苛立ちもあらわに、おひつのご飯を茶碗にうず高く盛り始めた。
「んなカリカリしなくてもさ、もうすぐケンジと二人旅に戻れるっしょ? あたしらあくまでも一時的な仲間にすぎないんだし」
「……そういうの……ズルいよ……」
澪はカミーユの言い様に反発するよう、ご飯にがっつき出した。
「澪姉、あんまり無理しないほうが……」
「してない! ……はっぐはっぐ……もんぐもんぐ……」
(澪姉……一体どうしちゃったんだ……)
せめて白米を美味しく食べてもらおうと、献慈は澪の手前へ小鉢をそっと差し出す。しらす干しと高菜に梅干しを混ぜ、白ごまをふった特製ふりかけだ。
「……んぅふ!? ほいひ、ほいひ!」
はたして加速する澪の食べっぷりを見守りつつ、まずライナーが席を立つ。
「さて、僕たちは付近の調査へ出かけます。おふたりとも、今日はごゆっくり過ごされてはいかかでしょうか」
「だね。ここんとこのゴタゴタで気も休まらないだろうし」
カミーユが後に続いた。
「あ……はい。そうさせてもらいます」
献慈は二人のさり気ない気遣いに感謝し、その背中を見送った。
「……ごちそう……さまれした……うぐ」
椅子にもたれかかる澪はいかにも苦しげだ。
「俺片づけるから、澪姉は少し休んでからにしなよ」
「う……ううん、いい。私やる」
「そう? まあ、ちょっとでも動いてカロリー消費するってのもあ――」
「カッ、カロリーヌぁ!? だっ、誰よ!? また新しい女なのっ!?」
「いっ、いや、カロリーというのはですね……」
献慈は三大栄養素――糖質・タンパク質・脂肪――について澪に説明する。家庭科の授業で習った内容だが、イムガイ女子にとっては目新しい情報であったようだ。
「へー……献慈は本当に何でも知ってるねっ」
「そんな大したことでもないんだけどな」
「それでも、私は献慈といろんなお話できるだけで楽しいよ?」
澪が喜んでくれるのであれば是非もない。
「早速運動してかろりー燃焼させないとね。献慈も来る?」
「もちろん付き合うよ」
「うんっ! 一緒行こっ?」
なるほど「運動」には違いなかった――素振り千本、走り込み百周、素手で崖の登り下り十往復という物量に目をつぶれば。
今話の裏側(※エロ注意)
【番外編】第55.5話 フルレングス
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