第52話 決断
「新手の魔物?」
聞き返す献慈に対し、澪はかぶりを振った。
「このままだと囲まれちゃう」
「……!? ど、どういう……」
状況が掴めずオロオロする献慈をよそに、皆すぐさま荷物を取って集まる。
「バラバラに逃げるべき?」
「相手の戦力がわかりません」
「全員で突っ切りましょ」
澪は献慈の手首を引いて走り出す。
「――ふぁッ!?」
献慈の両足が宙を泳ぐや、真後ろでザクリという音がした。
おそるおそる振り返る。地面に突き刺さった矢は形状からしてクロスボウの箭に違いない。
「私の後ろに」
澪は献慈を背中側へ導いた。
岩陰から、林の中から、続々と姿を現す怪しげな風体の男たち。先ほどカミーユがいた小高い丘の上にクロスボウを構えた男の影があった。
ざっと見て六、七人。ある者は和装に鎖帷子、別の者は洋風の革鎧を身に着けている。得物も手斧から柳葉刀までと、統一感は皆無だ。
「間違いねぇ。オレらを捕まえに腕利きを寄越して来やがった」
先頭の金砕棒を担いだ鬼人がつぶやいた。
「〝邪教〟の連中じゃないのか?」
「それはねぇな。異国の輩が混じってる」
「こんな少数で……?」
「油断するな。精霊使いがいるぞ」
「さっき見えた竜巻だな」
周りの連中も口々に並べ立てる。頭目らしき鬼人以下、構成員はヒトと獣人で占められている。
――どこかで小さく、鐘の音が鳴ったような気がした。
「リコルヌか。旦那へのいい手土産になりそうだぜ」
「おい! 余計な口を利くんじゃねぇ!」
軽口を叩いた三下がどやしつけられる。
「わ、悪い……」
「まぁいい。どのみちコイツらを生きて帰すつもりもねぇしな……おい」
頭目が顎をしゃくる。背後に控えた顔に刺青のある男が軽功を使い、山の方角へと走り去って行く。
仲間への知らせだろうが、今頃アジトは突入班に制圧されているはず。献慈たちにとっては目の前の状況を打開するのが先決だ。
「ゴメン……派手にやり過ぎたかも……」
カミーユを責める者は誰もいない。この場所を連中が嗅ぎつけるのは時間の問題だったはずだ。
――また一つ、もう一つと、かすかなチャイムの音が近くから聞こえた。
「それじゃあ、とっとと死んでくれや」
殺気をみなぎらせた屈強な男たちが歩一歩とにじり寄る。話し合う余地も逃げ場もありそうにはない。
(カミーユ、シルフィード……ライナーさん……)
甘えた考えという自覚はあった。
(……澪姉……何とかしてく――)
目が合った。
大丈夫。私が献慈のこと守るから――そう言い聞かすような眼差し。
(――違う。何とかしなきゃいけないのは、守らなきゃならないのは――)
献慈は今一度杖を強く握りしめる。
――鐘音の間隔が徐々に短くなっていく。
「……ん? おい、貴様! 何をしてる――ッ!?」
頭目が声を荒げる。指差した先に、楽器を抱え込むライナーがいた。
献慈は察した。小さな鐘音の正体はタッピング・ハーモニクス――ライナーは指板に被せた指先をわずかに動かし、フレットを叩いていたのだ。
「〈黒魔の屍毒〉――この呪法だけは使いたくなかったのですが」
「……ぅ……ぐぁはぁ……っ!」
高台に張っていたクロスボウの男が血の泡を吹きながら転落した。崖下で動かなくなったその体は、蓄積された毒素によって紫色に変色していた。
「この野郎ォ……っ!」
「Sistze k'tekiing!」
迂闊にも高台の方を振り向いた一人を、シルフィードの風刃が急襲した。怯んだ隙を突いて、澪が渾身の体当たりを仕掛ける。
「献慈ッ!! 逃げて――ッ!!」
声を張り上げるそばから二人、三人とならず者たちが澪を取り囲んでいた。
「あっち、逃げて!! 早くッ!!」
「るせッ! 誰か、そっちの小僧から殺っちまえ!」
(……!? 俺――)
献慈が向かい来る男を認識するや否や、その男は前のめりに倒れ込んでしまった。痙攣するうつ伏せの背中に刀傷が走っていた。
「このアマぁっ!!」
「よくもやりやがったなァ……ッ!!」
激昂した仲間たちが、殺意を剥き出しにして澪へと襲いかかる。
――強いとか、弱いとかの問題じゃない……女の子が、傷つけられるの……黙って見過ごせない。
(今……やらないと…………俺が…………)
決断に必要なのは時間でも、他人の言葉でもない。
「…………んぉ……ぅえがあぁぁぁ――――ッ!!」
己の覚悟だけだ。




