第35話 烈士の証
シルフィードが皆の間をするりと抜け出し、訪問者を部屋へ招き入れた。
「お待たせしました」
はたしてライナーであった。カミーユへ手渡したのは、色付きのレモネードが入ったグラスである。
「あんがと。こっちの紹介は済んだよ」
(……あれ?)
献慈の目がふと違和感を捉えた。グラス越しに屈折した光が、カミーユの中指に嵌った透明な指輪の形を浮き上がらせている。
「……ん? アンタも飲む? あげないけど」
「(だったら訊くなよぉ……)いや、そこに指輪みたいのが見えた気がして」
「へー、よく気づいたね。これは烈士の証みたいなもんだよ」
そう言われて目を凝らす。ライナーの指にも透き通る水晶のような指輪が同様に見て取れた。
「この『星辰戒指』には各人の名前や等級が魔力で刻印されています。今回の仕事が成功すれば昇級は確実でしょうから、改めて組合で情報を書き換えてもらうことになりますね」
「その『今回の仕事』というのに私たちが協力すればいいのね?」
澪が本題へと踏み込んだ。この場に部外者はいない。ライナーたちももはや勿体はつけず事情を明かす。
「ええ。僕たちはある『宝』を奪還しに近くの城跡へ攻め入ります。相手は寄せ集めの賊ですから制圧は容易でしょう。ですが万が一ということがあります」
「キミたちふたりには裏口を押さえてもらって、仮に逃げ出して来た賊がいた場合、足止めしてほしいってわけ。単純でしょ?」
カミーユは事も無げに話すが、献慈としては不安を拭えない。
「そうはいっても、烈士でもない素人の俺たちがそんな役目を任されていいものかどうか……」
「いや、素人のほうが都合がいいんだわ。この件はできれば同業者に関わってほしくないもんでさ」
「縄張り争いみたいな?」
「んー、まぁそんなとこ。それにキミたちの腕っぷし……とくにミオ姉なんか烈士顔負けじゃん? ゴブリンの集団とツチグモから四人も守りきってたの、あたしバッチリ見てたかんね」
カミーユは飲み干したグラスを脇に置き、こちらにしたり顔を向けた。
「見てたって、どうやって?」
「そりゃあ……こうやって!」
不意を突く衝撃が献慈の臀部を襲った。
「ふぐぅ!?」「にょわ――ッ!!」
ほぼ同時に、澪がのけ反りながら悲鳴を上げる。
尻ビンタの実行犯はシルフィード。だが首謀者であろうカミーユまでもが両手を見比べ悦に入っていた。
「んん~……片方は貧弱だけど、こっちは極上の弾力感よのぉ~」
「どういう意味か……」「説明して!」
「説明も何も。あたしとシルフィードは五感を共有できるってことだよ。昨日は偵察中に騒ぎを聞きつけてさ、キミらのこと発見したってわけ。距離が離れすぎてたから視覚一本に絞るしかなかったけどね」
ライナーが言葉を続ける。
「その後、僕が紡いだ呪楽をシルフィードの風に乗せて貴方がたの所まで運んだのですが……上手く行ったようで何よりです」
これまでの経緯はおおよそ把握できた。ここからは最終確認の段階だ。
「お助けいただいたことには感謝します。ただ、俺たちには御子封じという使命がありまして……」
「私は引き受けてもいいと思う」
及び腰の献慈を尻目に、澪はあっさりと協力の意を示した。
「出発が一日延びるぐらいどうってことないよ。それに私、烈士の仕事がどういうものなのかちょっと見てみたい」
「気持ちはわかるけど、旅が長引くってことはそれだけ旅費もかさむってことだよ? もう少し慎重に……」
「報酬は山分けでどうだ?」
カミーユが割り込み、さらにライナーが畳みかける。
「僕たちは『宝』さえ手に入ればそれで文句はありません」
「例えばですが、もしそれでも断わると言ったら?」
「残念には思いますが、どうもしませんよ。烈士が民間人に何かを強要したり、ましてや暴力を振るうのはご法度ですし。また別の方法を考えます」
物腰こそ柔らかいが、それとなく物騒な単語をちらつかせるあたり、烈士が堅気の商売ではないことを思い知らされる。
「献慈はここに残っても……」
澪が気遣うように身を寄せて来るが、
「俺も行くよ」
「……いいの?」
「トントン拍子すぎて用心深くなっただけだよ。当然ついて行く。俺は澪姉の……守部だから」
献慈の心はとうに決まっていた。
(聞きそびれたことや見落としてることは……多分ないはず)
ふたりの同意を得るや、カミーユは早速と澪にすり寄っておちゃらけている。
「いい取引しましたね~、お客さぁん。これからは毎食デザート付きでもお財布余裕っすよ~」
「で……でざーと……!?」
(俺は、澪姉が笑顔でいられる選択をしよう)




