第46話 後ろ向きだなんて思わない
「あたしの命を救ったのは、お姉ちゃんの角髄だった」
かける言葉が思いつかなかった。献慈にできるのは、ただカミーユの気持ちを受け止めることだけだった。
「あたしが問い詰めると、大人たちは少しずつ口を開いていったよ……けど、納得できるかってんだ。お姉ちゃんが自分を責めて角を差し出したっていうなら、どうして誰にも言わずに村を出てったんだよ」
「Camille, eteny dony'i k'za'e...」
「平気だって。もちろん悪いのはあたしだ。大人たちが、ただの村娘一人の人生より継承者の命を優先させたってことも理屈ではわかってる。でもあいつらが寄ってたかってお姉ちゃんを追い詰めたことだけは、どうしても許せなかった」
引っ掴んだ砂を、カミーユは立ち上がりざま海へ放り投げる。遠すぎたのか、力が足りていなかったのか、それは一粒も波際に届くことなく散ってしまう。
「お望みどおり精霊の継承はしてやったよ。風追いの丘でこの子と契約して……その足で村を出た。国境を越えればあいつらだって追って来れない。もし探しに来たってシルフィードと一緒に返り討ちにしてやる……ざまあみろってんだ」
掠れた声で言い捨てるカミーユの背中を、シルフィードの瞳は静かに映し出している。
すべてを本人の口から聞いた今、献慈は言わずにはおれなかった。
「カミーユ、お姉さんは今頃……」
「角を失って抵抗力も弱ってる、十五やそこらの娘が荒野に出歩いて無事でいられると思う?」
「いられるって、少しでも思うから烈士になったんじゃないのか? カミーユは」
「それはライナーが言ってたの?」
「いや、俺がそう思っただけだ」
「…………」
「俺は、後ろ向きだなんて思わないよ。ちゃんと前に進んで行けてる、カミーユは……偉いよ」
「……ふんっ! ケンジごときに言われるまでもない!」
くるりと振り向いたカミーユは、腰に手を当て誇らしげに笑ってみせた。
「それにしてもあの野郎、勝手に人のことベラベラとしゃべりやがって……しかもわざわざケンジを使いっ走りに寄越すとか」
「あぁ、それは違うんだ。今頃カミーユのこと探しに――」
説明するまでもなかったようだ。
「二人とも、見ぃーつけた」
おどけた声を発しながら、浴衣姿の澪が早足で近づいて来た。後ろにはライナーの姿もある。
「おやおや、内緒で夜のデートですか? ……あっ、じょ、冗談ですよ?」
軽口もそこそこにライナーは身をすくませる。澪が急に振り返るので驚いたのだろう。
澪はにこやかにこちらへ向き直る。
「……だよねぇ。シルフィードもついてるし」
「澪姉、ライナーさんも。よくこの場所を見つけられましたね」
「精霊の明かりを見れば一目瞭然ですよ。ね?」
ライナーの目配せにカミーユは口を尖らせた。
「べ、べつに見つけてほしくて召喚したわけじゃねーし!」
「おや。僕はそこまでは言っていませんが」
「うるせー! 朝までには戻るつもりだったし! おとなしく宿で待っとけ!」
「はは……ただ、できれば今日中に話しておきたいことがありましたから」
「今日中? どゆこと?」
カミーユは目をパチクリさせながら訊き返す。
「夕食の席で話し合ったのですよ。このままミオさんたちの旅にご同行できないかと。イムガイは僕らには不慣れな土地ですし、一緒のほうが心強いでしょう」
「普段は私たちの歩みに合わせてもらうけど、あなたたちに都合ができた場合はそっちを優先しても構わないって条件でね」
澪が補足した。
「カミーユがなかなか戻って来ないので勝手に話を進めてしまいましたが……貴方が嫌だというのであれば、この話はなかったことに――」
ライナーが言い終えぬうちに、カミーユは波打ち際へと走り出している。
「ばっかやろぉ――――っ!!」
海へ向かって心情を吐き出し終えると、心なしか晴れ晴れとした面持ちを引っさげ戻って来た。
「仕方ないなー。ライナーの判断なら従うっきゃないかー」
「ふふっ……それでは明朝に向けて、我々は一足先に宿へ戻らせていただくとしましょう」
ライナーを追って行くカミーユへ、澪が思い出したように声をかける。
「カミーユ。部屋におにぎり用意しといたから。もしお腹すいてたら食べてね」
「ミオ姉……ありがと。ついでにケンジもな」
「どうしたしまして」
答えるが早いか、カミーユは場に残っていた光球に向け、祭印を作った指先を接触させる。〈発光する精霊〉の再召喚だ。
「延長しといたんで。ごゆっくりどーぞ」
「Hesi'e hemew fozen'ry idemeka, jak-ra.」
意味ありげな微笑みを連れて消えゆくラベンダーの残り香を、橘の香りが上書きする。
「献慈。せっかくだし、ちょっと話さない?」
次話へのつなぎ
【番外編】第46.5話 暗闇にドッシリ
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