第21話 真夏の夜の晴れ姿
飛虎節・十五日。夏祭りの一日目。
ワツリ神社の境内は賑わいに満ちていた。
夕闇に浮かぶ提灯の列が、ずらりと建ち並ぶ屋台を照らし出す。色とりどりの浴衣が行き交う光景は、見慣れた場所を非日常の異空間に変えている。
この場へは献慈も甚平に雪駄履きの装いで繰り出して来ていた。
警備の合間に立ち寄った柏木とともに。
「どうした? 元気がないな」
「ちょっと故郷を懐かしんでただけです」
漂うザラメやウスターソースの匂いに郷愁を感じていたのは嘘ではない。
「そうか。まだ昼間のあれを引きずっているものかと」
「うぐっ……」
かねてからの約束どおり献慈はギターの弾き語りをお披露目していた。日中ゆえ聴衆が顔見知りばかりだったので、まだ「傷は浅かった」。
遠来の客も集まる祭り本番でなかったのは幸いだ。
「格好はともかくやり遂げたのだ。誇っていいと思うがな」
「誇ることなんて何も……」
初舞台のプレッシャーとは比べものにならない重圧を、献慈はこの期に及んではっきりと意識していた。
「何か言いたそうだな。最後に愚痴ぐらいは聞いてやる」
「本当に……俺でよかったんでしょうか」
柏木や、彼が引き合わせてくれた衛士頭の推薦もあって、献慈は御子封じの守部に選ばれた。
それは献慈自身も望んだことではあった。
「みんなが羨む名誉を、俺みたいな借り物の力を振りかざした奴が、横から掠め取るような真似して……」
「思い上がりだな」
静かに言い放った柏木の言葉を、献慈は頭の中で反芻する。
(思い上がり……? 俺が……?)
「お前は特別でも何でもない。お前より強い人間などいくらでもいる。代わりはいくらでもいるのだ。なのになぜお前が選ばれたと思う? ……言い方を変えよう。なぜお前は『選ばれようと思った』?」
「……それは……」
――澪姉の力になりたいんだ。
「…………。難しく考えすぎてたみたいです」
「それでいい。あの人の隣にいるべきがお前でなければならない理由を証明してみせろ。己の力と意志で」
そう言い残し雑踏の中へ消えていく柏木の背中に、献慈は静かに頭を下げた。
柏木と入れ違いにやって来たのは、今日の主役たちである。
十九歳を迎えた澪とその友人――千里、明子、寿麻――たちも加わり、うら若き娘四人、いや五人が揃い踏みだ。
賑々しく始まった屋台巡りはまだ序盤であった。
「みんな、次は何見て回ろっか?」
「今日はアンタが主役なんだ。澪ちゃんが決めりゃいいさね」
保護者役のカガ璃が太鼓判を押す。言うまでもないが、浴衣の前面は開けっ広げだ。
だが目下のところ、献慈が心奪われていたものは別にあった。
(澪姉……今日は一段と……)
真夏の夜の晴れ姿。うなじにかかる後れ毛から、浴衣を押し上げる大きな丸みから、目が離せない。
「何見てるのかなー?」
「…………っ!?」
振り向きざま、澪は腰をかがめて献慈の顔を覗き込む。
「あ、そのー…………か、髪留め、とか」
「櫛かんざし? ふふっ、似合ってるでしょ」
「……ん? うん……」
「え? 何か変だった?」
「そ、そんなこと、なっ……」
「いいもん。だったら献慈、後でちゃんと似合うやつ選んでよ。約束でしょ?」
返答こそしくじったが、澪の頼みに従うこと自体は既定事項だ。
誕生日のプレゼントを献慈が見繕う約束。
皆で射的や金魚すくいなど定番の出店を楽しんだ後、お待ちかねの勝負どころが巡ってきた。
澪に連れられて来たのは、装飾品が並ぶ露店であった。
「どれが似合いそう?」
「そうだな……」
草花や動物をかたどった帯飾りの中から、迷った末に選んだ根付を手渡す。
「……これがいい」
「ありがと。大事にするね」
眩しそうに目を細めながら顔を背けた澪を、友人たちがわいわいと取り囲んだ。
その話し声も、いつからか会場にこだまする太鼓の音にかき消される。
「おや? ちょいとのんびりしすぎたかねぇ」
太鼓櫓を見上げるカガ璃の周りに、千里たちが集まっていた。
「何か始まるのかな?」
「言ってなかったっけ? 花火上がるの」
「あぁ、その合図だったのか」
いつしか辺りも暗くなり、祭り本番といった雰囲気だ。
「さて二手に別れようかね。ケンちゃんたちもホラ、じゃ~んけ~ん――」
食べ物調達――澪、千里、寿麻、明子。
場所取り――献慈、カガ璃。
「は……?」
今話の裏側
【番外編】第21.5話 とてシャン揃い
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