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マレビト来たりてヘヴィメタる!〈鋼鉄レトロモダン活劇〉  作者: 真野魚尾
第四章 川渡るふたり……ひとり

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第54話 ドナーシュタール

「事件も一段落したし、そろそろあたしらも別行動かなぁ」


 誘拐事件は幕を閉じ、一両日中には街道の行き来も自由になる見通しだった。

 鉱山町キホダトへ戻り、それぞれの旅を再開することとなるのだろうか。(けん)()たちは御子(みこ)(ほう)じ、カミーユたちは霊剣の捜索へと。


「とりあえず町までは一緒行こうぜ」

「そうですね。改めて調べたいこともありますから」


 このタイミングでライナーが言い出した「調べたいこと」が何なのか、大方の予想は立つ。

 彼らが探す霊剣と此度の事件との間に何らかの接点があるのだ。


「おーい、早く来なってー」


 土砂降りの中、カミーユが手招きしていた。


「ごめん、今行く」


 荷物の上から羽織った魔導具の雨合羽は、献慈と(みお)を濡れから守っていた。


 一方、前を行く烈士組は呪楽の防護フィールドの中を歩いている。献慈たちも入るよう勧められたが、遠慮しておいた。範囲を広げれば、わずかとはいえライナーの負担も増すからだ。




 程なくして街道脇の休憩小屋に身を寄せる。魔除けの道祖神――男女をかたどった像が向き合う形をしている――が、そばに(まつ)られた東屋だ。


「うわっ、泥跳ねたぁ……」


 段差前でつまづいたカミーユが、献慈の真向かいに座る。


「災難だね。ケガとかない?」

「うん、だいじょぅ……ぶへぇっくしょぉい!!」


 顔面に思い切り飛沫(しぶき)を浴びせられ、献慈は閉口するほかない。


「…………。これ、何かの仕返し?」

「グスッ……美少女の唾と鼻水、有難く貰っておけ」

「はいはい、いつものやつね」


 カミーユがしきりに美少女を安売りする理由も、献慈には何となくわかってきた。見た目で判断されがちだからこそ、素の自分を知ってもらいたい、そんな欲求の表れなのだろう。


 一方で、内面を知れば知るほど魅力的に見えてくる相手もいる。


(澪姉……雨靄(あまもや)にしっとり潤う姿はまるで白百合の花弁のようにたおやかで――)

「どぅえぁっひょいぃっ!! ……はあぁ……くしゃみ伝染(うつ)っちゃった」

(…………。あるいは……暴れ象のごとく猛々しい……)


 献慈はそっと澪に鼻紙を手渡した。

 向こうでも同じように、ライナーがハンケチをカミーユへ差し出している。


「おやおや……二人ともお大事に。急な雨で気温が下がったせいでしょうか」

「ええ。まだ止みそうにないですね」


 皆それぞれに携帯食を口にしながら、降り続く雨をしばらく眺めていた。天候にかかわらず今日中に町へは行き着くつもりだが、晴れるに越したことはない。


「ところで……突入班を奇襲した犯人は行方不明なんですよね」

「心配ですか? ケンジ君」

「そりゃ、危険が放置されてるわけですし」


 そこへ異論を挟んだのはカミーユだ。


「いや~、今頃は大人しくしてるんじゃないかな。あんま派手に暴れると組合が総力挙げて抹殺しに来るから」

「抹殺って……そう言うからには犯人の正体に見当がついてるんだよね」

「んー……」


 くりくりと動く瞳がライナーにお伺いを立てる。

 許可はあっさりと下りた。


「実は盗掘者たちのアジト――これはそもそも占拠された遺跡だったわけですが、その奥で誘拐の被害者たち全員の遺体が発見されまして。襲われた二等烈士と死因が同じなのです」


 失血死。全員が体内の血を抜かれ殺されていた。


「犯人はおそらく吸血鬼(ヴァンピール)です。僕たちは『眷属』という言い方をしますが」

「『眷属』……」

純種(オリジン)から血を分け与えられた血族という意味です。純種は極めて稀少な存在ですが、僕らには一人だけ心当たりのある人物がいます」


 そこまで言うと、ライナーは楽器をかき鳴らす。雨音がぴたりと止んだ。

 〈喨々たる閑寂(ルシッド・サイレンス)〉――呪楽の効果が音の出入りを遮断したのだ。


「彼の者の名は魔王ヴェルーリ。その魔王討伐のため、勇者が皇帝より下賜された剣こそがドナーシュタールなのです」

「勇者……ヨハネス……」


 澪がぽつりとつぶやいた。


「憶えておいででしたか。しかしヨハネス・ローゼンバッハは魔王討伐の旅から戻って来ることはなかった。その一方でドナーシュタールとおぼしき剣が近年、世界各地で目撃されてもいるのです」


 二つの可能性が考えられた。

 一つは勇者が魔王へ挑むことなく霊剣を闇ルートに横流しし、それを資金に国外逃亡した可能性だ。


「ウチらが(モン)兄弟と争ったのがこっちの線。生憎と剣違いだったわけだけど」


 もう一つの線は勇者が魔王に敗れた可能性だ。霊剣が魔王の手に渡り、『眷属』によって外へ持ち出されているとすれば筋は通る。


「此度の件に『眷属』が関わっている以上、無視しては進めません。霊剣の奪還こそが僕たちの任務ですから」

「そうそう……って、ちゃんと聞いてる?」

「俺? 聞いてるよ」

「いや、ケンジじゃなくて」


 カミーユは献慈の隣へつんつんと指先を向ける。

 食べかけの茅巻きを手にした澪は見るからに上の空であった。


「……あ、ごめんね。ちょっと考え事してて」

「(前にもこんなことあったような……)どうかした?」

「最初の誘拐事件が起こったのっていつぐらいだった?」


 澪の問いにライナーが応ずる。


「事件として認知される前、最初の失踪でしたら三週間ほど前でしょうか」

「なら私たちが初めて会ったのと同じ頃、『眷属』はすでにこの辺りに潜伏してたことになるよね」

「確かにそうなりますが……」


 ――さっきのツチグモ、この辺りには生息しない魔物だとか。

 ――ウスクーブ近くに出る魔物で。

 ――もっと強力で恐ろしい魔物から逃げ出して来たとかじゃないの?


「……そうか。俺たちが戦ったツチグモ、『眷属』に恐れをなして逃げて来た可能性がある」

「うん。しかもこれから私たちが向かう方角と一致してる」


 澪の言わんとしていることを悟って、カミーユが感嘆の声を上げる。


「うへぇ~、ミオ姉って意外と頭も回るタイプ?」

「失礼ですよ、カミーユ。しかしなるほど――」


 ライナーがパチンと指を鳴らすと、屋根の上から小鳥のさんざめく声が聞こえ始めた。

 外の雨は上がり、晴れ間も覗いている。


「――僕たちにもウスクーブ方面を調べる必要性が出てきました。もうしばらくおふたりにお供するといたしましょう」

「だってさ。ホラホラ、喜べ舎弟」


 カミーユは笑顔を滲ませ、献慈の二の腕をぺしぺしと叩く。


「え、まぁ……よろしく」

「ンだよぉ、つれないな~」


 愛想の悪い子分に見切りをつけたカミーユは澪の所へ行ってじゃれついている。


(……嬉しくないわけじゃないんだけどな)


 秋空に架かる虹を見つめながら、献慈は言い知れぬ違和感を拭えずにいた。

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