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マレビト来たりてヘヴィメタる!〈鋼鉄レトロモダン活劇〉  作者: 真野魚尾
第四章 川渡るふたり……ひとり

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第53話 おやすみ

 そもそもはヌエ退治の依頼であった。林業で栄えたその村の宿は今風の造りで、快適な滞在先となるはずだった。


 夕陽の差し込むラウンジで、(けん)()(みお)とともに仲間たちの帰りを待っていた。


「取り調べ、結構かかるのかな」

「私たちだけで先に食事済ましちゃう?」

「……いや、全員揃ってからにしよう」


 半分は本音で、半分は嘘だ。胃は空っぽなのに、食欲はほとんどない。


「……あげるよ、澪姉」


 献慈は部屋から持って来たゆべしの包みを澪に差し出した。


「ありがと。もぐもぐ…………んん~」

「フフッ……」


 ふたりとも生きてこの場にいる。今は空元気でも、こうして笑い合える。

 まだかすかにヒリヒリする頬を、戸口から吹く風がそっと撫でる。


「おかえりなさい」


 烈士二人が代官所から帰って来た。


「おや、待っていてくれたのですか?」


 ライナーの手足や首元からは包帯が覗いている。


「やっぱりそのケガ、俺が治しても……」

「お構いなく。見た目ほど傷は深くはありません。いざとなれば呪楽にも治癒術はありますから」

「そうですか……」

「ん? あたしは平気だよ。シルフィードが守ってくれたし」


 召喚中のカミーユはシルフィードと二人分の生命力をシェアした状態にある。互いの受けたダメージがフィードバックし合うデメリットはあるが、精霊を傷つけられる手段は限られるため、実質メリットのほうが上回る。


「でもケンジ、人の心配する余裕戻ったみたいで安心したわ」

「……ごめん。さっきは取り乱したりして」

「べつに。疲れてるだろうし、報告は明日にする?」

「いや……今のうちにちゃんと受け止めておきたい」

「そ。じゃ聞いて」


 カミーユは長椅子に足を組んで座る。


「さっき争った連中、烈士崩れの盗掘者だってさ。連続誘拐の実行犯ってのも確実。けど誘拐の目的とか、首謀者が誰とかはまだ判明してない」


 盗掘者の生き残りは二名、いずれも重傷となれば供述を得るのも難しいだろう。

 だが情報源がもう一つあることを、澪は忘れていなかった。


「そういえば突入班は? アジトに向かったはずでしょ?」

「さっき戻って来たって。全員じゃないけど」


 カミーユの視線が隣を窺う。ライナーは小さくうなずいて話を引き継いだ。


「一名――アジトを探索中、何者かの不意討ちに遭い命を落としたそうです」

「……! 突入班は二等烈士揃いのはず……」

「ええ。確実に僕たちよりも戦力は上です。にもかかわらず捕まえるのはおろか、姿を目撃すらされていない。相当の手練れと考えるべきでしょう」


 自分の近くで、目の前で、あっけなく人が死んでいく。そんな世界に生きていることを、献慈は今までになく実感していた。


「ところで、盗掘者たちの中に伝令がいたのを憶えていますか?」

「はい、顔に刺青をした……まさかその男が?」

「いいえ。突入班とは鉢合わせていません。事前に勘づいて逃亡したものと思われます。何より二等烈士の死因が――」

「ライナー」


 たった一声、口を挟んだのはカミーユだった。


「……たしかに。そこまで詳しく話す必要もありませんね」


 ライナーたちの態度が暗に語っていた。この件は一般人が立ち入れる領分を踏み越えていると。

 カミーユは椅子を立ち、献慈たちに背を向ける。


「あたしら今後のこと相談したいから、今夜は別行動にさせてもらうね」

「あ……うん」

「ふたりとも、気に病むことは何もないから。……巻き込んじゃってごめん」

「ううん、私は平気」


 澪は間を置かず返答した。

 献慈は――何を言っても白々しくなりそうで、黙って目礼を返すのがやっとだった。


「……ケンジ君」


 ライナーの青い瞳が真っ直ぐに献慈を映している。


「貴方なら何度でも立ち上がれます。どれだけ苦しくとも自分の大切なものを見失わない貴方なら」


 二人は廊下の奥へと立ち去って行った。

 献慈は、すでに見えなくなった背中をじっと凝視しながら立ち尽くしていた。


(……みんな買い被りすぎだ)


「今夜は私たちだけかぁ。でも久し振りに献慈とふたりっきりだね」


(俺はそんな強い人間じゃないのに……)


「んー……献慈元気ないみたいだし、私も一緒の部屋で寝てあげよっか?」


(そうだよ。俺よりも……)


「……なぁんて冗談。まぁ、それでも……」


(俺なんかよりも、澪姉のほうがずっと――)


 ずっと強いものだと思い込んでいた。

 だけど。

 ひまわりの根付が、帯の上で小刻みに震えていたから。


「それでも、どうしてもって言うなら考えてあげないこともな――」

「澪姉。俺と寝よう」

「………………!!」




(押し潰されそうになっているのが、どうして俺だけだなんて思ったんだろう)




 二つ結びにした髪と、さり気なく施された寝化粧。


「じゃ、そろそろ寝よっか」

「……う、うん」


 高鳴る胸を押さえつつ、献慈は布団に入る。


「消すね」


 障子越しの淡い月明かりが部屋の中を照らす。ぴたりと並んだ寝床。献慈の影だけが壁まで伸びていた。


「……寝ないの?」


 斜め下からする声は昼間よりも甘く響いた。


「……寝るよ」


 横たえた体が鼓動のリズムで小さく跳ねている。


(あの時は……よくもあんな口が利けたもんだ)


 ――澪姉は、本当にこんなことがしたかったの?


(俺は何もわかってなかった。この世界のことも……澪姉のことも)

「起きてる?」

「……起きてる」

「眠れない?」

「…………」


 守るための力が、命あるものを物言わぬ物体へと変えた。今日ふたりは同じ罪を犯した。

 だが背負ったものまでもが同じだったと言えるだろうか。


「剣の道を歩む以上、行き着く先は命を奪うこと。誰かを生かすためだとしても、守るためだとしても、それは避けられない――私が剣を習うとき、お母さんから最初に教わった言葉」

「…………」

「立場の違う正しさ同士がぶつかり合って、どちらか片方しか生き残れないとしたら、己の武を磨くことこそが相手に対するせめてもの敬意なんだと思う。武術ってのはね、そういう殺し合いの作法なの」


 澪の語る言葉の一つ一つが重い。肯定も否定も、献慈には何一つ返す言葉が浮かばない。立っているステージが違いすぎるのだ。


「参ったな……俺……どうして澪姉を守るとか支えるとか、できると思ったんだろ……」


 悔しかった。大切な人の力になれない自分が許せなかった。

 布団の外へ放り出された手をぐっと握りしめる――よりも早く、


「がんばれー」


 しなやかな指先が滑り込んで来た。


「わたしも……がんばるから……げんき、だして…………ね」


 重なり合う手のひらから、声にした言葉以上の何かが伝わって来るようだった。


「澪姉……」

「…………」

(寝ちゃったのか……)


 預けられたその手に、献慈はそっと指を絡ませる。

 込み上げる想いの正体を、認めずにはいられない。


 ――、――、――、――。


 声を立てぬよう、天井に向けて吐き出した。


「……おやすみ」


 やがて眠りに落ちるまどろみの中で、ふと手を握り返されたような気がした。

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